閑話 レウド視点
レウド視点です。
ご要望があったので、書いてみました。
俺の名前は、レウド・バーシュレイ。
現在、隷属の首輪をはめられ、奴隷にまで身を落としている者だ。
ある事情で死にかけていたところ、通りすがりの奴隷商に捕まってしまった。
間が悪い、というのはあの事をいうんだろうな。
俺の種族は【月狼族】という。
人族に比べたら、遙かに頑丈な身体を持っており、この国では珍しい白銀の髪、紅い目。
尚且つ、見た目が良い者も多い為、このネイセス国では奴隷として非常に人気が高い──らしい。
よって、死にかけていた俺でも高く売れそうだと判断され、回収された、というわけだ。
国境で、1つの戦があった。
沢山死んだ。
俺と仲間は一生懸命戦った。
そして──負けた。
敗走中に、追手に追いつかれ、俺は仲間を庇って河に落ちた。
4人いた追手の内、3人道ずれにしてやった。
残りの追手は1人だ。1対1なら、たとえ満身創痍でも切り抜けられるだろう。──あいつなら。
運が良いのか悪いのか。
気を失っていた間、俺はずっと仰向けに河を流れていたらしい。お陰で、下流の岸に流れ着いた。そして、通りがかった奴隷商が俺を見つけた。
ここからの記憶は、ひどく曖昧だ。
次に気が付いた時にはもう、隷属の首輪をはめられていた。
一度、【スライブリング】──隷属の首輪をはめられたら、どんな抵抗も無意味だ。
主人に刃向かおうものなら、リングに仕込まれた魔道術が発動し、激痛と一時的な麻痺を与えられる。
舌を噛んで自害もできないよう、ご丁寧に、手と足と同じく、舌の動きも若干制限される。
後は、闇市で売りに出されるのを待つだけだ。
捕らえられて、陽も差さぬ牢獄で痛めつけられながら死を待つのと、
奴隷にされて、使い捨てられるまで働かされるのは、
どっちがマシなんだろうな。
俺は考えるのを放棄した。
ここまできたら、もう、考えても、どうしようもない。
奴隷の売り買いが行われる闇市に向かう途中で──
──1人の、風変わりな少女に出会った。
きめ細かく綺麗な白い肌に、肩まであるサラサラの、ふんわりとした黒い髪。
折れそうなくらい細い手足。
質の良い旅装束に身を包んだ、優しい顔立ちをした、幼い少女。
名前を【チナミ】という。苗字は、マトンだったか、マトラだったか。それも聞きなれない響きだった。
この国の者ではないという事だけは、確かだった。話す言葉も、聞いた事のない響きだった。
聞いた事もない言葉を話す、異国の少女。
身に付けている服や装備は小奇麗で、質がとても良かった。
もしかしたら、そこそこに身分の高いお嬢様なのかもしれない。
寿命が伸びる、という理由で金持ちの間で高値で取引される稀少な【サンセットアップル】や、その他の珍しい高級果実をいっぱい持っていた。屋敷から持ち出してきたのだろうか。
まだ、大人の保護が必要な年齢だ。
なのに、従者の1人も持たず、たった独りで旅をしているようだった。
──何か、1人で旅をしなければならない──深い、事情があるのかもしれない。
高級果実を惜しげもなく馬に食わせたりして、思わずこちらが心配してしまうくらい、危なっかしい。そして、不自然な程、旅慣れていない。今まで、よく無事にここまで旅ができたものだ。
案の定、奴隷商は稀少な高級果実に目がくらみ、俺を少女に売りつけた。
少女は最初断っていたが、奴隷商の強引さに押し負けて、高級果実と引き換えに俺を押し付けられた。
無理やり買わされた奴隷だ。
しかも、使い物にならないぐらい弱ってる。そんな役に立たない奴隷なんて、道に捨て置いていっても不思議はない。いや、捨て置いてくれた方が、早く終わりを迎えられて良い。
そう思っていたが、少女は俺を介抱してくれた。
奴隷なんかに、あろうことか高級果実を食わせたりして。
よほどの金持ちなのか、それとも身分上、世間一般の常識がないのか。
その上、隷属の首輪についても、全く知らないようだった。今まで奴隷を扱った事がないのだろう。見た事もなかったのかもしれない。本当に、どこのお嬢様だ。
顔を真っ赤にして、必死で俺の腕の隷属の手枷を引っ張って外そうとしているのを見て、俺はため息をついた。
陽も落ちかけているというのに、急いで町に行こうともしない。この時間になってしまったら野宿確定だが、それ用の野営道具を持っている感じもしない。
道端で、奴隷についている枷を、必死で外そうとしている。
……
非常に、まずい気がした。このままではまずい。この少女に任せていてはだめだ。俺の勘がそう告げていた。
とにかく、動けなければ、何もできない。
夜盗や魔物に遭遇した時、何もできずに俺とこの少女は死ぬ。絶対死ぬ。断言できる。なぜなら、この少女、武器らしきものも何一つ持っていなかったのだ。短剣すら持ってない。あり得ない。
本当に、どうやって、ここまで来たんだ。
俺は奴隷登録を少女に勧めた。
二人で訳も分からないままなぶり殺されるよりは、ひとまず少女の奴隷となって、どうにかこの場をきりぬける──生きる、事を考えたほうがずっと、遙かに、マシだ。
予想した通り、少女は奴隷の登録方法も知らなかった。
どう説明したらいいのか。
言葉も通じない。俺が悩んでいると、少女がおもむろに唱えた。
「〈プローブ〉!」
──呪文を。
少女の周りに、四角い魔方陣? のようなものがいくつか浮いていた。
俺は息を飲んだ。
まさか──この少女、魔道士なのか!?
異国の、みたこともない魔道術を使う、魔道士の少女。
少女は四角い魔方陣? をじっとみていたかと思うと、使い方が分かったのか奴隷登録をした。
魔道に疎い俺にはよくわからないが、調査系の魔道術なのだろうか。
魔道術は、素質がなければ使う事ができない。
そして素質を持つ者は稀少だ。
この世界のものはすべて魔力を大なり小なり帯びている。
それを意志を持って使役しようと思ったら、魔導感応力、という素質が必要だ。
これは、遺伝では伝わらない。
純粋に、生まれた時に持たされた、ギフトのような先天性の素質なのだ。
素質のある者は皆、どの国もほしいから、取り合いになるほど引く手数多だ。
魔道術が使えるなら、少女1人でも旅ができるだろう。
だが────
俺は、魚1匹だけで腹がふくれたという、驚くほど小食な少女を見た。大丈夫かお前。もつのかそれで。
まさか俺に気を使っているのかと思ったが、本当に腹がふくれたらしい。魚1匹で。
ころんと横になって、呑気に星や月を眺めては、ぽつりぽつりと俺に呼び名を聞いてくる。
言葉を、覚えようとしているようだ。
まあそうだろう。異国を旅するなら、覚えておいて損はない。しかし──
──どうにも、戦えるような少女には見えない。
もしかしたら────調査系の魔道術しか持っていないのではないのか?
そんな気がした。とてもした。戦闘系の魔道術を持っているようには、どうにも見えない。この少女が戦ってる姿が、どうやっても想像できない。
しばらく一緒にいるうちに、それは俺の中で確信に変わった。
そして体力もない。
1刻も歩かないうちに、息は切れ、足の裏の皮が剥けてしまっていた。
なんて弱い。弱すぎる。人族とは、こんなにか弱い種族だっただろうか?
いや、この少女が群を抜いて、か弱すぎるのかもしれない。本当に、お嬢様、いや、どこのお姫様だ。屋敷、城から出た事がないのか。移動は常に乗り物なんです、とかかもしれない。私、実は部屋からも出たことがないんです、と言われた日にはどうしよう。
どちらにしても、これじゃあ到底、旅などできやしない。
本当に、お前どうやってこんなところまできたんだよ。謎過ぎる。
謎が多過ぎる、見た事がない魔道術を使う、異国の少女。
お互い言葉が通じない故、問うことすらできない。
少女の方も、俺が何者なのか分からないだろう。
俺も、少女が何者なのか分からない。
お互い謎だらけで、おまけに言葉も通じない、分からない者同士。
だが──
* * *
──俺は、首に巻いてある緋色のスカーフを撫でた。
隷属の首輪を隠すために、チナミがくれた物だ。
俺を、奴隷として扱わないという。
そして、どうやら、この隷属の首輪をはずす手段を探そうとしてくれている。
本当に、なんて──
「────ウド。レウド?」
ランプの明かりの向うで、チナミが首をかしげていた。
窓の外は、星と月がよく見える夜空の下、街明かりがぽつりぽつりと見える。
テーブルの上には、ガラスのインク瓶と、開かれた真っ白い本。脇には数冊の中身の白い本。そして薄い辞書。
町に着いてから、10日ほど経った。
俺達は、まだコーストラにいる。
早いところ、このネイサス国から出ておきたいところだが、チナミを連れて町を出るには、不安要素が多すぎた。
チナミは魔物に噛まれて、どうにか九死に一生を得た。
まさか、あんな小型の魔物に噛まれただけで、瀕死になるとは思わなかった。どんだけ身体が弱いんだ。
そして病み上がりに町に出たせいか、また熱を出してしまった。
ようやく傷も癒えて、今は大分体調もよくなってきたが、無理はさせられない。
あと、もう少し、歩けるよう体力もつけさせないといけない。
道中ずっと俺がおぶっていけないこともないが、それではチナミのためにならないだろう。それに、いざというとき、おぶっていたら戦えない。
最近は町に連れ出して、できるだけ長距離を歩かせるようにしている。最初は息も絶え絶えで何度も途中休憩していたが、少し歩くこつを覚えてきたのか、だいぶ続けて長く歩けるようになってきた。
言葉も、毎日勉強している。
チナミはとても熱心だ。
情報収集も兼ねて町を歩き回って、宿に戻って、夕飯を食べた後、こうして言葉の勉強をしている。
チナミは驚くほどのスピードで、言葉を覚えていっていた。
ものすごく、座学に慣れているようだ。
どこかの上級学院にでもいたのだろうか。それとも屋敷か城で、習っていたのかもしれない。覚えた内容を、別の白い本に書き写し直して、綺麗にまとめている。まとめている内容は、チナミの国の言葉で書かれてあったりして、俺にはさっぱり読めない。暗号のように、不思議な文字だ。そして所々、絵が描かれてあったりする。
「レウド。これ。かく。わたし。かいた。……オッケー?」
チナミが覚えた単語を駆使して、話しかけてきた。
まだ単語を組み合わせただけの、おぼつかない会話だが、全く通じなかった頃よりは大分意思疎通が楽にできるようになった。
チナミがペンの先で示したページに目を落とす。
俺が書いたちょっと大きめの字の下に、繊細な文字で、同じように書き移されている。
「ああ。オッケー。綺麗に書けている」
チナミが、花が咲くような笑顔になった。ペンを持った腕を上げて喜んでいる。
『やったああー! オッケーでたー!』
「ヤッター」
ヤッター、というのは、チナミの国で、嬉しい時に言う言葉のようだ。俺が使うと、チナミは微妙な顔をするから、俺の発音はすこしおかしいのかもしれない。
もう少ししたら、町を出れそうだ。
できるだけ早く、この国をでなければ。
俺にとっても、チナミにとっても──この国は、長く居すぎると、危険だ。
この町は、王都からかなり離れた田舎だから、まだ大丈夫だとは思うが──
チナミはできるだけ早く、安全な場所に連れて行って、保護した方が良い。
「レウド。これ。いう。なにか?」
白いページに、チナミが絵を描いた。
粒状の果実が房になった果物の絵だ。今日、果物屋で試食させてもらったのを覚えていたのだろう。あれは甘すぎて、俺には美味しさが分からないが。
「ああ。【グレウシアーダ】」
「ぐれうしあーだ。たべる。おいしい。かく」
俺は噴き出しそうになりながらチナミの絵の横に、文字を書いた。チナミの書いた本は、食べ物やら生活用品の情報に溢れている。
空になった水差しに飲み水を貰いに階下におりて、部屋に戻ってみると、チナミは白い本に顔を乗せて寝息を立てていた。手にはペンを持ったまま。
俺は水差しをテーブルに置いて、チナミの肩をゆすってみた。
「チナミ。寝るならベッドで寝ろ。また熱を出すぞ」
チナミからは返事はない。なんだか唸っている。
『……うう〜、私の食べる分がないじゃないかよお……ひどい、お兄ちゃん……』
……なにやら寝言を言っている。眉間にしわが寄っている。チナミの国の言葉のようで、俺には何を言っているのか分からない。ただ、唸っているのを見るに、どうもうなされているようだ。
机の上に置いたままの、懐中時計をみる。チナミ用の、小さめで軽いやつだ。
夜半を少し、過ぎていた。
今日はずいぶん頑張って、言葉を覚えていた。ただ少し、焦っているようにも見えた。1つでも早く、早く覚えようとして。
俺はチナミの手からペンをとって机の上に置いた。完全に寝入ってしまっている。
仕方ない。ずっと頑張ってたからな。
俺はイスからチナミを抱き上げると、ベッドに運んだ。恐ろしいほど軽い。もっと食べさせた方が良いとは思うが、本人が食べようとしないので困る。
ブーツを脱がせて、上掛けを肩まで掛けてやる。
眉間には、まだしわが寄っている。
怖い夢でも見ているのだろうか?
俺はチナミの眉間を指で撫でた。消えない。
駄目押しに、耳元で小さく言う。
「……大丈夫。怖くない。お前の怖いものは、俺が倒そう」
チナミがなにか口の中で呟いている。寝言だ。
『……私の分……っといてくれた……あり…………ド』
言葉は聞き取れないが、チナミの眉間から、しわが消えた。
静かな寝息が聞こえてくる。
怖い夢は、消えたのだろうか?
俺はサラサラして手触りの良いチナミの頭を撫でた。
大丈夫だ。
俺がお前を守ろう。
お前は俺を暗い底から掬い上げてくれた、俺の小さな恩人だ。




