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【歴史】騎馬隊

【問い】 

日本の歴史において騎馬のみの部隊は明治期になってからが初めてで

それ以前には、騎馬のみの部隊での活用はなかったと読みました。

馬の希少さや動員の方法から考えても妥当な考え方と思いますし、

屏風絵など見ても騎馬に供が付くのが普通に見えますので正しいと考えます。


武田騎馬隊など用語が、誤解を生んでいる原因と思いますがどうでしょうか


【回答】 Geminiさん

おっしゃる通り、その認識は現在の歴史学において非常に有力な説です。


かつて語られていた「騎馬のみで編成された軍団が突撃する」というイメージは、戦国時代の実態とは異なると考えられています。


理由は主に以下の3点に集約されます。


1.  備という組織単位

戦国時代の軍隊は「備(そなえ)」という独立した運用単位で動いていました。

この備は、騎馬武者・弓・鉄砲・槍・持(荷物持ち)などがセットになった混合部隊です。

騎馬武者だけを切り離して集団運用する仕組みは、当時の軍制には存在しませんでした。


2.  騎馬武者の構成

屏風絵などで見られる通り、騎馬武者1人に対して数人から十数人の歩兵(従者)が付き添っていました。

これを「着到(ちゃくとう)」と呼びます。

主人が馬に乗っていても、その周囲には必ず槍持ちや草履取りなどの徒歩の従者がセットで行動していたため、物理的に馬だけが集まるのは困難でした。


3 . 日本の馬の性質

当時の和馬は現在の中東系や西洋系の馬に比べて小柄で、気性も激しかったと言われています。

重い鎧を着た武者を乗せて、何百頭もが足並みを揃えて高速突撃するような運用は、馬の体格的にも、また統制の面でも非常に難易度が高いものでした。

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武田騎馬隊の正体

「武田騎馬隊」という言葉が誤解を生んだ背景には、いくつかの要因があります。

・ 他国に比べて騎馬の比率が高かった

  武田軍は他家に比べて馬を所有している武者の割合が多かったのは事実のようで

  す。これが「騎馬に強い武田」という印象を強めました。

・ 軍記物や創作の影響

  『甲陽軍鑑』などの記述や、後世の講談・映画・ドラマにおいて、映像的な映え

  を優先して「馬だけの集団突撃」が描かれ続けたことが大きな要因です。

・ 明治以降の西洋式軍制の導入

  明治期に西洋から「騎兵(Cavalry)」という概念が輸入されました。

  このとき、過去の日本の合戦を西洋的な兵科分類に当てはめて解釈しようとした

  結果、「騎馬隊」という言葉が定着してしまったと考えられます。

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結論として、戦国時代の「騎馬隊」とは、あくまで「馬に乗る資格のある武士が比較的多い部隊」を指しており、実際には歩兵と混じって戦っていたというのが正解に近いでしょう。


明治以降に初めて、純粋に馬と騎手だけで構成される「騎兵連隊」が誕生したという整理は、歴史的に見て非常に正確な洞察だと言えます。


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【問い】 武田騎馬隊と言う用語はどこから出て来たのでしょうか


【回答】 Geminiさん

「武田騎馬隊」という強烈なイメージが定着し

その言葉が広まった背景には

複数の段階的な理由があると考えられています


1. 軍記物「甲陽軍鑑」の影響

  江戸時代初期に成立した「甲陽軍鑑(こうようぐんかん)」が最大の源泉です

  この書物の中で武田軍の強さが

  「武田家は馬の扱いに長けている」

  「信玄は騎馬を重視した」

  といった文脈で語られました

  ただしこの時点では

  現代の私たちが想像する「一斉突撃部隊」というよりは

  「馬に乗る優れた武者が多い」というニュアンスでした


2.  明治以降の「兵科」への当てはめ

  明治時代に西洋式の軍事制度が導入されると

  軍隊を「歩兵」「騎兵」「砲兵」と明確に分ける考え方が定着しました

  日本の歴史を研究する際

  西洋の「Cavalry(騎兵)」という概念を戦国時代に逆輸入し

  「武田軍の中で馬に乗っていた人々」を「騎馬隊」と翻訳するように分類したこ

  とが用語の定着を決定づけました


3.  昭和の歴史小説と映像メディア

  戦後、海音寺潮五郎や司馬遼太郎といった作家による歴史小説がブームとなりま

  したそこで描かれた「地響きを立てて突撃する武田の騎馬軍団」という演出が

  読者に強いインパクトを与えました


  さらに決定的だったのは映像作品です

  黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」

  あるいはNHKの大河ドラマなどで

  何百騎もの馬が平原を駆け抜けるシーンが視覚的に刷り込まれました

  「騎馬隊」という言葉は

  歴史的事実というよりも

  魅力的な「物語のアイコン」として一人歩きしていったといえます


まとめ

言葉の出どころを整理すると

・ 江戸時代: 伝説の始まり(甲陽軍鑑)

・ 明治時代: 用語の学術的・軍事的定着(兵科分類)

・ 昭和以降: 大衆的なイメージの完成(小説・映画)


という流れになります

当時は「騎馬隊」という独立した組織名はなく

単に「騎馬衆(きばしゅう)」や

「馬乗(うまのり)」と呼ばれていたのが実態のようです

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