第3話
異世界の人と遭遇しました。
ひとまず、ここまで連続投稿。
林の中を歩いてきた道を辿って戻って、さらに歩いていくと、街道にでた。
舗装されていない、草と土と石だらけの道だ。
道幅は、そこそこ広い。車2台は通れるくらい。
さて。どっちに行くか。
右をみても、左を見ても、緩やかな山と丘と、蛇行する街道。
しまった。
S神もどきに街までの道を聞いておくんだった。
「仕方がない……ここは、セオリー通り、コレでいこう」
私は枝を拾うと、垂直に突き立てた。
「どっちに行こうかな。右か左か。さあ、どっち?」
枝から手を放す。
ぱたり、と右に倒れた。
「よし。右に行ってみよう」
道なりに歩いていけば、いつかは何処かに着くだろう。
街道を歩く事、30分程。
1台の馬車が、路肩に止まっているのが見えた。
薄汚れた、2頭立ての大きな馬車だ。馬車の両側には、空気抜け程度の小さな窓がついている。それには、鉄格子が嵌まっている。
馬の側に男が2人立っていた。
1人は細い男。細いというか、骨と皮に申し訳程度に肉付けされてるように痩せている。肌は焼けている。ぼさぼさの黒髪。かなりの猫背。シャツとズボンと上着の、ラフな格好をしている。腰には短剣がぶら下がっている。
もう1人は、大きながっしりとした身体の男。肩から胸にかけて、銀色のプレートをつけ、腰には長い剣をぶら下げている。むき出しの両腕には、無数の傷跡。よくファンタジーでみる、傭兵みたいな感じだ。
馬が一頭、横に倒れている。
なんだろう。事故かな?
倒れた馬の頭近くにしゃがみこんでいる細い男が、両手で頭を掻き回しながら唸っている。
かなり困っているみたいだ。私は馬車に近づいて、声をかけてみた。
「大丈夫ですか?」
細い男が、驚いたように飛び上がり、私を振り返った。
「***、*****?」
あああああ。
やっぱり、言葉が分からない。
ちょっとは、もしかして、って期待したのになあ。甘かった。
ていうか、異世界ものって、言語翻訳スキル、デフォルトじゃないの?
そんなこと言ったら、またあの毒舌な神(っぽいお兄さん)に冷たい目で蔑まれそうだ。ぬるま湯にどっぷり漬かった若者ですみませんね。でも、言語翻訳能力ほしかったです。
私は、どうにかジェスチャーで聞いてみる事にした。身振り手振りは、だいたい世界……異世界共通だと思う。
私は倒れている馬を見た。ぐったりとして、泡を吹いている。怪我をした様子はないようだ。疲労? 病気? よく分からない。
私は馬を指さして、首をかしげて見せた。
「病気?」
痩せすぎの男は、ギョロリとした目で私を見上げ、手を腰に当て、首を振った。頬のげっそりとこけた、浅黒い肌。日本人の平坦な顔ではなく、外国人特有の、彫りの深い顔。少し、アジアっぽい感じ。目がものすごく印象的だ。大きくて、飛び出してきそうにギョロリとしている。ギョロ目。
人相は──あまり、良いとは言えない。どちらかというと、悪人(小者)系だ。
「****、****……」
傭兵っぽいおじさんが溜め息をつきながら話しかけてきた。
「すみません。何を言っているのかわかりません」
ギョロ目の男と傭兵のオジさんが顔を見合わせて、肩をすくめた。言葉、通じないから説明も難しいもんね。困ったね。お互いに。
私は、馬をじっとみつめた。
「〈プローブ〉」
半透明のウインドウが現れた。
【ホースー】
馬
[説明]馬車用に調教済みの馬。気性は大人しく、人なつこい。
▼状態異常中▼ 過労 瀕死 脱水
成程。
脱水。水がいるのかも。
私は、ギョロ目の男を見上げ、馬を指さして、手でわっか作ってコップで水を飲む仕草をしてみせた。
「水。飲ませる。回復する。オッケー?」
ギョロ目の男が、目を見開いた。
「****、【ウィサド】!?」
「ワザと? じゃないか。よくわかんない。ごめんね。何言ってるかわかんない。それよりも、水、飲ませてって」
もう一度、同じ仕草をする。
ギョロ目が首を振った。
あれ。伝わらなかったのかな?
「ウォター、**、*****」
うん、よくわかんないです。ウォターって、もしかして、水のことかな。
こんな感じで、地道にちょこっとずつ言葉覚えていくしかないのか。うう。外国語苦手なのに。苦行だ。でも生活がかかってるから、頑張って覚えないと。
水分かあ。
私は、鞄から【サンセットアップル】を1つ、取り出した。
これなら、いいかな。食べるかな。水分結構あるし。HP回復効果ついているし。500以上も回復したら、十分だろう。私なんて、HP30だし。少ないね! これ、標準的にどうなんだろ。確かに、前の世界では文学部のインドア派だったけどね。運動部なんて入った事ないさ。馬よりHP低かったら、なんか泣けるんですけど。
そんなことより、馬って、リンゴ食べるよね。
私はリンゴを指さし、馬を指さして、最後に食べる仕草をしてみせた。伝われ、私のボディーランゲージ!
ギョロ目の男と、傭兵の男が目を見開いた。
わかってくれなかったようだ。私は、もう一度同じ仕草をした。今度は、もっとオーバーアクションで。これで、どうだ!
二人が頷いた。縦に。忙しなく何度も。よっしゃあ! 伝わった! 私のボディランゲージは異世界でも通じるようだ。今後もこれでやっていこう。
頷いたってことは、食べさせていい、ってことかな。
私は、リンゴを持って、倒れた馬に近づいた。半分に、どうにか手で割って、半切れを泡を大量に吹いている口元に持っていく。私の世界の馬よりも、足が2倍ほど太く、胴も太い。たてがみはフサフサだ。牛っぽい角が生えている。耳が垂れている。なんだか、馬と牛の中間みたいな感じの動物だ。
「食べて。美味しいよ」
馬が、リンゴを一口齧った。
しゃくしゃく、と食べていく。食べた。これなら、大丈夫かもしれない。私は、もう半切れを口元に持っていった。
馬が、私の手を舐めた。
くりくりの茶色い目が、可愛い。私は、鼻の上の方を撫でてあげた。馬は気持ちよさそうに目を細めて、私を見ていた。
ぶるる、と鼻を鳴らすと、馬は立ち上がった。
立った! クラ○が立ったよ!
違った、馬が立った!
「立ったよ!」
おおお〜!、といつの間にか背後に立っていた二人が声を上げ、拍手をしてくれた。
「****! ***、【サンセットアップル】、*****?」
ぎょろ目の男が、私の鞄を指さしてなにかしゃべった。
ごめん。単語1つだけしか聞き取れなかった。何言ってるかわかんない。なんか、必至な感じだけは伝わってくる。
「なんなの、おじさん。リンゴ、ほしいの?」
これは、貴重な売り物だ。そして、私の非常食だ。気軽にあげるわけにはいかない。
私は首を横に振った。
「ノー。だめ。あげれない」
「***? ****、*****!」
尚も、おじさんが食いさがってくる。
なんなんだよ、もう。しつこいなあ。そんなに、このリンゴ食べたいのか。この、衝撃的な、超すっぱ甘いリンゴを。まずいんだか美味しいんだかもよく分からない、食べ過ぎると味覚崩壊しそうなレベルの味だよ、これ。
「****! 【スライブ】、****?」
「あーもー、だめだめ! これ、大事! 私、生活かかってる、オッケー?」
身振り手振りで説明を試みてみる。
それでもギョロ目のおじさんは、諦める気配を見せなかった。
私の腕を掴んで、手を引いていく。
「え? え、ちょっと! やだ! なにすんの、おっさん!」
私は暴れた。なにこれ。ちょっと、ヤバい状況!?
私は引きずられるまま、馬車の後ろまで連れて行かれた。
傭兵のオッサンが、馬車の扉を開ける。
「え、やだやだ! どこに連れて行く気? わかったよ、リンゴあげるから、もう私を離して!」
リンゴより、私の身の方が大事だ。
「*****? 【スライブ】、****、**!」
「だから、【スライブ】って何よ! ──あ」
馬車の中には、5人の男たちが座っていた。
私は、息を飲んだ。
壮年の男2人、青年3人。
首には銀色の首輪。手と足首も、金属製の板を挟み込むようにして、戒められている。見てすぐわかった。あれは、逃がさないようにするための、枷だ。
皆、薄汚れた格好をしている。
皆一様に、顔が暗い。というか、考えるのを放棄したような表情をしている。諦めたような、達観したような。何もかもが、どうでもいいような。
「なに、これ」
なんなの、これ。
【スライブ】って。
私の脳裏に、浮かんではいけない単語が浮かんだ。
まさか──
奴隷?
「**、*****?」
ぎょろ目の男が、馬車の中に入っていって、青年を1人引きずり出してきた。
薄汚れてはいるけど、綺麗な青年だった。
少し癖のある銀色の髪。ルビーみたいな紅い瞳。白い肌。背が高くて、鍛えていたのか、それとも肉体労働系の仕事をしていたのか、身体は引き締まっている。外人モデルみたいに、整った顔立ち。
ただ、薄汚れたシャツから覗く肌には、よく分からない模様みたいな入れ墨がたくさん掘り込まれていた。それは、手の甲まで彫られているのが見えた。全身? なんなんだろう、これ。入れ墨とも、なんか違うようだけど。
目は、死んだように虚ろだ。生気がない。疲労と、諦めと、無力感が混ざったような気配。感情を失った瞳。
でも。
私は、首を横に振った。
「い、いらない」
奴隷なんて。
「***、****。***********?」
ギョロ目の男が、なにやら勢い良くしゃべっている。説明をしているのだろうか。
「【サンセットアップル】、***?」
ぎょろ目の男が、7本の指を指し示した。
7個と交換、ということなのだろうか。
私は、首を横に振った。
この場から、すぐにでも逃げ出したかった。
いきなり、奴隷の売り買いなんて、レベルが高すぎるよ!
ていうか、したくない。してはいけない気がする。とてもする。私みたいな、モブとも言われた一介のしがない大学受験生が、そんなものを買ってはいけない。
馬車に乗っている人たちを助けたいけど、私にはそんな力はない。自分の身を守るのだけでも精一杯だ。
何事もなかったように立ち去る心の弱さと、目の前のものだけを自分の精神を守る為に助けようとする心の弱さは、どちらがマシなのだろうか。どちらが、正しいの? 私には、分からない。
この人を買えば、この人だけは助かるだろうけど。
じゃあ、残りの人は?
リンゴは、全部で19個。
生ってたリンゴは、全部採ってきてしまったから、戻っても、もうない。
全員を助けるのは、無理だ。
私は、首を横に振った。
私は、立ち去る方の心の弱さを選択した。だって、私にどうしろと言うの。何も出来ないのが、分かりきっているのに。
ギョロ目の男は、いらいらした顔で、5本の指を突き出した。
2個、まけてやる、ということだろうか。
私は、馬車の中の人たちを見た。
皆一様に、不安そうな表情で私を見ていた。ほんの微かな期待と、諦めの目で。首を振って、私の後ろを指さしている。何?
振り返る。
傭兵のおっさんが、私の背後でにやりと笑っていた。剣の柄に手をかけている。
背筋に冷たいものが流れた。マズイ、状況な気がする。とてもする。鳥肌が立った。これが、殺気というものなのだろうか?
ぎょろ目が焦ったように、何やら傭兵にしゃべっている。
これは、この場をどうにか丸く収めておかないと、私が危険?
私は震える手で、鞄の中から、リンゴを5個とりだした。
どうする。
死にたくない。
捕まって、売られたくもない。
ギョロ目の男は、なんだか私を脅えたような目で見てる。理由はわからないけど、私を怖がっているのはわかった。だけど、普通の、何の力もない女の子だとわかったら、私も捕まえられて、奴隷にされてしまうかもしれない。
ギョロ目が、私の手からリンゴを素早く奪っっていった。
「あ! ちょっと!」
その代わり、と言うように、青年を押し付けてくる。
ぎょろ目は傭兵に何事か指示すると、逃げるように馬車の御者台に走っていった。
傭兵はというと、仕方なさそうに馬車の後ろに移動し、飛び出た板の上に腰掛けた。
あっという間の出来事だった。
見る間に、馬車が通りすぎていく。
「え、ちょ、ちょっとおお──!?」
私は、走り去っていく馬車を、呆然と見送るしかなかった。