表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/25

第十六章も不思議な国の市場の悪夢3

第十六章も不思議な国の市場の悪夢3





足音も無く「闇の狼」は豚小屋の中に忍び込んだ。

ワラが敷き詰められた豚小屋の中に沢山の豚達が眠っている。


「何をする気だよ」


僕は「闇の狼」の行動を静かに見守るしかなかった。

そしてどうして昼間に僕達が訪れた商店に今「闇の狼」が忍び込んでいるのか

謎は深まるばかりだ。


「闇の狼」は眠っている豚達を満足そうに見渡すと今度は地面に耳を付けた。

耳に神経を集中させて地下の下水道の様子を探ってみた。


追手は犬だった。何頭もの犬が下水道の中を「闇の狼」を探して走り回っている。

しかしあらかじめ自分の臭いを下水道いっぱいに残してきた「闇の狼」の方が一枚上手で優秀な犬の嗅覚をもってしても「闇の狼」を探しきれない。


「くく・・迷っている、迷っている」


「闇の狼」は犬達の迷走に満足していた。


再び「闇の狼」は豚達の方を見渡した。

僕の頭の中に「闇の狼」の考えている事が入ってくる。


「腹を空かしているんだ」


僕は「闇の狼」が空腹であるのと実は体が凄く弱っている事に気が付いた。

間違いないと思う「だって直接考えている事を確認したんだから」


「そうだ俺は弱っている」


一瞬僕が見つかったのかと思って「ビク」としたがどうやら「闇の狼」の独り言みたいだ。

僕はさらに用心しながら「闇の狼」を見守った。


「だから栄養を取る」


「闇の狼」の口の中は唾液があふれ出している。

目が眠っている豚達に焦点を合わせる。


食事が始まった。


「闇の狼」は豚達を食べ始めた。

凄い速さで豚をたいらげる。哀れな豚は悲鳴を上げる暇も無しに「闇の狼」に丸呑み

にされていく。

それでも何匹かは異変に気が付いて目を覚まし。必死で逃げようと悲鳴を上げる。

「闇の狼」にはそんな事は関係ないらしい豚の悲鳴も関係ない。

ただ黙々とたいらげていく。


僕には見ていられない光景だった。


思い切り目を閉じて早く終わるように祈ってみる。

それでも「闇の狼」の感覚が僕に伝わってくる。


豚が「闇の狼」の喉を通る感覚。腹の中で必死に暴れる豚の感覚。

酸欠と胃液に殺される豚の悲鳴の感覚。


その全てが目を閉じていても感覚として僕に伝わる。不快な感覚から逃げることが出来ない。


二十匹以上はいたはずの豚はあっという間に三匹になった。

豚は必死で逃げようとあちこちに走り回るけど「闇の狼」は軽く前足で押さえつけて身動きを取れなくする。


豚の甲高い悲鳴が僕の頭の中の芯まで響いていた。

外から人の声が聞こえてきた。


「なんだ」


「どうしたんだ」


ガヤガヤと豚小屋の外から人が集まってきた。

豚の悲鳴に気が付いたみたいだ。ガチャガチャと鍵を開ける音が聞も聞こえて来る。

僕はハッとして「闇の狼」に気づかれても殺されてもいいから、ありったけの声を出して叫んだ。


「ここに入っちゃ駄目だ。みんな逃げろ、中には闇の狼がいる!」


しかし僕の声は人々はおろか「闇の狼」にも届かなかった。


ドアを開けて見知らぬ人が入ってきた。豚小屋の中には「闇の狼」がニヤニヤしながら

待ち構えていた。


「やめろ、闇の狼」


僕の思いも空しく「闇の狼」は豚に続いて人間を襲いだした。

人々の悲鳴が僕の頭の中はおろか全身を駆け巡る。


僕は無力だった・・


人々の悲鳴が終わるまで僕は目を閉じているだけで何も出来なかった。

しばらくして悲鳴は聞こえなくなった。

それはつまり「闇の狼」の食事が終了したという事だ。



「闇の狼」は満足そうに大きなゲップを二回すると豚の寝床のワラの上にドンと身体を横たえた。


眠ろうとしている。僕には理解出来た僕にも睡魔が襲ってきたからだ。

しかし睡魔よりも僕の心の中には今まで経験した事の無かった怒りで溢れかえっていた。

だけどそんな僕の意思とは関係無しに僕の意識は眠ろうとしている。


「ちくしょう・・」


僕は朦朧とした意識の中で「闇の狼」を呪い自分の非力を呪った。

僕の意識と「闇の狼」の意識が眠りに付こうとした。その時。


「パパ・・ママ・・どこ?」


小さな女の子の声だった。


その声を聞いた瞬間、僕と「闇の狼」の意識が眠りから現実に呼び返された。

小さな女の子は自分の体半分もある熊のぬいぐるみを抱いていた。

眠そうな目で周りをキョロキョロしている。


「パパとママを探しに来たんだ」


僕は咄嗟にそれを感じた。


でもパパとママはもうこの世にはいない。「闇の狼」がみんな食べてしまった。

恐らくここの商店の娘だろう。豚の悲鳴や大人の騒ぎ声で目を覚ましたみたいだ。


「パパ・・ママ・・どこ?」


女の子は不安げにドアの前に立ち豚小屋の中を覗いている。


「闇の狼」と女の子の目が合った・・


女の子は「闇の狼」の姿を見た瞬間どうしていいのか分からない表情になった。

反対に「闇の狼」の意識は浅い眠りから目覚めて興奮していた。


「デザートだ」


この意味を僕は考えたくなかった。

「闇の狼」は横たえていた身体を再び起こして少女に向かって突進した。


「やめろ!」


「闇の狼」が向かおうとする事を止められない。


「闇の狼」の視界には少女がはっきり映し出されている。


「やめろ!やめてくれ!」


僕はありったけの声を出して叫んだ。

それでも「闇の狼」の視界はどんどん少女に近づいていく。


「きゃ!」


僕が聞いた少女の最後の言葉だった。


僕は目を閉じた。「闇の狼」感覚が僕に伝わってくる。


「デザートは旨い」


少女が喉を通る感触。胃の中で微かに動く少女の感触。


僕は泣いていたかもしれない。

でも涙は出なかった。


僕が再び目を開けたとき。「闇の狼」の足先で少女の熊のぬいぐるみだけが横たわっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ