第10話
【10話改定版】
朝ご飯にありつけました。
鳥の囀りが聞こえる。
何処か遠くから微かに聞こえてくる、人が生活する音。
──朝……?
目を開けると、明るい天井が見えた。
──天井。
顔を横に向けてみる、木と漆喰を組み合わせた壁。オフホワイトの、落ち着いた色。
部屋だ。
私の記憶が確かなら、外にいた気がするんだけど。
なんで部屋にいるんだろう。
私は、何していたんだっけ──
目玉が飛び出して、口の裂けた猫の首が頭に浮かび、私は肩を震わせた。
思い出した。
そうだ、レウドと、町を目指して街道を歩いていて。
その途中で、戦闘に。
ホラーな化け猫集団に襲われてた女の人と男の人に、巻き込まれて──
──首だけの猫に、腕を噛まれた。
私は慌てて、噛まれたはずの腕を、掛け布団から出してみた。
白い包帯が巻かれていた。
「手当てしてある……」
とても丁寧に。
よかった。でも、誰が手当てしてくれたんだろう。レウドなのかな。ケガしてるってことは、あれは──
「夢じゃ、なかった……」
痛みは、今はもう感じない。
治療とか、この世界、どうなってるんだろう。
後学の為に、包帯をほどいて見てみたいと思ったけど、こんな風に綺麗に巻き直せる気がしなかったのでやめておくことにした。
掛け布団を折り畳んで、ゆっくり上体を起こしてみた。
木製のベッドが壁に沿って左右に1つずつ。
ベッドの脇に小さいサイドテーブルが置いてある。
両開きの窓の下には、小さい四角のテーブルと、シンプルな木製チェアが2つ。上にはガラスの水差しとベージュの陶製カップが二つ置いてある。
入り口の扉付近には、外套と帽子を掛けるシンプルな木製ハンガーツリーと、小さな木製のクローゼットが備え付けられている。
落ち着いた雰囲気の部屋だった。
私は包帯を撫でた。
うん。熱ももってないし、動かしても痛くない。どうにか大丈夫そうだ。
さて。
これからどうしよう。
本当に魔物がいた。魔物。初めてみた。ファンタジーだよ。いや、私がそうあのS神お兄さんにお願いしたんだけども。
かなりヘビーなファンタジーだよ。私にとっては。
──そういえば、あの女の人と男の人はどうなったんだろう。
巻き込む気まんまんで、私たちの方へ走ってきてたけど。
あの後、別れたのかな?
とりあえず、もう会いたくないです。巻き込み反対。
──そうだ、あの人達も、武器持ってた。レウドも私に武器を持たせてくれた。もしかしなくても、この世界、旅には武器必須な世界ですか。
ゲームの中なら、武器持って、女の子1人でも戦いながら次の町にいけるけれど。
私にできるだろうか。
──いや。無理だろう。考えるまでもない。ゲームでいうモブに限りなく近いHPで、1人で行けるわけがない。町の外へ出て、初めての戦闘で即死亡ゲームオーバーだ。装備欄なんか、長い棒と旅の服だよ。攻撃スキルは長い棒で[たたく]だけ。そして肝心の[命中率]は限りなく低い。
私は溜め息をついた。
窓の外をみる。
コーストラの町並が広がっている。
お金はある。当分は大丈夫だと思う。行商のおっさんから買ったり売ったりした時の値段をだいたいの物価として考えてみてしても、当分は食べていける。はずだ。
しばらくこの町にいて、言葉を覚えながら、この世界の事を調べて、じっくり腰を据えて、先の事を考えていくのがいいかもしれない。
レウドの首の不穏なアイテムも、早く取ってあげないと。
それから、レウドに、しばらく一緒にいてもらえるように頼んでみよう。
言葉とか、この世界のこととか、生活する上で必要な物とか事とか、どうにか自分の力で生きていけるぐらいまで、教えてもらいたい。文字も書けるようにならないと。まずは数字。数字を覚えないと買い物が困る。指10本で交渉するにも限度がある。
落ち着いたら、住みやすい町とかも探さないと。
持ってるお金がなくなる前に、どこか良い働き口を探さなければ。
働くためには、まず言葉を早く覚えなければいけない。
あああ最初に戻った。やっぱり言葉が最優先か。
「あああ〜やることいっぱいだよ……」
1人で生きていくって大変です。
考えすぎて頭が痛み出した時、扉がノックされた。
びっくりした。心臓に悪い。
誰だろう。そういえば──お兄さんがいない。
「……レウド……?」
少しして、ドアが開いた。
扉の脇から、ゆっくりと銀色の髪が現れた。
ドア枠に頭を打たないように少し前かがみにしながら、背の高い男の人が入ってきた。
レウドだ。
「チナミ! ……****」
レウドが、ほっとしたように微笑んだ。
大股でベッドの側までやってきて、大きな手で私の額を覆う。熱を計ってくれてるみたいだ。
気遣わしげに、小声で言葉をかけてくれた。大丈夫か、とか聞いてくれてるのかも知れない。
「大丈夫だよ、レウド。熱も下がったし。腕も痛くない。もう平気。サンスーク!」
私は両腕をあげたり下げたりして、大丈夫アピールをした。看病してくれたおかげです。ありがとうお兄さん。
レウドが頷いて、額から手を下ろした。
ぐうううううぅ、と大きな音がなった。
「……」
「……」
──ええ、そうです。私のお腹の音です。盛大に鳴りましたね。
だって、この世界に来てから、ろくなもん、食べないんだ。リンゴとか焼き魚とかだよ! 炭水化物、炭水化物食べたい。お米とか。パンとか。
レウドが声を出して笑った。
「チナミ。【エイルト】?」
そして、なにやら両手で食べる仕草を私に見せてくれた。
食べる仕草。もしかして──朝ご飯か! 朝ご飯!
「いく! えいると? ヨーグルトっぽいな。なんだろ、食べるってことかな。ご飯食べる! エイルト!」
レウドは笑いながら頷くと、ゆっくりした足取りで扉の前まで行き、私に向かって手招きした。
私は、いそいそとベッドから降りかけて、はっとした。
──忘れていた。
私はレウドに手のひらを向けた。
片手を握って、歯をみせて上下に動かし、次に両手を揃えて、顔を擦るジェスチャーをしてみせる。
「レウド。行く前に、せめて歯を磨いて顔洗いたいです。歯磨き。と。洗顔」
「ハミガキ。センガン」
そうですそうです。駄目押しに、もう一度同じ仕草をする。
レウドが気付いたような表情をして、戻ってきた。よし、伝わったみたいだ。
昨日からきたままのシャツも着替えたいところです。寝汗を吸って湿ってるし。
レウドが長い指で、部屋の横を指さした。
見ると、隣の小部屋へ続く入り口があった。
明るくなったから中がここからでも分かる。白と青のタイルで作られた洗面台が見えた。その上の壁には、丸い鏡がはめ込まれている。
覗いてみると、奥の小部屋には扉が2つ付いていた。
開けてみる。
1つはおトイレ。
もう1つは、青と白のタイル張りの壁に、大きなシャワーヘッドがはめ込まれている。
おおおお、シャワールームだ! やっと、これで髪が洗える!
壁際に、籐で編んだような衝立っぽいものを見つけた。
とりあえず、分かってるけどレベルを上げるために【精査】してみる。小まめに使っていかないと、レベルがあがらないからね。 〈プローブリスト〉っていうアイテムリストを沢山埋めておきたいし、レベルも上げておきたい。
「〈プローブ〉!」
【トーウの衝立】
衝立
[説明]蔦状のトーウで編んだ衝立。トーウの良い香りがする。3面折り畳み式。
???
???
見たまんまです。
これを部屋の境目に置いて、目隠しにするってことかな。
ご飯食べた後で、入ろう。
まずはご飯だ。食べなければもたない。
行商のおっさんから購入した歯磨き粉入り缶と歯ブラシで歯を磨いて、石鹸で顔を洗う。タオルは壁際の棚に3、4枚置いてあった。石鹸も置いてあったけど、ちょっと茶色かったので使うのはやめておいた。
待っててくれたレウドにお礼を言って、部屋を出る。
廊下に出てみると、木の香りがした。
板張りの廊下の両側には、部屋が3つずつ並んでいる。
突き当たりには、大きな窓。
その先には、下に降りる階段が見える。
うん。やっぱりここは、宿、みたいだ。
レウドが鍵を締める。戸締まり大事。出かける時は忘れずに。
──レウドが鍵を持っている。
──そういえば、レウドの荷物も中にあった気がする。
今さらですが、もしかして。一緒の部屋だった?
「──チナミ?」
「あ、いえ、なんでもありません」
うん。まあ、自分死にかけてたし、部屋別にしてたら面倒だもんね!
* * *
宿の1階に降りてみると、こじんまりしたカフェのようだった。
4人掛けのテーブルが2組、2人掛けのテーブルが3組。
横長の窓の向うは厨房になってるみたいで、エプロンかけた大きなおじさんが額にタオルを巻いて、狭い厨房でフライパンを振っていた。
窓際の2人掛けのテープルについて、少し待っていると、エプロンかけた細いお姉さんが料理を運んできてくれた。
──とてもカラフルな朝食を。
私の握り拳二つ分くらいの大きさの、十字に切れ目の入ったハード系の丸いパンが二つ。
青と白とピンクのマーブル模様の殻が目に眩しい、ゆで卵っぽいもの。
紫と緑と黄色と赤の葉っぱのサラダ。
オレンジの形はしてるけど、水色の果実。
木のボール皿になみなみ注がれた、オレンジ色のスープ。
香ばしい香りがするクリアレッド色のお茶が入ったマグカップ。
……とても、目に賑やかすぎる驚きのカラーリングな朝食だ。いや、文句は言いません。食べれるって、素晴らしい。
ようやく、普通の食事が食べられる!
私はフォークを握りしめた。
しかし、なんの食材なんだろうこれ。
私は、青と白とピンクのマーブル色卵をじっと見つめる。
「〈プロー──うぷ?」
言い終わらないうちに、口元を大きな手の平で押さえられた。
テーブルの向かいに座る、レウドの手だ。
なんなんだ。
私は大きな手をどうにか引き外して、むうっとした顔を作ってレウドを見上げた。
「なんで、邪魔をするの? レウド」
レウドは困ったように眉を下げ、人さし指を口元に当てた。
それから、食堂をぐるりと見回した。私もレウドにつられて、ぐるりと見回す。
食堂には、私たちを含めて、全部で8人くらい宿泊客がいた。ゲームによくいる冒険者っぽい人たちや、小太りな商人っぽい人や、訳ありっぽい暗い人が、テーブルについてカラフルな朝食を食べている。
「──あ」
私はようやく、ぴん、ときた。
もしかして、人前ではスキルを使うな、ってことが言いたいのだろうか。
何でだろう。何か、理由があるんだろうけど、それを問う言葉を私はまだ覚えていない。
「レウド。スキルは、人前では使うな、って事?」
私はレウドを見上げ、自分の口元に、両手の人さし指でバツの形を組んで、首をかしげて見せた。
レウドが、悩むように眉根を寄せて、頷いた。
レウドはテーブルに身を乗り出して、内緒話でもするかのように顔を近づけてきた。手招きされる。なにか言いたいようだ。内緒話っぽい。私も肘を突いて身を乗り出した。
レウドは私の耳元まで顔を近づけると、小さな声で話しかけてきた。
「****、***。【ウィサド・オーフ・ネイサスステアトルウィサドーリドア】、****、****……」
うお、新単語、きた──!
そして言葉が長くてヒアリングしきれない。なんて言ったんだろう。
ウィサドのオフねえさんストアでドリア?
休日のお姉さんは店にドリアを買いに行った……違うな。なんだろう。
「ね、ネイサ、すてあととうど──痛っ」
舌を思いきり噛みました。
発音、難しいなこれ!
日本語と外国語の発音ってだいぶ違うんだ。うまく舌が回らないんだ。慣れるまで頑張るしかないんだ。練習あるのみです。だから長い目でみてほしい。しかし舌痛い。
レウドが紅い目を丸くした。
それから、俯いて、肩を震わせはじめた。
──笑いをこらえている。
なんだよなんだよ。笑う事ないじゃないか。
私だって、これでも日々頑張ってるんだ。必至なんだ。死活問題かかってるんだからね!
今はレウドがいるから言葉が通じなくてもなんとかなってるけど、いつかは1人で交渉したりしないといけなくなる。
それまでに、できるだけ言葉を覚えておかないと、後できっと大変だ。
それにしても舌が痛い。じんじんする。口の中、少し血の味がするし。切れたかな。
レウドが笑いを堪えながら、手を伸ばしてきた。
大きな手が、私の顎をつかむ。
顔が近づいてくる。
私は固まった。
「ちょ、」
ぎゃああああ顔、近い近い近い! パーソナルスペース侵犯です! レッドカード! レッドカードです退場おおおお!
「**、***?」
レウドは私の抗議の視線にまったく構わず、私の顎を上げたり下げたり横にしたりした。硬直状態からすぐにもどれない私は成すがままだ。
舌を診ようとしてくれているようなのは分かった。分かったけど。
分かったから、いきなり触るのやめて欲しい。いきなり近づくのもやめてほしい。心臓に悪い。
お兄さん、以外とスキンシップ平気というか、多いですよね。
私的にはものすごく多いです。
その度に、ものすごく硬直するというか、困りますのでやめてくださいお願いします。