月明かりのララ
真夜中の森に一匹の子猫が歩いていた。名前はララ。真っ白な子猫。綿毛のようなその毛並みは、月の光に照らされほのかに青味がかった輝きを帯びているようにも見える。
ララは木々の間を抜けて歩き続け、小さな泉を見つけた。小さな小さなララにとっては大きな泉だった。澄んだ水に満たされた泉のちょうど真ん中あたりには、丸い月が映り込みゆらゆらと揺れている。
歩き疲れて喉が渇いていたララは、一休みして泉の水を飲むことにした。
ゆっくりと頭を下げて水面に舌を伸ばし、水をすくっては喉に流し込む。冷たい水がララの渇いた体に染み渡っていく。あまりの美味しさに、夢中になって飲み続けた。
美味しい水をたらふく飲んだララは仰向けに寝転び、心地良い夜風に目を細め、ぼんやりと夜空を見上げていた。
すると、ふいに空がかげり、頭上の満月が端から徐々に欠け始めた。
驚いて飛び起き、後ろ足で立ってめいっぱい伸び上がり月をじっと見つめる。みるみるうちに欠けて消えていく月。暗さを増していく空。静かな森にじわりじわりと闇が押し寄せる。
ララは傍の石に腰掛け、考えた。そして、こう思った。
泉の水を飲んだからだ。水と一緒に月の明かりまで飲んでしまった。だから、光が足りなくなって月が消えかけている。
ララは焦って駆け出した。
行かなければいけない。早く月に行って明かりを返さなくては、月がなくなってしまう。
ララは走る。月が見える方角へ。走る。走る。走る。青々と茂る草むらを、足場の悪い砂利道を、河原に長く伸びた葦の隙間を、柔らかな肉球で踏み締めひた走る。
しかし、どれだけ走っても月は遠い。物言わぬ月は子猫の到着を待つこともなく、とうとう姿をくらませた。
肩を落とし、とぼとぼと泉に戻ってきた。
暗闇に包まれた森の中、ララはひとりぼっち。微かに鳥や虫の声は聞こえるが、誰もララに話しかけようとはしない。ララにはその遠巻きの声が自分を責めているようにも思えた。
金色の瞳で悲しげに水面を眺めながら、ふと思う。
この水に映った月の明かりを飲めるのならば、この水から明かりを返すこともできるのではないか。きっとそうに違いない。
ララに迷いはなかった。
泉のほとりに立つ木に登り、か細い足で力いっぱい枝を蹴る。しなった枝がララの体を跳ね上げる。ララは軽やかに宙を舞い、水面へと落ちていく。飛び散る水しぶき。泳ぎを知らない小さな子猫は無我夢中で手足をばたつかせ、見る間に沈んでいった。
ララが水の中に消えた後、姿を消していた月が現れ始めた。少しずつ、少しずつ、優しい月光が地上に降り注ぐ。やがて、森に真ん丸な月が帰ってきた。
けれども、ララは二度と戻ってこなかった。
◇◇◇
夕闇が迫る頃、草花の陰に潜む虫たちが古いわらべうたを口ずさむ。
子猫のララ。真っ白なララ。
泉に映る月の明かりをうっかり飲み込んだ。
急いで返しにきたのに、返し方がわからない。
だから、月と一緒になった。
今日もララは空の上から私たちを照らしてくれる。
夜が更けたら、よく見てごらん。
月に寄り添い微笑む子猫が見えるだろう。
end




