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第6話

出発しました。

 小鳥の囀りで、目が覚めました。

 異世界生活、二日目です。

 皆さん、いかがお過ごしですか。


 さわやかな朝です。

 朝日が眩しいです。

 抜けるような青空に、綿菓子のような雲が浮いています。

 少し湿り気を帯びた涼しい風が、頬を撫でていきます。

 さわやかな朝です。

 重要なので、二度言いました。


 私は飛び起きました。


「朝ああ────!?」


 火の番は!?


 見ると、焚き火は消えていた。あああ。ごめんなさいすみません。起こしても起きなかったのかな私。ものすんごい爆睡してたのかも。一度寝たら地震があっても起きないよなお前は、と兄さん達が呆れたように言っていたけど。叩き起こしてくれたらよかったのに。バシバシと。遠慮なく。


 あれ? そういえば、レウドは? 


 辺りを見回してみる。

 いない。

 どこに行ったのかな。まさか──


 私を置いて、どこかにいっちゃった? 


 まさか。

 そんなことするようなお兄さんには、見えなかった。どちらかというと、面倒見の良いお兄さんっぽかった。けど。


 でも──


「──チナミ?」

「ひよわあっ!?」


 私は文字通り跳び上がった。

 後ろを振り返る。


 レウドが、腕にいくつかの果実を抱えて立っていた。


 私はしゃがみこみ、早鐘を打つ心臓を手で押さえながら、首をかしげるレウドに指をつきつけた。

「ちょ、レウド! あのね。気配を消して背後から声をかけるの、お願いだから止めてくれない!? まかり間違って心臓が止まっちゃったりしたら、どうしてくれるのよ。責任取ってもらうわよ。高額慰謝料請求するから」

 ああでも心臓止まってたら、私死んでるじゃん。お金貰っても意味ないんじゃね? あああ。自分で言って、自分でつっこんじゃったよ。1人ボケ1人つっこみしちゃったよ。朝から、痛いね!


「****?」

 レウドがしゃがんで、私の背中を擦ってくれた。

 違うんですけど。身体の具合でも悪いのかと思ったみたいだ。違う。そうじゃないんだ。でも、説明する語力は、いまの私にはない。


 レウドが抱えた果実中から、マンゴーっぽい形だけど蛍光ピンク色をした果実を私に差し出した。気遣わし気な視線とともに。ていうか、なんですか、この果物。物凄い色なんですけど。香りは甘くて美味しそうだけど。色が食物の色じゃないです。

 つっこみたいことが多すぎて、でも言えなくて、ものすごい消化不良です。

 私は溜め息をついた。


「……果物、採ってきてくれて、ありがとう。食べる」

 微妙な気分のまま、私は御礼を言って、ショッキングピンクのマンゴーを受け取った。

 初めて見る果物だったので、ついでに【精査】もしておいた。



【サイケデマンゴー】

 果物

[説明]暖かい場所に自生する果実。見た目のインパクトに反して、さっぱりとしたほどよい甘さ。

[効能]HP30〜40回復

 ??

 ??



 あ。私のHP、これで全快するわ。

 私の回復は、これで十分だね。リンゴはもったいなさすぎるし。


 でもなんか、泣けてくるね!



 * * *

 


 私は、レウドに焚き火跡で待っててもらうように身振り手振りで伝えた。めいっぱいつまった鞄も見ててもらう事にした。できることなら肌身離さずにいたいけど、持ち歩くには重量級すぎた。でも、中身は減らせない。絶対に。今後の為にも。

 それに、レウドなら、盗ったりしないと思った。悪い人って、目をみたら、結構分かるもんだ。じっと観察してたら、些細な動きの端々に、何かを感じる事が出来る。レウドは、至極真面目そうな印象を受けた。だから、預ける事にした。ていうか、今のところ、そんなに大した物はいってないしね。お金すら入っていないよ。無銭だよ。すげえ。

 

 そこそこ離れた場所にある、大きな岩陰の後ろに向かう。

 顔や腕を洗い、果物の葉で簡単に歯を磨き、水面を鏡代わりにして髪を整える。それから身支度を整えた。サバイバルだなあ。

 流石に、川で身体を洗う気にはならない。

 ここは異世界。何が起こるか、皆目見当もつかないからだ。魚以外のものが泳いでたら嫌だし。蛇とか。あれ、泳ぐんだよ。恐ろしい。

 洗顔料、ほしいな。シャンプーも。お風呂入りたい。

 早く、街に行って、宿を取ろう。




 座って林を眺めていたレウドは、私が戻ってくると立ち上がった。

 鞄を差し出してくれたので、それをまたたすき掛けにかける。重い。レウドが持とうか、という風に手を出してくれたが、それは断った。私の鞄だもの。私が持つよ。

 しかし。

 改めて見ると、この人、本当に背が高いな。190センチはありそうだ。間近で見上げると、すこし首が痛い。

「*****?」

 もういいのか、と聞いてくれている。ような気がした。直感だ。


「うん。待っててくれてありがとう。行こう。──あ。そうだ。その前に」


 私は、シャツの襟元に巻いていた、落ちついた赤色のスカーフを外した。エンジ色、に近い色かもしれない。派手すぎず、地味すぎない、上品な色だ。


 あの神っぽい人、人の希望を打ち砕くのが趣味なんじゃないかと疑うほどの毒舌だったけど、私にくれた服の見立ては、なかなかいい感じだった。イングリッシュテイストで、仄かに可愛くて上品なシャツと、薄茶色のフレアスカートとベスト。革のロングブーツ。生地の質もいい。たすき掛けにできる鞄も、柔らかい革でできていて、たくさん入るし軽くて丈夫だ。


「レウド。ちょっと、かがんでくれる?」

 私は、レウドに向かって手招きした。側まで寄ってきたレウドに、更に手招きする。首を曲げて、私を見下ろしている。


 私は腕を目一杯伸ばして、レウドの首にエンジ色のスカーフを巻いた。

 綺麗な紅い色の瞳が映えて、なかなか似合っている。


 銀の首輪が見えないように、2度回して。

 首の横で、軽く結んだ。


 蝶々結びは、流石に止めておいた。誘惑に負けそうになりながらも、なんとか耐えた。似合いそうだけど。ものすごく似合いそうだけど。見てみたいけど。ものすごく嫌がるのは間違いない。


「はい。これなら、分からないでしょ?」

 レウドが、紅い瞳を見開いた。


「街まで、それで我慢してね。町に着いたら、首輪を外してくれるところに行こう」

 私は街道のある方角を指さして、レウドの首輪を指さして、両手でひっぱる仕草をした。む、難しい。伝わるか。

 これをボディーランゲージで表現するのは、なかなかに難易度が高すぎる。 


 レウドは首に巻かれたスカーフをしばらく触わった後、不思議そうに私を見て、それからゆっくりと笑顔になった。


 どうやら、喜んでもらえたようだ。だって、首輪が見えたままだと、私は奴隷です、て言って歩いているようなものだし。それは嫌だよね。私だったら絶対嫌だ。


「──【サンスーク】」


「さんすうく? 算数苦? 確かに算数系は余り得意じゃないけど」

 レウドが首を横に振った。また違ったらしい。だよね。

「***。サンスーク」

「さ、サあスえク……? サンスえク。サンスーク」

 レウドが頷いた。

 おお。発音クリアしたみたいだ。よっしゃあ! この調子で頑張ります、師匠! 今日から師匠のことを、英会話ならぬ【異世界会話の先生】と呼ばせてもらいます。ところで先生、この言葉の意味ってなんですか。



 レウドが私を手招きしてから、林に向かって歩き出した。

 よれよれのシャツに、破れたジーンズに、サンダル姿で、足取りもゆっくりと歩くレウドの後ろ姿は、ちょっとそこまで散歩しに行く休日のお兄さんのようにみえた。なんか、ちょっと和む。


 さあ、出発だ。


 私はレウドの後ろ姿を、小走りに追いかけた。


 ゆっくり歩いてるけど、足の長さが違いすぎる。歩幅のスパンが違いすぎるんです。2倍くらいある気がします。


 そして、体力も違いすぎます。


 もう既に息切れしながら、私は先を歩くレウドを呼んだ。


「師匠! ……じゃなかった、レウド! すんません、もう少しゆっくり、歩いて下さいお願いします」



 * * *

 


 典型的文系インドア派の身体能力を、なめないで頂きたい。


 街道を歩く事、2時間半。


 駄目だ。

 


 もう駄目だ。



 足が痛すぎる。


 だって、この街道、でこぼこしてるんだ。舗装してないんんだ。当たり前だけど。

 アスファルトやタイルで綺麗に舗装された道しかほとんど歩いたことのない現代人の足は、ものすごく繊細でデリケートなんだ。裸足で歩けるのは、芝生や砂浜や運動場みたいなごつごつしたものの無い柔らかい場所だけなんだ。それ以外は、傷だらけになっちゃうんだ。


 私は、少し前を歩くレウドの袖を掴んだ。

 捕まれたレウドは少しつんのめるようにして立ち止まり、振り返った。


「チナミ?」


「レウド。ちょっと、休憩しよう」

 私は、街道脇の草原を指さした。

 



 私は小花の咲く街道沿いの草原に座って、ブーツと靴下を脱いだ。


 足の裏を見てみる。


 大きなマメが左右の足裏に1つずつできていた。そして皮がぺろりと破れていた。うわあ。痛そう。いや、実際ものすごく痛いんだけど。


 私の足下にしゃがんで、足裏の状態を見ていたレウドが、少し眉根を寄せた。


 あああ。呆れてるよ。すいませんすいません。ひ弱ですいません。

 だって、こんなに続けて山道歩いたことなんてないんです。登山マニアの兄の自慢話をもっと真剣に聞いておけばよかった。そうしたらもっと自分のペース配分とか考え(以下略)。


 レウドは立ち上がると、草原を見回して鼻を鳴らした。何かの匂いを探しているのだろうか。狼って文字が種族名に入ってるから、やっぱり人よりも鼻が効くのかな。

「チナミ。【ステウ】」

「すてう?」

 レウドは頷くと、人さし指を下に向けた。ああ、待ってろってこと?


 私が頷くのを見ると、レウドは鼻を鳴らしながら草原をうろうろと歩き始めた。うん。なんか、仕草がね。やっぱりね。時々、犬っぽいよね。見てると和むけど。 


 レウドが戻ってくるまで暇──じゃなくて、空いた時間を有効に使おうと思い、そこら辺に生えてる野花を摘んで、【精査】してみた。


「〈プローブ〉」



【名もなき野花】

 植物

[説明]どこにでも自生している草花。雑草。

[効能]HP1〜2回復


 お。食べようと思えば、これ食べれるんだ。

 野草料理ってあるもんね。天麩羅にしたら美味しいかな。葉っぱ系の天麩羅って、サクサクして美味しいよね。お腹には溜まらないけど。非常食用に何本かもっていこうかな。根と土ごと掘り出せば、日もちしそうだし。


 他の草花も手当たり次第に【精査】してみたが、どれも【名もなき野花】だった。

 あの毒舌神に落とされた林の中は、やたらめったらいろいろな珍品良品が採取できたのになあ。あれは、特別な場所だったということか。探してみなさい、って言ってくれてたし。やっぱり、一応は気を使ってくれていたってことか。

 

 しばらくして、レウドは手にスカイブルー色の草を持って帰ってきた。大きな小判みたいな形をしている。なんだろう。明らかに植物の色じゃないよねそれ。さすが、ファンタジー世界。


「〈プローブ〉」



【アイスグラス】

 薬草

[説明]山辺で採れる。空色の薬草。ペースト状にするか、そのまま軽く揉んでから患部に塗布して使用。

[効能]消炎 殺菌

 ??



「薬草だ」


 これを採りに行ってくれていたのか。お兄さん、本当に親切だなあ。いい人だから、誰かに騙されて、悪い組織に売られて、奴隷にされてしまったのかもしれない。きっとそうだ。間違いない。多分。


 レウドは手際よくスカイブルーの葉を軽く揉んでから私の足裏に貼り、自分のシャツの裾を破って、包帯代わりに巻いてくれた。私は焦った。そんな。レウドも服、それしかないのに。申し訳なさすぎる。

「ご、ごめんレウド。服」

 シャツの裾を指さすと、レウドは気にするな、という風に手を横に振った。気にするな、といわれても気になります。いやもう本当すいません。街に行ったら、早くこの鞄の中の物売って、シャツを買って返しますんで。


 草が貼られた足裏が、ひんやりとし始めた。ほどよい冷たさで気持ちいい。痛みも随分引いてきた。ものすごく効くね、これ。レウドが20枚ほど採ってきていたので、鞄にいれておいた。

 

 よし。

 これなら、歩けそうだ。


 私はブーツを履き直すと、ゆっくりと立ち上がった。うん。そっと歩けば、大丈夫そうだ。そっと──歩いてたら、目的地にいつ着くんだよ自分。


 ……これ以上ゆっくり歩いてたら、また野宿になりそうだ。嫌だ。私はアウトドアよりインドアが好きです。


 頑張って、早く歩こう。ものは気合いだ。行ける。私なら行ける。


「よおし。行こうか──なあ!?」

 私は気合いを入れて、レウドを見上げ──鞄を取り上げられた。


 レウドは軽々と鞄をたすき掛けにかけると、私に背中を向けて片膝を付いた。


 ──おぶされってことだろうか。


 いやいやいやいや。


 そこまでは、申し訳なさすぎて躊躇するレベルだよ。


「チナミ。*****、******」

 なかなか乗ろうとしない私に向かって、レウドが何か言っている。早く乗れ、とか言っているのかもしれない。いやいや。でも。もう歩けるし。ていうか、男の人におんぶしてもうらうなんて、お父さん以来だよ。ものすごい抵抗あるよ。無理無理無理。私はシャイさに定評のある日本人です。無理だ。


 動こうとしない、というか固まった私を振り返り見て、レウドは溜め息を1つついて──


 私の腕を引っぱった。


「ぬわっ!?」


 いきなりなにすんねん!

 

 よろけて背中に激突する。固い。痛い。鼻打った。

 私が背中に激突したのを確認したレウドは、私の腕を肩に乗せ、素早く立ち上がった。視界が急上昇する。


「た、高い高い高い怖い高い怖い!!」


 地面があり得ないほど遠く見える。私は必死にしがみつくしかなかった。

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