第五章は不思議な国の島の上
第五章は不思議な国の島の上
僕達は小さな島に降りた。
空からながめている限り本当に小さな南の島だ。
僕一人じゃ飛べなかったのにユミさんと二人だとスイスイ飛んでしまう。まったく不思議な事だよ。男の立場もなにもあった物じゃない。
「ヒロ君疲れた」
僕を心配してユミさんはわざと僕に笑顔で話しかけてくる。
「大丈夫です」
僕はそっけなく答える。なあに思春期の少年にはありがちな事さ。
海岸は砂浜でとても綺麗な砂浜で砂浜が終わると南国の椰子の木なんかが生えている。
でも木に生っている実は僕の知っている椰子の実とは全然違っていてバナナの様に細長く
何本も垂れ下がっている。「バナナかな?」よく見てみるとそれも違う。
「バナナの形をしたパイナップルみたいだ。」
僕はその実に「バナップル」ってあだ名をつけた。
「ヒロ君お腹空いていない?」
ユミさんが又僕に聞いてくる。「まったくお母さん気取りのお節介さんだな」
と、僕は心の中で思っていたんだけど実際は朝サンドイッチを食べたきりだ。
「グウ・・」
「お腹空いていない?」の言葉に僕のお腹の虫が素直に反応した。
「ちょっと空いてます」
僕はつぶやくようにユミさんに答える。
「やっぱり、私もお腹ぺこぺこ」
ユミさんは屈託もなく笑った。その笑顔がとても可愛く思える。僕はドキっとして思わずユミさんから目をそらした。
「じゃあ待っていて準備して来る」
そう言ったかどうかの瞬間にもうユミさんは消えていた。僕はユミさんを目で追いかける。
ユミさんは大空高く飛び上がりすごい速さで夜の闇の中に消えていった。
僕はまた、一人ぼっちになった。
「ママやパパは心配しているかな?」「学校の先生やクラスのみんなも」
僕は体育座りをして星空を見上げながら考えた。とにかく今どこにいるのかも検討が付かない。少し涙が出てきそうになる。
それからしばらくしてユミさんが戻ってきた。手には抱えきれないくらいの流木を抱きしめている相変わらず笑顔だ。
「さあ始めましょう」
ユミさんは流木を地面に置いてから顔を流木に近づけて何かを唱え始めた。
「何しているの、ユミさん」
僕は不思議に思ってユミさんに尋ねた。流木は全部大きくて水に濡れている、簡単には火がつきそうにも無い。
「お願いしているの」
「えっ?」
「木にね、木から火に変わって私達を暖めてくださいって」
「へええ」としか言いようが無い。「そんなので火がつくわけないでしょ」と普段の僕なら
突っ込みを入れる所なんだけど今日一日を振り返ってみて「ありかもしれない」なんて
思ってしまう。
でもすぐに火は付いた。素直に「うぁ。すげ」と思う。何にも無い海岸だから火が灯っているだけですごく安心する。
「さあオカズをさがしにいきましょう」
ユミさんが立ち上がって僕に向かって言った。そうだよね、ママが毎晩準備してくれるみたいに勝手に出来る訳じゃないんだ。
「うん」と僕は疲れていたけど立ち上がってユミさんの後ろに着いて歩き出した。
で、最初に見た「バナップル」の木の下まで行く。木の下には大きな椰子カニが何匹も動き回っていた。
「この子にしましょ」
そう言ってユミさんは椰子カニの中でも一番大きな奴を一匹拾い上げた。
「えっ、食べちゃうの」
椰子カニが食べられるのかどうか、僕は知らない。お腹は空いているけど、こんなに大きな椰子カニを食べちゃうのにはかなりの勇気が必要だと思った。
「食べてもいいのよ」
ちょっと意地悪な笑顔でユミさんは僕の方を見た。その笑顔に「本当に目がみえないのかな?」と思ってしまう。それからさっきの焚き木みたいに椰子カニに何かを話し始めた。
しばらくして「うん、ありがとう」そう言って椰子カニを放してあげた。
「どうしたの?」
僕は不思議に思ってユミさんに聞いてみる。
「見ていてヒロ君」
ユミさんはそう言って椰子カニを指さした。椰子カニはそのまま「バナップル」の木に登り始めた。僕は椰子カニが木に登れる事を今日始めて知った。
それから「ドサッ」「ドサッ」と、いう音と共に「バナップル」の実が落ちてきた。上を見上げてみると椰子カニがはさみで果実を切って僕らの方に落としているのが見える。
「ありがとう」
ユミさんは椰子カニに向かって手を振り、それから果実を拾い集めた。
僕もユミさんのお手伝いをする。二人でやっと抱えられるくらいの果実が手に入った。
僕たちは焚き火のある方向に引き返した。
「これどうやって食べるの」
「こうするの」
一つの果実の表面をユミさんは器用にむき始めた。僕もそれを見ながら真似してみる。
中には白い小さな果実が一杯詰まっている。とたんに甘い香りが漂ってきた。
「食べてみて」ユミさんが果実の一つを摘んで口に入れる。僕もそれに素直に従った。
「甘ぁぁぁぁい」
僕は思わず小さく叫んだ。それくらいに甘いんだ。
「甘かった?」
笑いながらユミさんが言う。確かに美味しい。経験した事の無い味なんだけど僕にとってはこの果実は甘すぎる。
「じゃあ、こうしてみて」
ユミさんが今度はその果実を焚き火の中にほうりこんだ。
「へえ」僕も果実を焚き火の中にほうりこむ。
しばらくして甘い香りの他に香ばしい香りが焚き火の中から漂ってきた。
僕のお腹はその匂いで「グー、グー」いっている。
「そろそろいいかな?」
ユミさんが木の枝を焚き火の中に差し込んで果実を取り出す。
さっきの白い果実はまるでパンみたいな色に変わっていた。
僕は熱さを我慢してパンを口に入れてみた。
「美味しい!なんてもんじゃない!」
「どう美味しい?」そんな質問は必要ないでしょ。今の僕のリアクションを見れば。
そう、僕はその果実を夢中で食べたんだ。美味しくて手と口が止まらない。
「なんて果実なんですか?」
僕は夢中で食べながら果実の名前が知りたくなってユミさんに質問した。帰ったらインターネットで検索して絶対にパパやママにも食べてもらおうと思ったからだ。
「この果実は・・」
ユミさんが答えようとしてしばらく考え込む。「あれっ」と僕は不思議に思った。だってこの果実の事良く知っているみたいだったから。
「この果実は・・バナップル?」
ユミさんが不思議そうにその名前を口にした。僕は驚いて聞き返す。
「えっ、バナップル」
それはさっき僕が付けた名前じゃないか。しかも適当につけた「あだ名」だよ。
僕は驚きの顔を隠せなかった。ユミさんもしばらく考え込んでいる。
「ヒロ君、この果実に名前をつけたの?」
「うん、でも僕の心の中でだよ。」
僕はユミさんに正直に答えた。それからユミさんはしばらく何か言おうと迷っているみたいだったけど結局その先は何も言わなかった。
お腹が一杯になった僕達はここで野宿する事に決めた。
二人で横になって星空を見ながら僕は考えていた。家に帰る方法とか今日の狼や鮫とか自分で名前を付けてしまった「バナップル」の事とか。
「ヒロ君眠れないの」
「うん、今日いっぱい色々あったから」
「そうね、色々あったね」
「ねえユミさん」
「何」
「さっき椰子カニ君に何を話していたの?」
「それはね」
「私達はとてもお腹が空いています。あなたを食べるか、バナップルの果実を採るか考えています。あなたはどっちがいいですか、って」
ユミさんは可笑しくてたまらなくなったみたいで言葉の中に時々笑い声が混じっている。
僕も釣られて笑いそうになる
そしてしばらくしてユミさんがこう言ったんだ。
「明日 街に行きましょう。ヒロ君が帰れる方法を二人で探してみよ」
僕は正直その言葉を待っていた。とたんに元気も出て来たと思う。
「うん」
僕はそう言ってから星空を見上げた。