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第5話

野宿になりました。

 私の言いたい事が分かったのか、レウドは周囲に首を巡らせながら鼻を鳴らしていた。匂いを探る、犬みたいな仕草だ。月狼族、と書いてあったから、似たような習性を持っているのかもしれない。

 レウドはゆっくり立ち上がると、林の奥を指さした。


「【リーバ】」

「リーバ?」

 レウドが、私を振り返って頷いた。リーバって、なんですか。

「リーバ*、***。*****?」

 なんとなく、英語に似てる言語だというのは分かった。


 でも、私、英語苦手なんだよね。いつだってぎりぎりの点数でした。

 いいんだ。私は日本から一生出ずに生きてくんだ。英語なんて必要ない。

 そう開き直っていました。


 外国通り越して、異世界にきちゃったけどね!


 避けてた物事は、いずれ目の前に現れるから後回しもほどほどにしときな。

 そうゲンコツと説教──じゃなっかった、教えてくれていたバア様は、正しかったんですね。心の中で、死ぬまで回避し続けてれば大丈夫なんじゃね? っと反論していた私が間違っていました。すみません。ごめんなさい。英語をもっと頑張っていれば、こちらの言語習得ももっとスムーズにいってたかもしれない。


 レウドが、さっきまで指をさしていた方角に向かって歩き出した。


「あ、ちょっと。どこいくの?」

 私も立ち上がって、後を追う。

 レウドが振り返って、困ったように手の平を向けてきた。

「****。****? ****」

 必至にヒアリングしようとしたが、早口すぎてさっぱりわからなかった。早口過ぎます。もっとスローでお願いします。できれば、単語と単語の間を区切ってお願いします。


 私がしきりに首をかしげていると、レウドが深く溜め息をついて、また歩き出した。


 私もその後を歩いてついていく。

 何も言わなくなったから、ついていって良いってことのようだ。了承、と受けとる事にした。

 だって、どこにいくのか気になるし。決して、1人が寂しいってわけじゃ、ないですから。いやいや、マジで。





 しばらく歩くと、せせらぎが聴こえてきた。


 川?


 ああ、【リーバ】って、川のことだったのか。

 

 綺麗な、川だった。

 緩やかにカーブしていて、水はとても澄んでいる。川の流れも穏やかだ。

 向こう側には、黄緑色の葉をいっぱい広げた木々の枝がふわりと水面を覆い、ちょっとした木陰を作り出している。

 私たちのいる岸には、小さな川砂利が広がる浅瀬が広がっている。

 そして。


 水面に川魚の魚影の群れが見えた。



「魚だ────!!」 



 食べたい。食べたい。どうやったら捕れるかな。あああ、釣りマニアな兄の自慢話を、スルーせずにもっとしっかり聞いておくんだった。無人島で魚を捕獲する話もあったのに。


「チナミ。****」

 魚につられて川に駆けよりかけた私を、レウドが止めた。

 止めてくれるな、行かせてくれ。こうなったら、素手でも捕まえてみせる! 私は今から水鳥!


 レウドは川を指さし、自分の顔を指さし、それから──


 おもむろにシャツを脱ぎ始めた。


 ぎゃあああ! きりなりなにしてけつかるんですか!?


 やめて! ちょ、ちょっと待って! 乙女の前で、いきなり脱ぐとは何事か貴様!


「ま、待って! ちょ、ちょっと待って、レウド! 私、向こうにいってるから、終わったら声掛けて!」


 私は脱兎のごとく、かなり離れた大きな岩陰に向かって、全速力で駆け出した。



 * * *



 まったく。まったく。まったく。

 外人クオリティ、恐ろしい。人前で裸、平気だもんね。女の人も平気で紐ビキニ着てたり。信じられない。あれ、隠してる場所なんてほとんどないじゃないか。ありえない。どこぞのビーチでは、皆が裸で泳ぐらしい。ありえない。恥じらいはどこへ行った。


 私は裸族の理解不能な言い分に心の中で1つ1つ反論しながら、川砂利の岸を散策した。


 視界が、ちょっとずつ暗いオレンジ色になってきた。

 もう、日暮れも終わりかけだ。

 

 日暮れ前までに街まで行って、リンゴとか林で採取したもの売って、安い宿でもいいからチェックインして、今日はベッドでゆっくり休む、という壮大かつささやかな計画を立てていたのに。


 野宿、確定です。


 キャンプなんて、子供の頃に1回しかいったことありません。あの時は、蚊にさされまくって最悪でした。カレーにも大きな羽虫が入って最悪でした。それ以来、どんなに兄妹に誘われても行っていません。快適な部屋で、本読んだりゲームしたりネットしてるほうがずっと楽しいもん。あと、ウインドーショッピングしたり。高級品売り場を友達と冷やかしに入ってみたりさ。美術館行ったり。映画観に行ったり。ああ、あの頃はよかったなあ。


 そして、お腹空いた。


 あ。綺麗な紅い石、発見。

 ルビーよりはくすんだ赤だけど、落ちついた綺麗な色。


 私は手の平に収まるくらいの紅い石を、1つ拾った。川砂利のなかに、ぽつり、ぽつりと落ちている。たくさんはない。この辺りからみて、5〜6個ぐらいかな。


 私は手の平の紅い石をじっとみた。


「〈プローブ〉」


 半透明のウインドウが現れた。



【火打ち石】

 鉱石。

[説明]火山帯から流れる川の岸でみつかる鉱石。二つを擦りながら打ち鳴らすと、火が出る。

 ??

 ??



 おお。

 これは、使えそうだ。持っていこう。私は4個拾って、2個手に持った。

 レウドなら、火の起こし方知ってるかもしれない。この世界の人だし。


 人──じゃないのかな? 

 月狼族ってなんなんだろう。でも、人の姿をしてるし。


【精査】も、全部分かる訳じゃない。分からない単語は、自力で調べるしかないのか。それとも、レベルが上がれば、分かるようになるのかな?


「チナミ」

「ふおあっ!?」

 

 思考に耽っていると、いきなり背後から声をかけられた。思わず跳び上がってしまった。びっくりするじゃないか。声かけてよ。ああ、声かけたんでしたね。びっくりして錯乱してしまったじゃないか。


 振り返ると、レウドがさっぱりした顔で立っていた。髪からは水が滴り、服も湿っている。洗ったみたいだ。

 私はレウドの腕辺りに鼻を近づけて、臭いを嗅いでみた。


 よし。臭くない。


 あれだけ臭いと、隣を歩いてても臭いが移りそうだったからどうしようかと思っていたのだ。レウドにかけてた外套にも、臭いが少し移っちゃったし。今はもう分からない程度に薄れてきたけど。


「うん。もう臭くない。オッケー」

 私はレウドに向かって、オッケーサインを送った。

 レウドがやっぱり、呆れたように私を見ていた。なんなんですか。もう。


「あ、そうだ。レウド。これ、使えるかな?」

 私は、さっき拾った【火打ち石】を二つ、レウドに差し出した。


「【レウドフリント】、***?」

「レウドフリント? っていうの? この紅い石のこと?」

 レウドが頷いた。

「そうなんだ。ふふ。【レウド】と【レウドフリント】って、名前が少しだけ似てるよね。意味が似てるのかな? 目の色、紅いもんね。色、同じだ」


 石とレウドの瞳を交互に指さすと、またしても呆れた表情をされた。

 さすがにちょっと、むっとする。


「さっきから、なんなの? 何か──私っておかしい?」

 おかしいなら、教えて欲しいところだ。このままでは、街に行っても嫌な感じに浮いてしまうかもしれない。

 でも、聞こうにも、言葉の壁が高い。私的には、エベレスト並に高い。


 レウドは片手を上げて、ほんの少しだけ微笑んだ。すまなかった、と言いたいのだろうか。


 私から【火打ち石】を二つ受け取ると、手招きして、歩き出した。ついてこい、ということらしい。私は素直に後をついていった。


 キャンプなんて1回しかしたことない。ほとんど手ぶら状態での野宿なんて以ての外だ。ていうか、野宿というより、これってサバイバルに近い気がする。でも、今後はこういうこともあるかもしれない。レウドのやり方をみて、覚えておこう。



 林から乾いた草と木切れを拾ってきて、川砂利を円形に積み上げた中に、交互に積み重ねていく。

 残った木切れは、脇に積み上げておく。

 レウドが【火打ち石】を二つ擦って何度か打ち鳴らすと、火花が散った。マッチぐらいの火が出た。それは草に引火して、木切れに引火して、焚き火になった。


「わああ。すごいすごい! そういう風にやるのかあ。覚えとこう」

 すごい、というのを表現する為に、私は手を叩いてレウドを称賛した。

 すごいです。いやもう、マジですごいです。私だけだったら、ここまでできませんでした。あのすっぱ甘い衝撃のリンゴを齧りながら、夜の林の暗がりの中で、夜空の下、脅えながら寝る羽目になっていました。焚き火って、見てるとほっとするよね。今日からお兄さんの事を、【サバイバルの師匠】と呼ばせてもらうことにします。


 サバイバルの師匠は不思議そうに私を見て、また少しだけ笑った。


 木切れの束を私の側に置き、焚き火と木切れを交互に指さす。

「チナミ。****、****」

 ああ、火が弱くなったら、木切れを入れろってことですか?

 私は頷いて了承した。

 師匠。責任持って、火の番します! 


 師匠は頷くと、今度は川に向かって歩いていった。

「え。どこいくんですか、師匠」

 立ち上がろうとした私を、師匠は手の平を向けて止めた。それから、人さし指を下に向ける。ここにいろ、ということのようだ。

 私は大人しく座って待つ事にした。

 

 レウドは川に行くと、しゃがんでしばらく手を動かしていた。

 作業はすぐに終わり、両手に2つずつ、川魚をぶら下げて戻ってきた。ヤマメによく似てるけど、ヤマメよりも一回り大きい魚。


 さ、魚だ!!


 師匠おおお────!!

 

 しかも、内臓を取り除いて処理がしてある。手際がいい。流石、サバイバルの師匠。


「さ、魚! 魚! すごい、4匹も、いつ捕まえたの!?」

 身を乗り出して尋ねると、師匠は苦笑しながら焚き火の側に座り、細い木の枝を魚に差し始めた。

「***。******。****」

 しゃべってくれた内容は全くわからなかったが、推測……というか想像するに、さっきの全身丸洗い中にでも捕まえたのかもしれない。ぬかりがないね、師匠!


「あ。ちょっと待って、師匠。じゃなかった、レウド」

 私は、魚をじっとみた。


「〈プローブ〉」


 半透明のウインドウが現れた。


【キングリーバヤーマメ】

 川魚。

[説明]綺麗な川に生息する魚。塩を振って焼くと、ぱりぱりの皮とふわふわの白身が非常に美味。

 ??

 ??


 やっぱり、ヤマメだった。私の目に、狂いはなかった。あの魚影、とても美味しそうに見えたんだ。キングってついてるから、大きいんだ。きっと。


 レウドが、不思議そうに私を見ていた。


「……チナミ。***、【ウィサド】***?」


 私は首をかしげた。

 そういえば、ギョロ目も同じ単語を言っていたことを思い出す。

「ごめん。【ウィサド】っていうのが、よくわからない」

 レウドは口を閉じると、少しだけ息をついて、調理を再開した。




 焼いた魚は、とっても美味しかったです。


 説明通り、皮はぱりぱり、中の白身はふわふわでした。それでいて、魚の油も滴るくらいにたっぷりです。塩がなくても、私はこれで十分美味しかった。的場家の料理は基本的に薄味だからね。 

 魚が大きかったから、1つだけでお腹いっぱいになりました。満足満足。魚さん、とサバイバルの師匠、ありがとうございました。


 もう1本勧めてくるレウドに、私は首を振った。

 お腹を数度叩いてみせる。もう食べれません。どうぞ御食べ下さい、と手の平を上に向けてみせた。


 レウドはそれでも勧めてきたが、私が再度同じ動作をしてみせると、諦めたようだった。

 頷いて、三本目にかぶりついた。さすが男、良く食べるなあ。胃袋大きいから、たくさん食べれるんだ。兄達も、見てるだけでお腹いっぱいになりそうな食いっぷりだった。いいなあ。羨ましい。

 お腹いっぱいになった私は、ごろりと横になった。食べてすぐ横になるとブタさんになるが、今日ぐらいは大丈夫だ。だって、リンゴ1個と魚と水しか食べてないからね。図らずもダイエット、できるよ! やったねー。……ふう。


 深い藍色の空には、満天の星空が広がっている。


 異世界の夜空は、私が知ってる夜空と違って、とても澄んでいて、星も無数に瞬いていた。天の川も、2本、交差するように流れている。

 すこしオレンジがかった、大きな月。

 その脇にあるのは、月の子供みたいな、小さな黄色い月。


 感動するほど、綺麗な夜空だった。


 そして──私の知らない、夜空だった。


「ねえ。レウド。星って何て言うの? 星」

 仰向けに寝転がったまま、私は夜空の星を指さした。

 レウドも食べるのを止め、夜空を見上げた。

「【スティラ】? ***、スティラ」

「スティラって言うんだ? スティラ。じゃあ、あのオレンジ色の大きな月は? 月。あの、まあるいの」

 私は、今度はオレンジ色の月を指さして、両手で大きな輪をつくってみせた。

「【ルナーエ】、***? ルナーエ」

「ルナーエ。私の世界では、【月】って言うんだよ。スティラは、【星】」

「ツキ。ホシ」

「うん。そうそう。なかなか、日本語の発音、いいじゃない」

 私は、笑った。


 この世界の人に、日本語教えてなにやってるんだか。私。


 でも、私以外の人にも、少しだけで良いから、知っててほしかった。だって、私がいなくなったら、日本語知ってる人が、この世界に、誰もいなくなってしまうのだ。別の世界から来た私がいた、ということも。


「ねえ。レウド。この世界ってさ。──奴隷って、よくあることなの?」


「ドレイ?」

 私は説明しかけて──止めた。


 レウドを見て、少し笑って首を振って、なんでもないことを表現した。

「なんでもない」


 あの馬車の中の人たちの行き先を考えかけて──私は思考にストップをかけた。

 彼らの事を、私が心臓が痛くなるほど考え続けたって、どうしようもない。行き先だって知らないのだ。警察っぽい組織があるなら、絶対通報してるけど。


 それに、もし、あってほしくないことだけど、これが日常茶飯事的な事なのだとしたら──通報したって、無駄足に終わる。


 こんな悪しき慣習、ぶっ壊してやる! と鼻息荒くして追いかけていけるほど、私は強くない。勇者レベルの人なら、できるかもしれないけど。


 私が手に入れた力は、たった1つだけ。


 それも、戦闘には全く使えそうにない、日々の生活を助ける程度の、ささやかなスキルだ。


 レウドが、焚き火に枝を入れた。

 ぱちぱちと、火の粉が飛ぶ。


 レウドは食べ終わったようだった。魚の頭も、骨すら残ってない。すげえ。丸ごと食いですか。さすがは師匠。それくらいしないと、サバイバルは生き残れませんって事ですね。わかりました。でも、私には、ちょっと無理そうです。


 ああ、眠い。

 疲れたし、お腹いっぱいになったからかな。

 1人じゃない、という安心感も大きい。

 でも──


 街で、レウドの首輪を外して【スライブ】から解放したら、また1人かあ。

 

 まあ、仕方ないよね。

 それにしても、眠い。眠すぎる。


「チナミ? *****?」

「ごめん……ちょっとだけ、寝させて……後で、火の番、交替する……から……」

 私は睡魔と戦いながら、木の枝の山を半分取り、自分の脇に置いた。それから、自分とレウドを交互に指さして、両手でくるくると回す。交替のジェスチャーだ。

「半分……交替するから。オッケー……?」

 レウドはまた不思議そうに私をみて、それから、微笑んで頷いた。伝わったみたいだ。

「オッケー。チナミ。****」

 おおお? 

 レウド、私の言葉、また1つ覚えてくれたみたいだ。


 ──オッケーって、日本語じゃないけどね。


 しまった。こんなことなら、了解です、って繰り返しとけばよかった。

 馬鹿だねだから日頃からちゃんとした日本語使いなさいと言ってきただろう何やってんだい、とバア様の怒声が聞こえた気がした。


「クート、ナハート」

 レウドが、静かな声音で、呟やくように一言告げた。

「くうと、おなかはると?」

 食うと確かにお腹は張るけど。

 レウドが首を横に振った。違ったみたいだ。だよね。

「***。クート、ナハート」

「クート、ナハート?」

 復唱すると、レウドが少し笑って頷いた。発音にオッケーが出たみたいだ。よっしゃあ。私頑張るよ、師匠!


 この世界の言語は、やっぱり英語によく似ていて、発音が難しい。

 【あ】と【え】の中間の音って、どうやってやるんですか先生。普通に考えて無理があると思います、あれ。教科書の口腔内の図解をみても、さっぱり分からないんですけど。

 言葉の意味は、なんとなく、おやすみ、と言っているような気がする。違うかな。そんな気がするんだけど。


 言葉の壁は、まだまだ高いなあ。

 

 「クート、ナハート……スティラ……ルナーエ……」

 私はとにかく、単語1つでも早く覚えていこうと、何度か繰り返し呟いて発声練習していたが、いつの間にか眠ってしまっていた。

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