第2話
無人の林に落とされました。
人気の無い林の中に落とされました。
この神もどきはSのようです。
「だれが神もどきのSですか。まったく。口の悪い娘ですね」
「ひわあ!? 心の声読まれた!? 怖!!」
「人のいる場所に現れたら、ものすごく怪しまれますよ。いいんですか」
「それは嫌です。それと、質問です。この身体、どうなっているんですか?」
私はぺたぺたと、自分の身体を触ってみた。
肩よりも少し長い、黒い髪。
少し左に寄る癖のある、前髪。
肉付きの薄い身体。
控えめな胸のサイズも──変化なし。
普通の、今までと同じ、私の身体だ。
私の身体、崩壊した、ってさっき聞いた気がするんですけど。
「以前の姿を参考にして再構成しています。この世界の物質で作っていますので、完全にはトレースできていませんが、ほぼ同じと考えてもらって構いません。その方が、魂も安定して定着しますので。服もサービスです。人の中に溶け込みやすいよう、旅の娘風にしてみました」
「旅の娘風」
私は、自分の格好を確認してみた。
イングリッシュテイストで、仄かに可愛くて上品なシャツと、薄茶色のフレアスカートとベスト。胸元には、ふんわりとした生地のエンジ色のスカーフリボン。フード付きのポンチョ型コート。革のロングブーツ。たすき掛けの鞄は、柔らかい革でできている。結構大きめだけど、ものすごく軽い。それに丈夫そうだ。
「旅の娘ですか。この世界は、女の子が1人旅できるような世界ですか?」
「難しい世界です。日暮れまでに街へ行く事をお勧めします」
おい。
「あと、貴女がいる林のそこの周辺は、珍しいものがたくさん採れる場所です。いろいろ探してみて下さい。役立つ物が手に入るでしょう」
少しは、気を使ってくれているのだろうか。それとも、気のせいなのだろうか。
「そうですか。いろいろありがとうございます。お世話になりました」
私は、深く頭を下げた。
してくれた事に対しては、御礼はきちんと言わないといけないよ。
去年亡くなったバア様に、ゲンコツ落とされながら叩き込まれた躾の1つだ。私の兄妹全員に、この教訓は叩き込まれている。ゲンコツの恐怖とともに。
神様っぽい青年が、初めて嘘臭くない笑顔を浮かべた。
「いいんですよ。これは、私の仕事でもあるんですから。ですが、何事にも感謝するのはよい心がけです。それを忘れずに生きていってください。では、グッドラック。良い、異世界生活を」
それだけいうと、白黒の青年はふわりと浮き上がり、霞のように消えてしまった。
* * *
お腹が鳴った。
腹が減っては戦は出来ぬ。
とにかく、食べ物を探そう。
林の中は、白樺のような細い木々がまばらに生えている。
可愛らしく囀る鳥の声。
頬を撫でる、そよ風。
空を見上げると、真ん中よりも少し横に移動した太陽。
綿菓子にそっくりな白い綿雲。
さて。
なんかもうよくわからないけど、いつまでも呆けて立ってても仕方がない。
行ってみるか。
私は、林の中へ1歩踏み出した。
すぐに林檎っぽい実のなってる木を見つけた。
きらきら光るリンゴの実をもいで、じっと見つめる。
神様っぽい人(?)に教えてもらったように、スキルを使ってみる事にした。
「〈プローブ〉」
これは、【精査】スキルを発動する呪文だ。
半透明なウインドウが現れ、数行の文章が走る。
【サンセットアップル】
果実
??
??
??
これだけかよ!
ちょ、「??」ばっかりじゃん!
レベル1、半端ないですね。
名前と、おおまかなカテゴリが分かる程度なのか。
「果実と分かっただけ、まだマシなのかな……」
私は、きらきらひかる赤とオレンジのマーブル色のリンゴを見つめた。
赤とオレンジのグラデーションが、夕焼け色みたいにみえなくもない。アップル、とついているから、食べられる気がする。林檎だ。多分。きっと。食べれるはずだ。
お腹が鳴った。
意を決して、私はリンゴを──少しだけ齧ってみた。
衝撃が走った。
「すっ……ぱあ──い! あっ……まあ──い!」
私が知ってる林檎より酸味がかなり強かった。強いなんてもんじゃない。梅干し以上のすっぱさだ。口の中が唾液でいっぱいだ。そして、砂糖菓子のように甘い。ものすごくすっぱくて、ものすごく甘い。どっちかにして。お願い。
私は目と口をすぼめた。
私はお腹がとても空いていたので、なんとか気合いで1つ食べきった。
私は涙目になりながら、白黒青年にもらったもう一つのスキル、【デフォルトスキル】を使ってみた。
これは、ギフトスキルを与えられた異世界転移者全員に与えられるスキルらしい。これがないと、どれだけレベルがあがったのか確認できないという理由らしい。
「【ステータス・オープン】」
目の前に、半透明のウインドウが現れた。
名 前 チナミ
種 族 人族
レベル 1
次のレベルまで 20/100
HP 25/25
SP 40/50
取得スキル
【精査】Lv.1
対象の情報開示が可能。レベルが上がると、情報開示項目が増える。
次のレベルまで 20/100 消費SP10
「アレで10も消費してるんだ……」
果実。
しか分からなかったじゃんか。どういうことだよ。あれで10消費って詐欺だよ。
ていうか、このHP。ものすごく少なくないだろうか。大丈夫か、これ。
休んでたら、SPは1分毎に1SP回復するらしいけど。
「──あ。経験値も入ってるんだ」
地道に【精査】していけば、レベルもちまちまとだけどあがっていくってことか。先は長そうだけど。
私は【サンセットアップル】をたすき掛けの旅鞄の容量限界まで詰めた。
この鞄、何も入ってないからね。
おこずかいくれとは言わない。せめて、着替えをもう一着入れといてほしかった。それを望むのさえ贅沢なのだろうか。
20個入った。重かった。かなり重かった。肩に鞄のヒモが食い込む。でも、これを街で売るつもりだから、がんばるよ。きっと、売れるはずだ。私の勘だけど。
あと、せめて【精査】をレベル2にしてから、先に進もうかな。
あと4個、何か調べればいいんだし。
私は新たなターゲットを探すべく、少し林の奥に入ってみた。
くるみっぽい木の実を見つけて、【精査】。
【ラッキーウォルナッツ】
木の実
いや、木の実って、見たら分かるよね。ラッキーってついてるから、何か良い実なのかもしれない。15個拾って鞄に入れた。
ラベンダーっぽい花を見つけて、【精査】。
【ラブベンダー】
薬草
薬草か。何の薬草かは分からないけど、持っていこう。ラブって付いてるのが、なんとなくいやんな感じがするけど。薬草なら、売れるかもしれない。20本摘んで、草で一まとめに縛り、鞄に差し込んだ。
「あ!」
木の虚に、綺麗な乳白色の卵形をした石を見つけた。三つある。綺麗だ。これは、いいものかもしれない。【精査】する。
【パールスネークの卵】
卵
スネーク。
蛇。
ぎゃあああ──!? 蛇の卵おおお──!?
私はそっと卵を戻して、足早にその場を後にした。気持ち悪いものを触ってしまった。洗いたい。今度は触る前に【精査】しよう。
栗っぽい木の実を見つけて、【精査】。
【レインボーマロン】
木の実
レインボーってなんだよ。食べれるのだろうか。よくわかんない。まあいいや。売れるかもしれない。15個拾っておいた。
ピロリン、と何かが鳴った。脳内で。
あ、もしかして。
「〈ステータス・オープン〉」
取得スキル
【精査】Lv.2
対象の情報開示が可能。レベルが上がると、情報開示項目が増える。
次のレベルまで 0/200 消費SP10
「おお。レベル2になったよ」
順調順調。多分。ちまちますぎるけど。
これ、ものすごく、気の長いレベル上げになる気がする。ちょっと気が遠のきかけたけど、なにもないよりはマシだと思い直した。うん。
「〈プローブリスト・オープン〉」
半透明のウインドウが現れる。
これは、いままで調べたもののリストだ。メモしなくてもいいから、これはとてもありがたい便利機能だ。
私は、少しだけわくわくしながら、【サンセットアップル】の項目を見てみた。一度精査したものは、レベルが上がる毎に開示情報が増えていくのだ。神様っぽい人の説明でそう聞いた。
【サンセットアップル】
果実
[説明]きらきらと光る赤とオレンジのマーブルが、夕焼けのように見える綺麗なアップル。5年に1度だけ、実をつける。その時期は様々で、生っているのを見つけたら非常に幸運である。
??
??
……うん。
説明は、どうでもいいっす。
もう1レベル上げよう。そうしたら、もう少しは、ましになるかもしれない。
3時間半後。
頑張った。ものすごく頑張った、私。
「〈ステータス・オープン〉」
名 前 チナミ
種 族 人族
レベル 3
次のレベルまで 0/400
HP 30/30
SP 80/80
取得スキル
【精査】Lv.3
次のレベルまで 0/400 消費SP15
私は、今度こそ、という思いで、もう一度【サンセットアップル】の項目を見た。
【サンセットアップル】
果実
[説明]きらきらと光る赤とオレンジのマーブルが、夕焼けのように見える綺麗なアップル。5年に1度だけ、実をつける。その時期は様々で、生っているのを見つけたら非常に幸運である。
[効能]HP500〜1000回復
??
「おおお!」
増えた! [効能]が増えた!
こんな感じで、ちょっとずつ分かる事が増えていくのかもしれない。
「うわっ。ちょ、なにこれ!? HP500から1000回復!? すごすぎる。私、HP30しかないんですけど。もったいなさすぎて使えないよ。これは、もしかしたら、もしかしなくても、なかなか高く売れるかもしれない……」
私はによによと、独り言を呟きながらほくそ笑んだ。はっきり言って、自分でも不気味だと思う。
けど、誰も見てないから、平気さ。