【歴史】四面楚歌
【問い】 二次大戦のドゴールの自由フランスがヴィシー政府、ルーズベルト、チャーチルと対立していく様子をまとめて
【回答】 Geminiさん
第二次世界大戦中のシャルル ドゴールは
まさに四面楚歌の状況で戦っていました
彼の孤独な戦いと
周囲との軋轢を整理します
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まず最大の敵となったのは
本国フランスのヴィシー政権です
ドイツに降伏したペタン元帥率いるこの政府は
ロンドンに逃れたドゴールを反逆者と見なしました
軍籍を剥奪しただけでなく
欠席裁判で死刑を宣告しています
アフリカの植民地を巡っては
フランス人同士が武力で衝突する
悲劇的な内戦状態となりました
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次に複雑なのが
イギリスのチャーチルとの関係です
チャーチルはドゴールに資金と放送枠を与えた
最大の恩人と言えます
しかしドゴールは亡命の身でありながら
フランスのプライドを一切崩しませんでした
チャーチルは
ドゴールの態度のデカさに激怒し
私が背負っている十字架の中で
ドゴールの十字架が一番重い
とこぼしたほどです
英国の利益を優先したいチャーチルと
フランスの主権を守りたいドゴールは
文字通り取っ組み合いに近い喧嘩を繰り返しました
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そして最も冷淡だったのが
アメリカのルーズベルト大統領です
ルーズベルトはドゴールを
独裁者気取りの誇大妄想狂と見なし
徹底的に嫌っていました
アメリカは戦後処理において
フランスを敗戦国に近い扱いにしようと考え
ドゴールを排除して
別の扱いやすい将軍をリーダーに据えようと画策します
カサブランカ会談などの重要な場でも
ドゴールはしばしば蚊帳の外に置かれました
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しかしドゴールは
これら全ての圧力を持ち前の頑固さで跳ね除けます
民衆の支持を背景に
自らをフランス唯一の正統な代表である
と認めさせることに成功しました
最後にはパリ解放の主役として凱旋し
チャーチルやルーズベルトを
認めざるを得ない状況に追い込んだのです
彼の執念がなければ
フランスは戦勝国の座を
失っていたかもしれません
この時期のフランス外交で
特に気になるポイントはありますか
もちろんドイツとも戦っていましたのでまさに四面楚歌。




