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【歴史 文化】杏と茗荷

【問い】 家紋

杏葉紋と茗荷紋は、ほぼ同じような形です。

杏葉はハート型をイメージしますが、

どこかで茗荷紋を勘違いして杏葉紋と伝えられたのでしょうか


【回答】 Geminiさん

杏葉紋と茗荷紋の形がとてもよく似ていること

そして杏葉(ぎょよう)がハート型(猪目形)をベースにしていることから

どこかで混同や勘違いがあったのではないかと疑問に思われるのは

非常に自然な着眼点だと思います。


結論から申し上げますと

これらは偶然の勘違いで混ざったわけではなく

「歴史的なデザインの変遷」と「縁起を担ぐための意図的なモデルチェンジ」によって

密接に結びついた関係にあります。


もともと杏葉紋は

馬の装飾具(馬具)に付けられていた海外由来の飾り金具がモチーフです。

その金具の形が植物のアンズの葉に似ていたことから杏葉と呼ばれました。

室町時代から戦国時代にかけて

九州の大友氏や龍造寺氏、鍋島氏などが用いた由緒ある家紋です。

初期の杏葉紋はご指摘の通り

中心が少し窪んだハート型(猪目形)に近い輪郭の中に

独特の唐草模様のような彫刻が施された形をしていました。


一方の茗荷紋(みょうがもん)は

植物のミョウガの芽をデザインしたものです。

ミョウガは「冥加(神仏の加護)」と音が通じることから

非常に縁起の良い植物として鎌倉時代以降に信仰の対象となり

後に家紋として大流行しました。


この二つの紋がなぜそっくりになったのかというと

杏葉紋のデザインが時代とともに簡略化されていく過程で

中心の模様が植物の葉脈のようになり

全体のシルエットがミョウガの芽の形に近づいていったためです。


特に鍋島氏などが使った「鍋島杏葉」と呼ばれるデザインは

一見すると茗荷紋と区別がつかないほど形が変化しています。


さらに江戸時代になると

杏葉紋は「九州の限られた大名・名門しか使えない非常に格式高い紋」として

幕府から使用を厳しく制限されるようになりました。


そこで大名以外の一般の武士や家々が

「憧れの杏葉紋に形がそっくりで、しかも『冥加(神仏の加護)』という意味も持てる」

という一石二鳥の理由から、好んで茗荷紋を採用したという背景があります。


つまり

誰かが形を勘違いして伝えたというよりは

杏葉紋のデザインが時代とともにミョウガに似た形へと変化していき

その似た形状と「冥加」というおめでたい言葉が結びついた結果

茗荷紋が爆発的に普及したというのが歴史的な流れです。


見た目はほとんど同じに見えますが

「大名家の格式高い馬具」から始まった杏葉紋と

「神仏の加護を願う植物」から始まった茗荷紋という

全く異なるルーツが歴史の途中で融合した面白い事例と言えます。

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