第十一章も不思議な国の「闇の狼」
第十一章も不思議な国の「闇の狼」
どちらが仕掛けても不思議ではない。間合いの中に緊張が生まれる。
アロは「闇の狼」を取り押さえようと間合いを詰める。
それを察知するように「闇の狼」は後ろに後ずさりをする。
アロが右手の拳を振り上げた。真っ直ぐに「闇の狼」の首を狙っている。
それを察知して「闇の狼」が飛び上がる。
逆に今度は「闇の狼」の牙がアロの頚動脈を狙う。
「こざかしい」
アロはそう言うと目の前にあった岩石を「闇の狼」に投げつけた。
岩石を「闇の狼」は軽々と避けて高く飛び上がった。
岩石は当たらずそのまま橋を超えて湖に落ちた。大きな水柱が立つ。
「闇の狼」がニヤリと笑いながら橋の上にフワリと降りた。
「アロ時間の無駄だ。通せ」
「だまれ!」
アロは忠義を立てた戦士である。「災い」である「闇の狼」をそう簡単に街に入れる馬鹿ではない。それは「闇の狼」だって認識している。
しかし「闇の狼」は挑発を止めなかった。
そのうちにアロに隙が生まれる。その瞬間に街に入ればいい。
「闇の狼」はそう考えながら必要以上にアロを挑発する。
アロ自信も「闇の狼」が必要以上に自分を挑発している事を認識している。
だから必要以上に動かず「闇の狼」の出方を見て動く。
二人の間が縮まる。後一歩前に出れば互いの間合が無くなる。
緊張感が高まった。
最初に仕掛けたのは「闇の狼」の方であった。
「ふん!」
「闇の狼」が荒い鼻息を漏らすと同時にアロに向かいもう突進する。
「こざかしいぞ、闇の狼」
アロが慢心の力を込めて「闇の狼」を叩き払う。
「ぎゃう!」
悲鳴とも嗚咽とも聞こえる「闇の狼」の声が聞こえた。
アロに叩き払われた「闇の狼」が宙を舞う。
しかしそれは「闇の狼」の作戦であった。
宙に舞いながら城壁の石垣にしっかりと爪を立てて自分の身体を固定した。
そして城壁を一気に駆け上がろうとする。
「闇の狼!」
アロが叫び声を揚げるが「闇の狼」は聞く耳を持たず、そのまま城壁を駆け上がっていく。
「ハト! カイ!」
もう一度はアロが叫ぶ。
「闇の狼」の身体はもう城壁のてっぺんにさしかかろうとしていた。
「いけるぞ」
「闇の狼」は走りながらニヤリと笑みを浮かべる。
しかしその表情が一瞬にして凍りつく。
城壁のてっぺんから二人の巨人が顔を出したからだ。
アロと同じ種族の巨人「ハト」と「カイ」である。
二人は恐ろしく大きなこん棒を握っている。
全速で急突進して行く「闇の狼」はそのこん棒を避けることが出来ない。
「くそ」
「闇の狼」が舌打ちをする。
「ハト」と「カイ」の両者がこん棒を大きく振り上げて「闇の狼」を向かえる。
二人の巨人のこん棒が「闇の狼」の頭とわき腹を叩きのめした。
「闇の狼」は何の反撃も出来ずただ宙を舞った。
宙を舞う巨大な身体をアロは見守る。
そしてそのまま「闇の狼」は気絶して湖に落ちた。
アロは「闇の狼」が湖に落ちるのを確認した後「ハト」「カイ」に向って手を上げた。
それを見たハトが巨大なこん棒をアロに向かってほうり投げる。
アロはそれをキャッチして再び「闇の狼」の落ちた湖面をにらみつける。
「とどめが必要だ」
アロはそう言うと自分から湖の中に入り「闇の狼」が落ちた場所に向かった。
腰まで水に浸かりながら「闇の狼」の姿を探す。
しばらく見渡すが「闇の狼」の姿が見当たらない。
アロの赤い目の眼光がさらに赤くなる。
「ザバッ」と水の跳ねる音がした。アロはその方角に振り返る。
街から湖に流れる排水溝の水の中に一瞬「闇の狼」の尻尾が現れて消える。
アロは躊躇せずにこん棒を投げつけた。
こん棒は水を引き裂いて大きな音と水しぶきをあげた。
しかしアロに手ごたえは感じられない。
アロは再び「ハト」と「カイ」を見上げた。
二人は沈黙したままアロをじっと見ている。その沈黙の中でアロが口を開いた。
「主人に報告だ。災いが街に入った」




