表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

第9話

 Sな神っぽい兄さんに再び会いました。


 真っ暗な空間、再び。


 たくさんの星々が瞬くプラネタリウムのように、暗い空間に小さな光の粒が無数に散っている。



 足下が心許ない、不安定な、浮遊する身体。


 そして、目の前には全身黒ずくめのS神もどきの青年。


 両手はコートに突っ込んだまま、嘘臭い笑顔を浮かべて立っている。

 いや、浮かんでいる、の方が正しいだろうか。ここ、地面がないし。


「誰がS神もどきですか。あいかわらず口の悪い娘ですね」


「ひいっ! また心を読まれた! 覗きは犯罪です覗き反対! おまわりさんここです!」


「何が覗きですか。まったく。なんとなく嫌な予感がして、もう一言だけ、念のために伝えておこうと思って戻ってきてみれば。もうすでに死にかけてるじゃないですか。何をやってるんですか、貴女は」


 黒ずくめのお兄さんが、コートのポケットに両手をつっこんだまま、呆れたように私を見て、大げさに溜め息をついた。


「何をやってるんだと言われましても。これでも頑張ったんですよ。初めて魔物と戦ったんです。そして噛まれて瀕死になりました。どういうことですかこれ」


 瀕死の、しかも小さな魔物、しかも首だけしかないホラー猫に噛まれただけで瀕死というのは、あんまりだと思う。


「それは大変でしたね、だから、早く街へいきなさいと忠告してあげたでしょう」

「それはわかってるんですが、こっちもいろいろあったんです。道に初めて出て──」

「長くなりそうなので説明は結構です」

「ひどい!」


「そんなことより、一言だけ伝えておこうと思いましてね。忙しい中、こうしてわざわざ戻ってきてあげたのです。新たな世界で再び生を受けたというのに、何をする間もなく、すぐに死亡してしまうのではあまりにも憐れか、と思いましてね。まったく。戻ってきてみて良かったです」


 神もどき青年がまた大げさに息をついた。


「いいですか。よくお聞きなさい。貴女は、最下層に限りなく近い下位世界の人間でした。最初に申し上げた通り、一度離れた魂を再び魄──身体に定着させるには、元の身体に近いものでなければいけません。拒絶反応が起こってしまうからです。貴女にも分かりやすくかみ砕いて説明すると、臓器移植のようなものです。ここまでは解りますか?」

「はい」

 言葉の中に微妙に毒が滲み出ています。


「よって、貴女の身体はできうる限り忠実に、下位世界の身体をトレースして作られています。ですが、貴女が送り込まれた此処は、上位世界です。上位世界の人間や魔物などは、あなたのいた世界に比べると遙かに非常にハイスペックです」


「ハイスペック?」


「そうです。その顔は全く分かっていない様ですから、もう少し貴女に分かりやすいように解説してあげましょう。──小さな鼠程度の小魔物の攻撃は、貴女にとっては大型獣に噛まれたぐらいのダメージに相当します」

「なんと!」


 おいおいおい。聞いてないよ。


「ちょ、それ、ちょっと、まずくないですか」

「……なげかわしいですね。最近の若い者は、言葉の使い方がなっていません。いいですか、まずい、という言葉は本来──」

 なんだか説教──ちがった、話が長くなりそうな気配がした。


「はい! すいませんでした! ということは私、このままだと、すぐ死んでしまう気がとてもするんですが」


「でしょうね」


「あっさり肯定したよ!」


 神っぽい青年は、にっこり微笑んだ。慈愛に満ちた微笑みなのに、逆に怖く感じるのは気のせいだろうか。


「大丈夫、なにも心配する事はありませんよ。例え貴女は死んでしまったとしても、貴女の魄は世界に還り、貴女の魂は、貴女を受け入れれくれたこの世界の輪廻の輪を巡るでしょう。魂は時を巡り、来世ではきっと──」 


「ちょ、何が大丈夫なんですか。何遠い目をしてもう来世の話をしてるんですか。私の今世はもう終わったように話するのは止めて下さい。私、まだ死にたくないです」


「そうですか。では、死なないように頑張って下さい」

「死なないようにって、そんな簡単に」


 他人事だと思って、簡単に言ってくれちゃって!


「他人事ですよ」

「ですよね!」


 そう言うと思ったよ!


「まあまあ。落ち着きなさい。貴女が取得したギフトスキル、【精査】は、情報の開示と取得、という単純明解なスキルではあります。ですが、使いようによっては非常に便利なスキルです。頑張って精進すれば、派生スキルをいくつか習得することも可能です。それから──貴女が拾った()。なかなか珍しく、非常に強い獣です。懐かせれば、貴女の生存確率は飛躍的に上がるでしょう」


「獣?」


 獣なんて、拾ってないけど。


「では、私の話は以上です。それでは、グッドラック。残り人生を大事に」


「残りの人生ってなに! なんか言い方不吉すぎる! いや大事だけども!」

 


 黒ずくめのS神はふわりと浮き上がり、上昇をはじめた。

 ではまた明日、とでも言いそうな気軽さで片手を振りながら。



「ちょっ、ちょっと!」


 

 追いかけようと必至に腕を掻き分けて、なにもない空間を泳いでみたけど、距離は離れる一方だ。



 グッドラックじゃないよ!



 どんなに大きな声を上げても、暗闇に吸い込まれてしまうように、消えていく。


 音が消えていく。

 

 声は届かない。


 手も届かない。


 白黒ファッションのS神もどきのお兄さんの姿は、少しずつ闇に溶けて──




 

 * * *





「──待って、て言ってるのに! この、S神もどき──!」


 翻る黒いコートの裾を掴もうと伸ばした手は、何も掴めず、ただ空をきった。




 黒く霞んでいた視界が、少しずつクリアになっていく。


 目を凝らすと、木板を組み合わせた天井がぼんやりと見えた。



 天井?




「──あ、あれ?」


 ここはどこ。


 辺りは薄暗かったけれど、部屋の中にいるのはなんとなくわかった。

 ここは、あの360度黒い不思議空間じゃないことも。

 

 ほんのり涼しい風が、頬を撫でていく。


 遠く、かすかな物音と人声。


 風が吹いてきた方向に少し顔を動かしてみると、視界の端に半分開かれた両開きの窓。

 四角い木枠の窓の外には、夜空と、微かな街明かりと、その向こうには影絵みたいな木立と、山並が見えた。


 背中には、厚めの、やや固いリネンっぽい生地の感触。


 頭の下には、ふかふかとは言い難い弾力のある布の塊の感触。

 身体の上には、洗濯石鹸のような、ほのかな優しい香りが残った、薄手の掛け布団。


 状況から察するに。


 どうやら私は、ベッドに寝ているようだ。


 私、今まで、何をしていたんだっけ。


 そうだ。確か、街道を歩いていて。


 目玉が飛び出して、口の裂けた気持ち悪い猫の魔物に、遭遇して──


 木板の床を歩く靴音が聞こえた。


 今度は靴音のしたほうに顔を向けると、隣の部屋に続く枠だけの出入り口から、少し癖のある銀色の髪が現れた。暗くても目立つ、ルビーみたいな瞳。

 レウドが歩いてくるのが見えた。

 手には、木桶とタオルを持って。


「……レウド?」


 少し俯いて歩いていたレウドは顔を上げると、ぱっと笑顔になった。

 一瞬、でっかい耳と尻尾の錯覚を見てしまった。


「──、チナミ! ****!?」


 ものすごい勢いで駆けつけてくる。木桶の水を大量にこぼしながら。ちょ、あとで床掃除しなきゃいけないじゃないか。すべるし! 木だったらカビ生えるし!


 レウドはベッドのサイドテーブルにタオルの入った木桶を置くと、ベッドの端に腰掛けた。


 そして、おもむろに私の額に手を置いた。


 少し冷えた手。

 やわらかい冷たさに、少し、ほっとした。

 レウドの手はあまりに大きすぎて、私の目から耳近くまでカバーしてしまってるけど。


 レウドは手を放すと、タオルを絞って、私の額に置いてくれた。


 額に置いてくれたタオルからは、ペパーミントみたいなさわやかで涼しげな香りがした。気持ちいい。良い香りもする。

 私、熱でもだしてたのかな。今はもう、自分的には熱が出てる感じはしないんだけれども。下がったのか。

 

「チナミ、***、****」

  

 レウドが、ほっとしたような表情で微笑んだ。

 看病してくれてたのかな。ありがとうございます。すいません、ひ弱で。


「レウド。ありがとう。えーと、なんだっけ、ありがとうの言葉、たしか、──さ、さぁすーく?」

 レウドが声を出して笑った。首を横に振りながら。

「【サンスーク】」


「さ、サァ、──サンスーク」


 今度はレウドが縦に頷いた。


 よっしゃああオッケーが出た! よし、この言葉の発音は習得した。この調子でどんどんいこう。


「【エイニータィム】」


 って言ってたらもう新単語きたー!


「え、えいこらたいむ?」


 レウドが首を横に振った。違うのか。巻き舌系か。るれるれいうやつ。一番苦手な発音方法だ。べらんめえっぽく言えばいけるかな。


「【エイニータィム】」

 レウドがものすごくゆっくりしゃべってくれた。

 私に言葉を教えてくれようとしてくれてるのが解る。ありがとうありがとう師匠! 私がんばるよ!


「エイニータィム」


 レウドが縦に頷いた。そして、なんだか楽しそうに笑った。

「オッケー」


 オッケーもらえた! やったあ!


 よし、巻き舌系はべらんめえ口調でいくことにしよう。



 異世界会話教室が一息ついたので、ゆっくり辺りを見回してみる。


 反対側の壁際に、ベッドがもう一つあった。その脇には、レウドの大きな荷物が床に置いてあった。

 窓際には、小さな木製のローテーブルと、椅子。テーブルには、茶色い陶器のポットとティーカップが2つのっている。


「レウド、ここはどこかな。見た感じ、宿っぽいけど」

 私は指を床に向けて、首をかしげて見せた。

「*****? ****」

 ここ、ってどうやったら伝わるのか。

「ここ、」

「ココ」

 そうココ。こことしか言い様がない、ここ。


 私はもう一度指を下に向け、それから部屋中を指さした。伝わるか……! この微妙なニュアンス!


 レウドが手を軽く叩いた。うんうん、と頷いている。分かってくれたか! 


「****。***、コーストラ」


「コーストラ?」


 なんと。

 ということは、街についてたんだ。



 やったー!!



 自分は倒れてただけだけどな! 申し訳ない。でも、




「よかった……」


 

 安心したら、どっと眠気が湧いてきた。


 今日はもう寝よう。外も暗いし。ベッドもあるし。あああ久しぶりのお布団だ。


 私は布団の中にもぞもぞともぐりこんだ。


 私が眠そうなのが分かったのか、レウドが静かにベッドから離れた。



「レウド……サンスーク……くーと、なはーと……」




 レウドが笑った気配がした。


「……クートナハート、チナミ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ