第7話
旅の露天商に会いました。
適度な風が頬に当たって、心地良いです。
私たちはさっきよりも、二倍、いや、4倍速の早さで街道を進んでいます。
──主にレウドが。
「レ、レウド。レウドってば。そろそろ、私、歩くよ」
私はレウドの背中で揺られながら、声をかけてみた。
あれから、1時間。
レウドは、採取したものが詰まった重量級の鞄を持ち、私を背負ったまま、街道を歩き続けている。
重くないのかな。いや、重いはずだ。
「歩くから、下ろして」
「**、****」
返事は返ってきたけど、下ろしてくれそうな気配は全くない。
私は溜め息をついた。
そりゃ、私の足の早さに合わせてのんびり歩いてたら、一体街にいつ着くんだよ、て話だけど。
それにしても、いたたまれない。
落ち着かない。ものすごく恥ずかしい。手の置き場所とか。こういう場合、どこに置けばいいの。腕を回すと首回りが邪魔になるだろうし、肩の上? でも、不安定だし。仕方ないので、肩の少し後ろの生地を掴むことにした。
私は気分を紛らわせる為、街道の先を眺めた。
緩やかな隆起が続く地形には、大きな岩や林が点在している。それを迂回するように、街道が蛇行して続いている。
「あ」
街道の脇に、一頭立ての小さな馬車が停まっていた。
その隣には、簡単な布の屋根が張られ、絨毯が敷かれている。
絨毯の上には、たくさんの商品が並べられたり積まれたり、屋根から吊るされたりしていた。
商品に埋もれるようにして、中央に男の人が座っている。
露店だ。
「お店だ! レウド、お店だよ! お店!」
私はレウドの顔の横から腕を伸ばし、指さした。
よかった!
これで、日用品が買えるかもしれない!
お金ないけどね。
ここは、物々交換で、交渉だ。
あの衝撃味リンゴは、そこそこ価値がある、というのは確認済みだ。あれとトレード交渉だ。他の採取した品も見せてみて、買い取ってくれるか聞いてみよう。身体言語で。文系の感受性豊かな表現力が試されるな。
「オミセ? 【スタール】***?」
「廃れる? ちょ、なに不穏な事いってんですか」
「スタール」
レウドが、顎で露店を示した。ああ、お店のことか。スタールっていうんですね先生。
「スタール。レウド、寄ろう寄ろう!」
私は仕切りに露店を指さして、必至にアピールした。レウドは苦笑しながら頷いて、露店に向けて歩き出した。
「【ウエルケーム】!」
商品に埋もれるようにして、男がにこやかに出迎えてくれた。
うえるけいむ?
うえるけーむ。……ウエルカーム……ウエルカムか! ウエルカムなんでしょ! そうなんでしょ?
意味は、「いらっしゃいませ」。
これは、聞き間違い王として定評のある私でも、すぐに推測できた。おそらく、これで間違いない。はずだ。
銀糸が織り込まれた青いターバンを頭に巻き、ゆったりした裾の長いベストを着ている。色とりどりのピアスやカフス、5連の首飾り、手首には沢山のブレスレットをしている。どこかエスニックな雰囲気の漂う、黒髪の、よく陽に焼けた肌の店主だった。
歳は、青年とも壮年ともいえない。あえて表現するなら──
オッサン?
猫背だし、無精ヒゲ生えてるし。もしくは、ちょいワルオヤジ。顔はなかなか良いのに、三枚目な仕草とヒゲが、全てを台無しにしている感じだ。
「レウド。あの、下ろしてほしいんですけど。──レウド?」
レウドは、じっと馬車の方を見ていた。
私もつられて見てみる。その入り口はカーテンがぴったりと引かれていて、中をみることはできなかった。
レウドは目を細めて、まだ見ている。というか、睨んでいる。
「レウドってば。どうしたの?」
しばらくして、馬車の中から、キャン、と小さく犬の鳴く声がした。
犬?
……どうやらレウドは、馬車の中の犬を威嚇していたようだ。
さすが、狼(?)。でも、ちょっと大人げない気がしないでもないです。
やっぱり、ここでも狼って犬より強いのかな。
オッサンはレウドを見上げ、困ったように馬車の方を見て、溜め息をついた。
気の済んだらしいレウドにやっと下ろしてもらって、私は店の品を見てみた。
保存食から服、薬、土産物、アクセサリ、ナイフや剣や盾などの武器に至るまで、いろんなものが所狭しと並べられている。なんだか、1軒で全てが揃う田舎の商店みたいだ。よし。
私はレウドから鞄を返してもらい、【サンセットアップル】を1つ取り出した。
店主のオッサンにみせる。
オッサンの目が見開かれた。商品を掻き分けるようにして身を乗り出してくる。
「【サンセットアップル】──!? ****、****!?」
ふふふふふ。予想的中。
食いつきはオッケーだ。これなら、いける。早速交渉だ。
「おじさん。この【サンセットアップル】と、店の商品を交換。オッケー?」
私はリンゴを片手に持ち、店に積んである服を1枚取り、交互に前後ろに動かした。
オッサンは何度も頷いた。
通じた。それに、物々交換にも応じてくれるみたいだ。よかった。
「ありがとう、おじさん! じゃあ……」
私は、はたと考えた。
──衝撃味リンゴで、どれくらい交換できるのかな?
この世界の相場が、よくわからない。
まあ、とりあえず、欲しい物全部持ってきてみようかな。駄目なら何か言ってくるだろう。
私は当面必要だと思われるものを、思いつく限り、かき集めてみた。
服、タオル、石鹸、歯ブラシ、水筒、保存食──て、これなんだろう。干し肉? それよりも。
この、ガラス瓶に入った、ほんのり薄桃色がかった透明な液体。
その隣には、ほお紅のコンパクトや、手鏡、柔らかそうな獣毛の刷毛、色とりどりの小さな小瓶、銀製の丸い器に入った口紅が置いてある。おそらく、この辺りに陳列してあるのは化粧品類っぽい。
ということは、これは化粧水、なんじゃないの。花系の。置き場所から察するに、なんとなくそんな気がするんだけど。化粧品だったら、ほしい。ここ、乾燥してるんだもん。
【精査】してみよう。その方が早いし。
「〈プロ──うぷ?」
レウドにいきなり口を手で塞がれた。い、いきなりなにするんだよ。びっくりするじゃんか。
何で邪魔したのか問おうと振り返る。間近で紅い瞳と目が合う。うわ近っ!? びっくりした。ちょっと離れて下さい。近い近い近い。
レウドが口元に人さし指を当てて首を横に振った。なんだろう。しゃべるな? 違うか。状況から推測するに、スキル使うなって事かな。なんで?
首をかしげていると、レウドが横から腕を伸ばし、品物を追加していった。大きなディパック、荷造り紐、小型ナイフ、携帯ランプ、毛布、地図、その他、アウトドア系旅行に必要な品々が増えていく。そうか。そういうのもいるよね。さすが師匠。
「*****〜!」
オッサンが、眉毛をハの字にして何やら叫んだ。
積みすぎたらしい。山盛りだもんね。
オッサンが、指をピースの形にして突き出してきた。
2個と交換、ってこと?
まあ、それくらいならいいけど。
私は頷いた。
オッサンが安心したように、額の汗を拭った。
のもつかの間、レウドが私の肩を叩いた。
「なに?」
レウドが、剣が立て掛けてある壁際を指さした。
剣、ほしいの?
そういえば、ギョロ目と一緒にいた傭兵の人も、剣持ってたなあ。もしかしてこの世界、剣持って歩かないと、危険な感じなのかな。私、手ぶらなんだけど。大丈夫か。護身用に、短剣ぐらい持ってた方がいいのかな。
私はレウドを見上げて、頷いた。
レウドは少し目を開き、呆れを滲ませながらこめかみを掻いた。なんなのよ。欲しいんなら買ってもいい、って言ってるのに。意味がわからない。
レウドは武器の立て掛けられた一角を物色し、簡単な紋様が彫られただけのシンプルな銀色の長剣と、上下を金属板で補強された30センチほどの棒をとり出して、交換品の山の上に置いた。
オッサンがまた悲鳴を上げた。
「***、*****〜!」
「*****。****」
なにやら、二人で会話している。
交渉でもしてるのだろうか。静かに話すレウドに対して、オッサンは叫んだり泣いたり怒ったり落ち込んだりしている。オッサン、忙しいね。
暇だ。
よく分かんないけど、ヒアリングしとこう。
結局、リンゴ2個で話がついた。
師匠! ありがとう師匠!
「あ、そうだ、レウド。この薄桃色の液体、化粧品だったら欲しいんだけど」
私は透明な薄桃色の液体が入った綺麗なガラス瓶を指さした。
途端に、レウドの眉間に深い皺が寄った。
大きく溜め息をつき、眉間の皺を揉む。なんだろう。ものすごく高いものなのかな。いいよいいよ。わかったよ。それなら、諦めるよ。今のところ、贅沢は敵だもんね。質素倹約で行かないと。
「わかった。諦める……」
あまりにしょげる私を哀れに思った──のかどうかはわからない。
レウドは薄桃色のガラス瓶ではなく、口紅類を挟んだ隣に並べてあった、透明な液体の入ったガラス瓶を取って、交換品の山の上に置いた。
なんですか、それ。精製水かと思ったんだけど、もしかして、それも化粧水ですか? そうなら、嬉しい! 聞いても言葉、分からないから、あとで【精査】してみよう。
視線を感じて見上げると、オッサンと目が合った。なんだかニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。ものすんごく、気持ち悪いです。
にやにや笑みを浮かべたまま、薄桃色のガラス瓶を手に持って、私の顔の前に差し出してきた。人さし指を一本たてながら。なんだろう。リンゴもう1個追加で買えってこと? そんなに高いのか、その桃色の化粧水。濁りのない、綺麗な色だもんね。
私が返事をする前に、レウドが眉間に皺を寄せたまま、薄桃色の瓶を持ったオッサンの手を手荒に押し戻してしまった。
まあ、いいけど。
後は、お金だな。
私は、鞄の中から、林で採取したものをいくつか取り出した。
オッサンが、珍しそうに身を乗り出して、私の並べた【レインボーマロン】や【ラブベンダー】やらを眺め始めた。
よしよし。なかなか良い反応だ。
私はレインボーなマロンを片手に持って、もう片方の手の人さし指と親指で丸を作って見せた。丸はお金を表現している。
「オッサン──じゃなかった、おじさん。私の採ってきたものと、お金と交換してほしいんだ。お金と、交換、する。わかる?」
指で作った丸と、栗を、前後に動かす。交換、のジェスチャーだ。伝わるかな。
オッサンは顎の無精ヒゲを撫でながら、黙って私の動きを見ていた。
「【マー二】*、*****?」
「まーに?」
「マー二」
まにまに? て、何。よくわからん。
オッサンが、頷いた。
背後に置いていた、分厚い金属でできた鍵付きの箱から、札束や硬貨を取り出すのがみえた。
そう、それそれ!
どうやら分かってくれたようだ。理解力のあるオッサンで助かった。
それ以後は、私と──
──ではなく、私の後ろに立ったレウドと、喜怒哀楽の激しいオッサンとの言葉の応酬が、しばらく続いた。
数字っぽい言葉が飛び交っているので、引き取り額の交渉をしていると思われる。頑張れ、レウド! できれば高額買い取りでお願いします。
採取品、全部完売しました。
お金を手に入れました。
現在の所持金は、180万ディルです。
うおおお!? 大金を手に入れたよ!
にわか成金だよ!
──いやいやいや。待て、私。
安心するのはまだ早いかもしれない。もしも、この国や地域がスーパーインフレーションを起こしていた場合、恐ろしく分厚い札束でも、紙くず同然の価値しかない。いつか見たテレビのニュースで、アフリカの南の国で、奥さんが札束積んで牛乳1本買ってるのを見たじゃないか。喜ぶのは街についてから、そうじゃない事を確かめてからだ。
この世界の通貨単位は、ディルというようだ。1000ディルの束がひと括りにされていたので、私の世界と同じ、十進法っぽい。
財布代わりに、綺麗で頑丈そうな巾着袋を1つ買った。
通貨の相場はまだわからないが、お金はお金。大事にしないとね。私はお札の向きを揃え、巾着の中に丁寧にしまって、鞄に入れた。
とにかく、これで、宿に泊まれそうだ。
私は買った品物の中から、レウドの服とサンダルを引っ張り出して渡した。シンプルな藍色のシャツと、薄手のジーンズっぽいズボン。厚手の皮で作られた頑丈なサンダル。
「これは、レウドの服と靴。着替えてね」
レウドは受け取ると、私に向かって微笑んだ。
「……サンスーク」
「さ、サンスーク」
発音練習がてら、復唱してみる。レウドが小さく笑い声を立てた。
ああ、もしかして、ありがとうって意味の言葉なのかな。覚えておこう。
レウドは買ったものの山から、銀色の金属で上下をコーティングされた棒を私に渡してきた。幾何学模様みたいなデザインが刻まれている。
受け取った私は、しげしげと手に持った棒を見る。
そこそこ、重い。
「なにこれ?」
レウドは棒を縦にして、柄の中心にある金属ボタンを、私の指と一緒に押した。
「おおお?」
棒の上下に、さらに棒が伸びた。私の身長ぐらいの長さになる。
これ、武器なのかな? そうなんだろうな。頑丈そうだし。木の棒にしては重いし、中に金属の芯が入ってそうだ。
あとで【精査】してみよう。
見た感じ、伸縮自在の物干し竿っぽい。これ、洗濯干すのに丁度いいね。
* * *
露天商のオッサンに別れを告げ、私たちは再び街道を歩き始めた。
去り際、馬車の中から、小さな声で、ワン、と、ものすごく控えめに威嚇する鳴き声がした。怖がられている怖がられている。でもちょっと見て見たかったな、異世界のワンちゃん。
「さてと」
購入した地図を、さっそく開いてみる。
「〈プローブ〉」
【ネイセス国・西 地図】
地図
[説明]ネイセス国の西側の国境からネイセス街道を通って王都西門までの地図。シンプルな1色刷り。
「ネイセス国っていうのか、ここ。あ、もう少し歩いたら、街っぽいところに着きそう」
地図の端には、首都っぽい大きな円形の街が描かれている。
でも、ここからだと、かなり遠い。私の足では、1週間以上はかかりそうな気がする。
文字はまだ読めないが、私たちが歩いている道の先に、街並みぽい絵が描いてあった。
街並みの手前からは、上に延びる道があり、山岳地帯に続いている。街から下のほうは道はなく、すこし行くと崖と砂浜の入り乱れる端につくみたいだ。その先は、海。
ひとまずは、この街を目指そう。
ここなら、今日中には辿り着けそうな気がする。
そこで一度、腰を落ち着けてから、レウドの首輪を外してくれる人を探したり、この世界の情報収集とかしよう。
「レウド。この街、目指そう」
レウドに、街を指さす。
「コーストラ」
「こーすとら?」
レウドが街並みの絵を指さして、もう一度同じ言葉を言った。どうやら、町の名前みたいだ。了解しました。覚えます。
レウドは地図から顔を上げると、大きなリュックサックを、ひょいと左肩に背負った。ほとんどの荷物が入っているはずなのに、軽い荷物みたいな扱いだ。すげえ。ものすごい力持ちだ。助かります。
「チナミ。*****?」
レウドが気遣わし気な視線を私に向けた。歩けるか、と聞いているような気がする。足裏の破れたマメの事を気にしてくれているのだろう。本当に、良いお兄さんだ。
私は、大きく頷いてみせた。
「もう大丈夫。行こう」
私は元気よく、一歩踏み出した。
──今夜のご飯とお風呂とベッドの為に。
2013.8.11 桃色の液体に関する箇所を修正。誰でも気軽に買いやすいコンビニ陳列っぽくしました|(おまわりさん!)。