第十五章も不思議な国の市場の悪夢2
第十五章も不思議な国の市場の悪夢2
僕の嫌な予感を知ってか知らずか、ミスマーブルは商人たちと品物の値段の交渉をやっている。
「本当にどうしたの、ヒロ君」
ユミさんの感性は目が見えないぶん鋭いらしい。
今の僕にはこの感覚をユミさんに伝えられない。「もどかしい」と心の中で思うけど
どう伝えたらいいのか分からない。
「うん、変な感覚なんだ、嫌な感じがする」
その言葉を聴いた瞬間からユミさんの表情が急に険しくなった。
「大丈夫、絶対守ってみせる」
ユミさんが決意する様につぶやいた。
頼もしいと僕は思ったんだけど同時に不安も感じる。だって今日の朝からユミさんの動きはどうもおかしい。昨日までの動きとまるで違うから。
僕達の空気を遮るようにミスマーブルが大声で僕を呼ぶ。
「この荷物を持っておくれ」
荷物?戦利品の間違いでしょ。僕はそう毒づきながらミスマーブルの買い上げた品物を抱えた。
「あれ?」
向こうの方から大きな鳥が何羽もこっちに向って飛んでくる。
いや鳥じゃない!「なんだあれ」上半身は鳥。胸から下は人間の姿だ。
エジプトの神様で確かこんなのがいたっけ。
「あれは警備の為の兵士だよ」
ミスマーブルが教えてくれた。よく見ると鳥の顔はそれぞれ違っていて鷹もいればオウム、孔雀なんかもいる。
「ずいぶん低く飛んでいるんだね」
本当に雑踏の中、人の頭すれすれに飛んでいる。
「そのへんの石を空に向って投げてごらん」
僕は荷物を置いてミスマーブルの指示通りに石ころを空に向って投げてみた。
「コツン」
「あっ!」
石ころは空に向って飛んでいかずに何か透明のバリアに当たって下に落ちていく。
「なんなの?」
「結界さ、この街は色々な場所に移動する。中には物騒な所もあるからね」
「へぇ」
そういえば街に入る前に変な鳥が「魔法は禁止!飛ぶのも禁止!」そう言っていたっけ。
僕は鳥の言葉の意味をこの時初めて理解した。
ミスマーブルの買い物は一通り終わり、僕達の旅に必要な物が大体そろった。
最後に新鮮な肉を買っていくというので僕達はミスマーブルに付いて行く。
ちなみに肉は僕達用ではなくて「先生」の為の物だった。
広場があってその隅に石で囲われた小屋がある。この中に豚がいるそうだ。
隣にはテントの商店が並んでいてそこで解体した豚を売っているらしい。
「おや、おかしいね」
ミスマーブルは首をかしげた。ユミさんは何か緊張している顔になっている。
僕も不思議に思った。商店に人影がない。
その時、嫌な感覚が又僕を襲った。しかも今度は完全にその嫌な物の正体が見えたんだ。
「闇の狼」
現実では無く頭の中にそいつが現れた。僕は固まってしまった。
「大丈夫ヒロ君」
ユミさんが僕の異変に気づいて話しかける。でも何か現実から離れた遠い世界の声みたいだ。 「大丈夫・・」僕がユミさんに向ってそう言い掛けた時。
目の前が真っ白になった。
僕は意識を失ったらしい。「どれくらい」全然わかんない。
周りを見てみると真っ黒だった。
「地下・・下水道?」
僕がいるのはどうやら下水道の中みたいだ。でもどうして?
真っ暗なのにどうして見えるんだ?
僕の視線は足元を自然に見て・・そして愕然とした。
「!」
「毛むくじゃらだよ。まだ早いよ」
僕は驚いた。だって大人の階段を一瞬で10歩ほど駆け上がってしまったからだ。
「いいや違う」
僕は考えた。水面に浮かぶ自分の姿を見たとき結論はすぐに出た。
「闇の狼」の頭の中に僕がいるんだ!
「闇の狼」は鮫に殺されていなかったんだ。
僕の意思とは関係なく「闇の狼」は動いていた。僕は頭の中にいること悟られないように
ジッと息を殺して「闇の狼」の行動を見る羽目になってしまった。
まず「闇の狼」は臭いをかく乱する為に街の下水道の中を走り回った。
色々な場所に体をこすり付けて痕跡を残す。そして地表に登った。
次の行動は街の中である店を探して屋根伝いに静かに走っていく。
驚いた事があって街は真夜中だった。
「僕はいったいどれくらい気絶していたんだろう」
「闇の狼」はしばらく走って目的の店を見つけた。
「香水屋さん」
忍び込んで誰もいない事を確認すると店中の香水のビン次々に割りまくって。自分の体に浴びせていった。
強烈な臭いが僕を襲った。でもこれで終わりじゃなかった。
「仕上げだ」
「闇の狼」の考えが僕の頭に流れてきた。「相変わらず嫌な声だ」
又屋根伝いに静かに走り目的地を探す。
今度も直ぐに目的の店を見つけた。「巨人の為の料理屋」「闇の狼」の考えが又僕の頭に流れ込んでくる。
「闇の狼」はその店に忍び込むと巨大な鍋に向っていった。
巨人のご飯用とあってすごく大きい。「闇の狼」だって何匹でも入りそうだ。
中を覗きこむとスープがグラグラ煮えている。
「闇の狼」を躊躇しないでそのままそのスープの中に飛び込んだ。
「熱い!」
頭まで「闇の狼」はスープの中に沈ませていた。
どれくらい立ったのだろう。「闇の狼」はスープの中から顔を出した。
それから鍋の底を蹴ってスープから出た。
毛をブルっと震わせてスープの汁や具を周辺に撒き散らした。
それから又外に出た。鍋は何事も無かった様にグッグッ煮えていた。
「最悪のスープだろう香水と狼の出汁入りなんて」
僕は巨人達に心の底から同情した。
「次はいったい何処に行く気だ」
狼は音を立てずに素早く走っていく。目的地もすぐに着いた。
「あっ!」
僕はまた驚いた。
「闇の狼」の最後の目的地は僕がさっきまで立っていたあの豚小屋だったからだ。




