第1話
無謀にも新しく書き始めました。
そして、見切り発車気味(おい)ですので、更新は筆の進み食い合いによって変動不定期かもしれません。
3話まで、ひとまず連続投稿します。
私の名前は、的場知那美。
大学受験を半年後に控えた、日夜、内外のストレスと戦う受験生である。
本日も学校帰りのドーナツ屋で、友人と、早くこの苦行から抜け出したいねと励まし合いました。
新作のフィフスチョコドーナツ、美味しかったです。チョコを練り込んだ生地に、ブラックチョコペーストのコーティングがされて、更にその上にホワイトチョコペースト、更に更にその上にはチョコチップ、飾りにトリュフチョコが二つのってるやつです。
疲れきった時にはこれぐらいの糖分が必要だと思います。二つ食べました。幸せです。しかし目の前の友人は何故か口元を押さえていました。
その、夕暮れの帰り道。
私の目の前で、べこり、と地面がへこんだ。
月面を穿つクレーターのように。
それ以外に表現できる言葉を、今の私は持っていない。
それはどんどん下に向かって膨らんでいき──
ぱちん。
と、弾ける音がした。
まるで大きなゴム風船に穴が空いて、中の空気が抜けていくような光景だった。
少しずつ、破れたところから穴が広がっていく。
それはあっという間に私の足下まで広がっていき──
「──へ?」
私は落ちました。
* * *
「貴女は、次元の綻びに落ちました」
星空のように小さな光が無数に瞬く、黒い空間の中。
にこやかな微笑みを浮かべた青年が、私に向かって言った。
青年は、黒いロングコートの前をしっかり首元まで締めて、フードも目深に被っている。
手には黒い手袋。
黒い靴。
唯一肌が出ている顔は、血が通っているのか疑うほどに真っ白い。
白と黒。色彩の無い、モノトーンの青年。
そして、貼り付いたような笑顔。
はっきり言って──とても胡散臭い。
「もしもーし。人の話を聞いていますかー? 呆けてますねえ。仕方がない、もう一度だけ言ってあげましょう。貴女は、次元の綻びに落ちました」
じげんのほころび?
「──は? なんですか、それは」
「次元の綻びとは、その名の通りです。世界は、揺らぎの中に浮かぶ、シャボン玉のようなものです。それを覆う膜は強固でありながら、繊細で薄くもあります。小さな穴は無数に開いては、自己修復を繰り返しています。貴女の世界の膜は特にもろく、そしてとても薄く、人が落ちるくらいのそこそこ大きな穴が開くのは、日常茶飯事なのです」
「なんだが話が大きすぎてよく分かりません。なんとなく、落とし穴的なナニカに落ちたってことだけは分かりました。それで、私はどうなるんですか。帰れるんですかそこのところどうなんですか」
「帰れません」
「早! ちょ、困るんですけど。帰して下さい。お願いします」
「無理です」
「そんな……6人の兄妹が、家でお腹を空かせて待っているんです。今日は私が晩ご飯を作る当番なんです。両親は共働きで、大飯食らいの子供たちを養うために、夜遅くまで頑張って働いているんです」
「そうですか。それは残念な事でしたね」
「さらっとスルーしたよ! 酷!」
「一々、情に流されていたら、私は仕事になりませんからね。何と言おうと無理です。貴女は、次元の綻びに落ちた時点で──亡くなっているのですから」
はい?
「貴女の身体は、貴女の世界の中でだけ、存在できる構成体なのです。貴女の世界の物質で作られたものですからね。一度世界の外へ出てしまうと、崩壊します」
なんか今、怖い事をさらりと言われた気がするんですが。
「じゃあ、今、私はどういう状態なんですか」
「魄は崩壊し、魂だけの存在です。私は次元の綻びに落ちた貴女を見つけて保護し、この次元の隙間に、一時的に留めているのです」
魂だけの存在?
保護?
次元の隙間?
「あなたは、誰ですか?」
「そうですね。あなた方が言うところの、神──のような存在です。次元の綻びに落ちる魂を保護し、次の世界へ導く者です」
「神のような存在……? もう頭がついていきません」
「頭がついてこなくても、これが現実なのは変わりません。夢落ちもしません」
「わざわざ先手を打って希望を打ち砕いたよ!」
「次元の綻びに落ちた貴女は、二度と元の世界へ戻る事はできません。貴女の世界は、小さく、そして未発達の下位世界なので、崩壊した貴女の身体を再構成し、エラーを修復し、同じ時間軸に戻すという高度な修正が不可能なのです。魂は、とても貴重なものです。どのような魂であろうと、失うのは大きな損失です。よって、貴女は、高度な修正が可能な、貴女の世界よりも上位の、別の世界へ送られることになります」
「別の世界……? それは、世に言う異世界ってやつですか」
「そうです。嬉しいでしょう」
「嬉しくないです。家に帰りたいです。今日は楽しみにしてた新作ゲームが、密雨林から届くはずなんです。便に遅れがなければ」
「そうですか。それは残念でしたね」
「ものすごい棒読み!」
「貴女は帰りたい派なのですね。皆様の多くは、踊り出したり、嬉し泣きしたり、訳の分からぬ奇声を発したりして、それはもうスキップせんばかりに次の世界へ喜んで行かれますが」
「人それぞれです。もう一度、聞きます。私は、帰れないんですか?」
「そうです。いい加減、諦めて下さい。今なら、行きたい世界のカテゴリを選択できますよ。その世界の中から、容量に空きのある上位世界にお届けします。どんな世界がいいですか? ロボットの闊歩するサイバーパンク? それとも剣と魔法のファンタジー?」
要望だけは、言っておかないといけない気がした。
でないと、適当に処理されそうな、不穏な気配がした。とてもした。
だから私は慌てて返事をした。
「ファンタジーでお願いします」
「わかりました。では、貴女は新たな世界へ旅立つ餞別として、【ギフトスキル】を取得できます」
「【ギフトスキル】? なんですかそれ」
「簡単に言えば、事故の示談金、もしくは手切れ金みたいなものです」
「ちょ、なんですかそれ。不穏すぎるんですけど」
「貴女の、異世界への祝福スキルポイントは、【功徳】の総合評価から判定されて、200です」
「低いのか高いのか分かりません。ちなみに、勇者レベルの人はどれくらいあるんですか?」
「世界を救う勇者レベルの人は、5000です」
「低!? 私、低!? なんで!?」
「棚ぼた的にものすごいスキルが取得できるなんて、痛いドリームみてたんですか? そんな都合の良い話なんて、あるわけないでしょう。最近はハイグレードなドリーマーが多くて困りますね。現実をもっと見て下さい。全ては功徳の積み重ね、そして努力の賜物なのです。まあ、潜在能力的なものもポイントに加味されますが。貴女は潜在能力はあまりないようです。一般的な、どこにでもいる、モブのような、普通の女の子のようです」
「なんか毒舌!? さらりと毒吐いたよ。この神っぽい人」
「【聖剣の主】というスキルが、2000で取得できます。【剣聖】が1000で取得できます。【全属性魔法】が1500。【ハーレム属性】が4500で取得できます」
「勇者スキルから離れてください。ていうか、ハーレム、高いですね」
「人の精神を歪めて操作する、【魅了】の最上位スキルです。禁呪ギリギリのものですので」
「そうですか。どうでもいいです。私が取得できそうなスキルリストください」
「前向きですね」
「ぐだぐだ言ってても、無駄っぽい感じなので」
それにこの神っぽい人、情にうったえても、動かざる事、山の如しっぽい。何を言ってもきいてくれなさそうだ。帰りたい、と泣きわめいても、冷えきった目で見下して、さっさとどっかへ放り出しそうな気がする。とてもする。
「良い心がけです。切り替えの早い人は好きですよ。貴女が取得できるギフトスキルは、これです」
【ケモナー】 獣系に懐かれる。必要P200。
【初歩魔法】 1つの属性魔法が使えるようになる。ただし、レベルは10まで。必要P200。
【精査】 指定した対象を詳しく調べる事ができる。必要P200。
「ちょっと待ってください。どれもポイント使い切り状態なんですが」
「そうですね。貴女の祝福ポイントは、本当にぎりぎりでした。200以下だった場合は取得できませんでした。よかったですね」
「よかったの? ねえ。これ、よかったの?」
「よかったんですよ。何も取得できずに異世界に行かれる方も、多々おられるんですから」
「え、そうなんですか?」
「はい。貴女は【功徳】が微量ですが溜まっていましたから」
「そうなんですか」
「はい。貴女は時々、1円や10円という少額ですがお店のレジ横によく置いてある募金箱に募金をしたり、時々、バスや電車でお年寄りに席を譲ったりしてましたね?」
私は顔が赤くなった。
なんか、私生活覗かれてたみたいで、物凄い嫌なんですけど。
「なんか……ストーカーされてた気分です」
「神になんてこというんですか。スキルポイントゼロにしますよ」
「あああ止めて下さい! ごめんなさい! すみませんした!」
じゃあ、スキルを貰えるだけ、私はまだ、マシだったということなのか。
「どれを取得しますか?」
「ええと。そうですね──」
【ケモナー】とか、いいよね。なんか、ロマン。ふかふか、もふもふ、毛もの天国だ。
【魔法】も憧れるよね。一度は使ってみたいよ、やっぱり。10レベルまでっていうのが、微妙といえば微妙だけど。ファイヤー! とかぐらいならできるのかな。火の玉飛んで行くのかな。魔女ルックで合法コスプレしてさ。
「霞の如き夢想をされてるところ申し訳ございませんが、僭越ながらアドバイス申し上げますと、これから生きていく上で、役立ちそうなものを取得されるのがいいですよ。脳内ドリームで腹は膨れません」
「毒吐いた!? また、毒吐いたよ!?」
「さあ。早く選んで下さい。私も次の仕事がおしてるんです」
「ああそうですかすみません。じゃあ──【精査】で」
「成程。ドリームは捨てたのですね」
「捨てたくないです。でも、背に腹は代えられません」
あの限られた選択範囲の中で、これが1番使えそうな気がした。
獣は泣く泣く諦めました。あんまり懐かれると、食べられなくなっちゃいそうだし。牛肉、大好きです。豚肉、鶏肉、魚肉も。すみません。兄達に邪魔されず、ハンバーグをお腹いっぱいたべたいです。
魔法も、初歩レベルまでしか使えないなら、使いどころがものすごく限られそうだし。先っぽが渦巻き型した杖持って、つばの広いとんがり帽子の魔女ルック、してみたかったけどね。
【精査】
レベル1 次のレベルまで 0/100
指定した対象を詳しく調べることができる。レベルが上がる事に、調べられる対象が増えたり、精査の精度が上がっていく。