第二章は不思議な国で冒険だ
第二章は不思議な国で冒険だ
「まったく頭の中は ? マークで一杯だよ」
心の中で「ちびまるこ」風に僕はつぶやいていた。いや心の中はそんなに穏やかじゃない。
けっこうテンパッてて、声を大きく出して叫びたいくらいだった。
「あのうですね¨」
色々質問もしたいし遠足の途中に僕がいなくなっていたら先生達はえらい騒ぎを起こしているだろう。そんな中にひょっこり帰るのは恥ずかしすぎる。だいいちそんなシュチエーションをやっちまったら僕のニックネームは卒業式まで「ユクエフメイ」になっちゃう。
一月後には略して「ユクメイ」か「フメイ」のどっちかだ。
「どうしたの?」
彼女が心配そうに僕を見つめた。いや正確には目をつぶったまんまだから「見つめている」
じゃ、なしに「目をつぶって見ている」、、、、、 「いや表現が絶対おかしい。」
あれこれ考えるけど馬鹿な事ばかり思いついて頭の中がさっぱりまとまらないよ。
「私の名前はサトウ ユミ」
「僕は田坂 博之と申します」
いや名乗っている場合じゃない。直球の質問をしなきゃ。この彼女は実は天然かもしれない。「直球だ、直球勝負だ」僕は心に言い聞かせる。僕は首を振り振り言葉をまとめる。
「ユミさん」
「はい」
「ここは何処でしょうか?」
「そうだよね、不思議だよね」
良かった!ここが不思議だという事は理解していてくれたんだ。僕は続けて質問する。
「ユミさん僕バスに帰らなきゃいけないんです。帰り道教えて下さい」
「そうか帰りたいかぁ」
ユミさんは不思議な顔をして僕の顔を覗き込んでいた。なんかお姉さんの貫禄がある。
僕とそんなに変わらない年なのに。やはり中学生の制服の効果なんだろうか。
少し残念な顔をしている様にも見えるし、僕をからかっている様にも見える。
さっきまで泣いていたのに表情が目まぐるしい。
「じゃあ飛んで空から帰り道さがしましょう」
ニッコリと意味不明に言ってのけた。
「あ一一一一!」僕は心の中で絶叫した。「空、飛んで、帰る!」天然だ。間違いない。ユミさん絶対に天然だ。間違いない。この状況で天然も天然。近海物のど天然だ。
で、信じられない事なんだけど次の瞬間ユミさんが消えた。
「えっ」
僕は何が起こったのか全然理解出来なくて呆気に取られた。確かに消えた。
次の瞬間。
噴水みたいに地面から水が噴出してきたんだ。
「うぁ 何?」
僕はのけぞって海に落ちそうになった。いや実際には落ちるはずだったんだ。
バランスを崩した僕の体は背中から海に落ちようとしていた。自分の目からは夕闇近い
空とバタバタさせている自分の手が見える。
そして次の瞬間。もう一つの手がバタついている僕の手をしっかりと握った。
手の持ち主はユミさんだ。「ユミさん?」僕は手を握り返した。
その後僕は空を飛ぶことを初体験する。
「痛い いててて」
僕の歴史上 空を飛んでみて最初に出た言葉だ。
出来ればもう少し感動的な言葉を言いたかったんだけど、とにかく痛い。
だって片腕一本でユミさんに持ち上げられている。ピーターパンの映画はもう少しスムーズに飛んでいた気がするけど僕の場合、腕の腱がおもいっきり悲鳴をあげていた。
「うぁ」
さらに僕は驚いた。下を見てみると大きな鯨が潮を噴き上げている。
僕たちはそこにさっきまで立っていたんだ。
上から下を見てみると他にもいっぱい鯨が所狭しと、大海原を泳いでいる。
「空を飛ぶイメージを持って」
「イメージって空飛ぶ?」
僕はユミさんの言った言葉をオウムのように同じ言葉で繰り返した。「空飛ぶって」
途方に暮れていたいんだけどユミさんは僕を支えるので一杯みたいだ。
「あなた重い」
ユミさんが僕に文句を言う。「重くなろうと思って重くなったんじゃ無い!」思春期と成長期が同時に僕を通過しているのが原因なのだ。と、いってもユミさんは早々限界モードに入っている。あまり時間が無いと僕は見た。
「どうしたらいいんですか」
僕が質問する。
「イメージ。とにかくイメージ」
僕は夢の中だと月間に二回ほど飛んでいる。大抵はそろそろフワフワその辺りを飛んでいる。階段を上がらなくて上の階まで行けたとか。通学路の横断歩道を通らなくて車の上を飛び越えたとかで満足している。でも段々自分でコントロール出来なくて高さもスピードもグングン上がっていくんだ。そして
「危ないかも、やばいかも」
なんて思った瞬間にいきなり真っ逆さまに落ちて行っちゃう。
で、「どーん」みたいな衝撃でベットの中で目を覚ます。
その時必ず手と足は実際に落ちてきたみたいに上に一瞬あがってるんだ。
「これなのかな」
と僕は思って必死で夢の中で飛んでいるのを頭の中でイメージしてみた。
一瞬腕の痛みが軽くなったんだ。そしてユミさんの顔からも笑顔が見えた。
「そうその感じ」
応援するように僕を励ます。ちなみに僕は褒められると伸びる子だ。
「ようし」
僕はありったけふりしぼって頭の中で空を飛ぶイメージに集中した。
「とにかく飛ぶ!必ず飛ぶ!絶対飛ぶ!」
塾の夏期講習のスローガンみたいに頭の中で繰り返す。そうする度に体が軽くなるように
感じてきたんだ。実際僕の足や手は水の中みたいにフワフワと空中を漂いだした。
「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「マトリックス」「ドラゴンボール」
今まで見た映画もセレクトしてみる。「あれマトリックスのネオは1で飛んでたっけ?」
とたんに体が重くなる。「あっヤバ。」
「もっと集中して、いい感じなのよ」
「褒められると僕は伸びる子なんです。」などと心の中で叫んでみる。言葉にはだせないね、恥ずかしくて絶対に。
そのうちに本当に感覚がつかめてきたんだ。夢の中で飛んでいたのと全然変わらないかんじで。で、僕は手を離したんだ。
「うひょおお」
僕の歴史上 空を飛んでみて最初に出た言葉を修正する。「うひょおお」である。
僕は空を確かに飛んでいた。正確には「ただよう」の方がしっくりくるかもしれない。
それでも何の支えも無しに僕は空を漂っている。こんな凄いことはないだろう。
「ヒロ君 よくがんばった 」
ユミさんが僕の横で手をたたいて喜んでくれる。率直にうれしい。
でもここまできてますます頭が混乱してきた。
「ここは何処 私は何者 あなたの正体は?」
それを言う前に先にユミさんが口を開いた。
「ようこそ私とあなたのサイコワールドへ」
「サイコワールド?」
ユミさんは僕に微笑みかけたつぶったままの目は見えているように僕を又見つめる。
「疲れたでしょ」
「いや軽く興奮しています。初体験だったから」
僕は素直に感想を言った。実際「飛ぶ」っていうのを体験して興奮しない小学生はいないと思う。
「じゃあもう少しこの世界を冒険しましょう」
「はい」
ユミさんがさっきよりももっと高く飛び上がった。すごい早さだ、あっという間に雲のあたりまで行ってしまった。僕も負けていられない。
「ようし」
僕は興奮気味に鼻をならしてユミさんに追いついてやろうと思ったんだ。
そしてその瞬間。
僕も一直線に雲のあたりまで飛び上がった。そしてユミさんを発見して横に並ぶ。
美しい世界が僕の視界一杯に飛び込んできた。さっき鯨の上で見た景色の何十倍もすごい。
もう質問なんてどうでもいいや。今はこの景色だけ見れていれば幸せ一杯だ。
僕はユミさんの横で心底そう思った。