第11話
町に出てみました。
カラフルな朝ご飯を食べて、身支度を整えて、忘れ物がないか部屋をチェックしてから、私たちは宿をチェックアウトした。
宿泊代は朝食付きツインで、5000ディル。
まだ宿の相場がわからないけど、二部屋とるよりはお得だと思います。ですが次はシングルがいいです。
宿の出入り口の扉を開けると、町並みが視界いっぱいに広がった。
石畳で舗装された道。
白い土と石と木でできた建物がでこぼこと連なっている。
青い空と白い雲。
オープンテラスのような布の屋根の下には、テーブルとイスがまばらに置いてあって、街の人や旅の人っぽい人達が食事をしている。
建物に囲まれた道の先は、広くなっているっぽい。カラフルな露店っぽい屋根がいくつも見えた。
おおおおお、町だ。
ヨーロッパのガイドブックとか、世界なんとか町歩きとかにでていそうな、どこかのんびりした、郊外の小さな町みたいだ。
車が2台ぎりぎり通れそうな幅の石畳の道は、あちこち折れ曲がっていて、迷路みたいに巡っている。
迷わないように気をつけよう。
自慢じゃないけど、私は方向音痴です。
さて。
とりあえず、まずはレウドの首についてる不穏な首輪を外してくれる所があるかどうか、探してみよう。ずっとスカーフで隠し続けるわけにもいかないし。
「レウド」
手招きして呼ぶと、周囲の様子をチェックするような目つきで首をあちこち巡らせていたレウドは私の側にやってきた。
昔飼ってたレトリーバーのクロマメ(という名前でした。命名は母)が周囲を探っている時の仕草に似ていて、ちょっと笑ってしまった。安全か、安全じゃないか、探ってる時のあの仕草。
「チナミ?」
「なんでもない。レウド、首の、はずしてもらおう」
私はレウドの首を指さしてから、両手を組んではずず仕草をしてみせた。いまは私のスカーフが巻かれているけど、その下には、奴隷を捕まえておく【スライブリング】っていう不穏なアイテムが隠されている。
レウドは首に手をやり、少し考えたあと、首を振った。
──横に。
「え、どうして?」
レウドは地図を取り出すと、広げて、指先で街を指さした。
コーストラの街だ。
「コーストラ?」
私が聞くと、レウドは頷いた。
そこからレウドは地図の上を、道に沿って指を走らせた。
指はどんどん、さくさく進んで、真ん中あたりの分かれ道で上へ移動。
そのままどんどん、どんどん進んで────とうとう、端っこまで行ってしまった。
端っこには森っぽい絵が描かれている。
指はその上を通って──
地図の外に出た。
「……指、地図はみだしたよ? レウド」
指はなにもない空間を進んで──
ようやく止まった。
空中で。
私はレウドを見上げた。
レウドのルビーの瞳と目が合う。
私はもう一度地図に目を落として、レウドの指先が指していた場所を指さしてみる。空中に。
「もしかして、ここに、その外してくれる所があるの?」
「*****」
かなりの旅路の遠さだ。
地図の7分の1ぐらいのところに、今私たちがいるコーストラの町がある。
順調に行っても、今の私の進める距離で考えると、地図の端まで──どれくらいかかるんだろう。3週間ぐらい? 舗装の具合とか、魔物とか、不確定なものが多すぎて、ざっくりした予想しかできないけど。
「……ここにいけば、首輪がはずれるの?」
私は地図からはみ出た空中を指さして、レウドの首輪を指さして、もう一度はずす仕草をして、首をかしげてみせた。身体言語にも大分慣れてきたな! ちょっとオーバーアクション気味にするのがコツだ。
レウドがゆっくり頷いた。
申し訳なさそうに目を伏せ、考えるように顎をさすっている。
よくわからないけど、ここへいかなければ、首輪が外せないようだ。
しかし、遠い。遠すぎる。けっこうな長旅だ。
「……レウド。遠すぎるよ。そんなに遠いところ、今すぐには行けない……」
私は唸った。今のこのよく分からない事だらけの状態で行ける距離じゃない。
レウドが唸り続ける私の肩を、軽く叩いた。
見上げると、レウドが困ったような顔で微笑んでいた。
「……チナミ、*****……」
無理しなくていい、と言っているような気がする。なんとなく。
「ごめん、レウド。ここは、ちょっといやかなり遠すぎるよ。だから、コーストラで──」
私は地図の上のコーストラを指さした。レウドも地図に目を落とす。
「しっかり準備とか、調べたりして、状況が落ち着いてから──」
私は鞄に入れる仕草をしてから叩き、書く仕草をし、指で数える仕草をした。伝わるか……!
「行けるようになったら、行こう」
1つ頷いてから、もう一度地図を指でたどって、レウドが示した空中を指さした。
……伝わっただろうか。今回は甚だ自信はない。でも、時間がかかるけど必ず行くから、というニュアンスだけでも伝わって欲しい。
私はレウドを見上げた。届け!
紅い瞳と目が合う。いつみても、綺麗な目だ。深い赤色。
レウドはしばらく私を不思議そうに見ていた。考えているようだ。
それから──苦笑した。
「****、***……。チナミ。サンスーク……」
なんだかお礼を言われた。
伝わったのかな。どうなのかな。
「先にやらないといけないことやってから、行こう。オッケー?」
レウドは笑って、頷いた。
「オッケー」
私は息を吐いた。
オッケーということは、伝わったということで、よろしいのか。
……いつか、オッケーっていうのも、どうにか別の言い方にすり替えたいです。
「***、***!」
誰かを呼ぶような声がした。
振り返ると、スレンダーなお姉さんと身体の大きなお兄さんが、こちらに向かって手を振りながら歩いてくるのが見えた。
金髪ショートヘアに、緑の瞳。焼けた小麦色の肌のスレンダーな女の人。
ラグビー部にいそうながっしりした男の人。
「あ!」
化け猫集団に巻き込んだ人達だ!
私はレウドの袖を引いた。
「レウド、行こう。あの人達、まずいよ」
また何か巻き込んできそうな予感がする。とてもする。私の第6感がそう告げている。私の嫌な予感はよくあたるのだ。良い予感はあまり当たらないけどね!
女の人が、私とレウドを見て、話しかけてきた。
「*****、*******、******。*****?」
早口すぎてよくわかりません! どこまでが主語でどこまでが述語!?
私はレウドを見上げた。
「もう、行こうよ。レウド。あの人達、やばいよ」
レウドは完全に及び腰の私を見下ろすと、安心するような笑顔を向けてきた。袖を掴んでいる私の手を、軽く何度が叩く。大丈夫、と言いたいんだろうか。
なおも話しかけてくる女の人に、レウドが面倒くさそうに腕を組んで返答した。
なにやら話込んでいる。
私はレウドの影に隠れて、ヒアリングに徹するしかない。
もしかして、ナンパ? レウド、顔良いもんね。強いし。もてそう。
ナンパにしては、雰囲気が少し、言い争うみたいな感じがする。ナンパ違うのかな。よくわからない。
レウドが組んでた腕を解いて、背中に隠れていた私の方を向いた。
なんだろう。話は終わったのかな。
女の人は、まだ何かしゃべってるけど。
「──****、【ウィサド・オーフ・ネイサスステアトルウィサドーリドア】、***?」
あ、聞き覚えのある単語。ねいさんストアでドリア。
「【ナーフ ネド トァ アンスリア】」
レウドが、初めて聞く冷たい声音で、冷たい視線で、女の人に返答した。
焚き火みたいな紅い色は温かいはずなのに、細められた目は、とても冷たくて怖い。
──怒ってる?
何に怒ってるんだろう。
レウドは私の背中に手を回して、そっと押した。
さっぱり状況がわからないので、歩き出したレウドに、背中を押されるまま歩き出す。なにがいったいどうなった。
レウドの腕越しに後ろを振り返ってみると、しかめっ面をして腕を組んでいた女の人と目が合った。
私の視線に気がつくと、女の人はにっこり笑って、手を振った。
手は振り返さなかった。
また、とか、ないから。
さようなら!
「れ、レウド?」
私は、恐る恐る声を掛けてみた。
眉間にしわが寄っている。怖い。
私の視線に気付いたレウドは、ハッとして、すぐに、まいったな、という感じの笑顔で私を見下ろした。
ぽんぽん、と私の頭をやさしく叩く。
お兄さんが弟妹にするみたいに。大丈夫だよ、心配するな、っていう時にする仕草。
……お兄さん、私をいくつだと思ってるんだろう。
町行く人たちをみると、私の背はずいぶん低い。低いけれども。
まあ、いいや。
機嫌は直ったみたいだ。よかった。怒ったままだったらどうしようかと思った。
前を向くと、石畳の道の先に、広場がみえた。
露店やオープンテラスの色とりどりの屋根が見える。
沢山の人も。
もしかして、朝市とかやってるのかな?
とりあえず、どんなものを売ってるのかみてみたい。
その国を知るには、まず地元のスーパーとか覗いてみるのが一番だぞ、と海外旅行好きの兄が言っていたのを思い出す。
スーパーは、無さそうだけど。
……お菓子とかは売ってるのかな。そろそろ食べたいです。
私はレウドを見上げて、広場を指さした。
「レウド、【スタール】? スタール、いこう」
「スタール?」
レウドは私の指の先を見て、ああ、と頷いて笑った。
「【バルサージ】」
「ばるさん?」
バルサンはあの黒光りの憎い奴を倒すやつ。
レウドが声を出して笑った。
うん。いつものレウドに戻ってる。よかった。
私はレウドの袖を引っ張った。
朝市なら、早く行かなければ、いいものが売れてしまう気がする。
「はやく、行ってみよう!」
レウドは呆れたように息を小さく吐くと、頷いて微笑んだ。




