【歴史】戦功報償 その1
【問い】 戦いで戦功をあげた者に対する報償について
戦国時代では、
土地・身分・俸禄・金・武器・馬・偏諱・鷹・茶道具
のようなものを与えられています。
時代や場所が変われば与えられるものも変わります。
まず、日本の鎌倉時代まではどのようなものが、
どの程度の戦功で与えられていたのか調べてください
【回答】 Geminiさん
日本の鎌倉時代までの戦功報償は、戦国時代のような「個人の嗜好品(茶道具など)」による論功行賞とは異なり、より**「土地」と「家名の存続」に直結した実利的なもの**が中心でした。
特に、古代の律令制から中世の封建制へ移行する過程で、報償の性質は大きく変化しています。
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1. 律令時代(飛鳥〜平安中期):位階と勲位
武士という職能が確立する前は、国家(朝廷)が軍功を評価しました。
・ 報償の内容
・ 勲位(くんい): 功一等から功十二等までの階級。これにより税の免除や
給与加算が行われました。
・ 功田(くでん): 永代、あるいは数代にわたって所有が認められる田地。
・ 位階の昇進: 貴族社会におけるランクアップ。
・ 恩賜品: 絹、布、絁(あしぎぬ)などの繊維製品や、馬。
・ 報償の基準
・ 基本的には「敵の首級の数」や「捕虜の数」が数値化され、それに基づいて
厳格にランク分けされました。
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2. 鎌倉時代:御恩と奉公のシステム
鎌倉時代に入ると、報償は「主従関係の維持」を目的とした**「御恩」**へと変化します。これが日本における土地主権の原点となりました。
報償の主な種類
種類 内容
本領安堵 すでに所有している土地の支配権を、将軍が公式に保証する
(ほんりょうあんど) こと。
新恩給与 敵から没収した土地を、新たな領地として与えること。
(しんおんきゅうよ)
補任(ぶにん) **「地頭(じとう)」**などの職に任命すること。これによ
り、その土地の年貢の一部を徴収する権利を得ました。
物品 刀剣、馬、鎧、衣類(引出物)。これらは土地を与えられな
い小規模な功績に対して贈られました。
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戦功の基準と評価
鎌倉武士にとって、戦功を認めさせるための手続きは極めて重要でした。
1. 一番乗り・一番槍: 最初に敵陣へ突入すること。
2. 分捕り(ぶんどり): 敵の首を取ること。
3. 軍忠状(ぐんちゅうじょう): 自分がどのような手柄を立てたかを自己申告す
る文書。これに証人(奉行や指揮官)の確認印(証判)をもらうことで、初めて
報償の対象となりました。
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3. どの程度の戦功で何がもらえたか
当時の報償は、現代のボーナスのように「一律いくら」ではなく、**「その武士が元々持っていた勢力」と「戦いの規模」**に大きく左右されました。
・ 抜群の功績(敵大将の討伐、一番乗りなど):
・ 一箇所から数箇所の「地頭職」に任命。これにより、一つの村や郡全体の支
配権(徴収権)が手に入ります。
・ 通常の功績(首級を挙げる、負傷しながら戦い抜く):
・ 既存の領地の税率軽減や、小さな田畑の追加支給。
・ 集団での功績:
・ 一族全体に対して「本領安堵」が改めて約束される(家名の存続保証)。
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4. 特筆すべき転換点:元寇(文永・弘安の役)
鎌倉時代の報償システムを崩壊させたのが「元寇」です。
それまでの戦いは「国内の敵を倒してその土地を奪う」ことで報償を捻出していましたが、元寇は防衛戦であったため、奪うべき土地がありませんでした。命をかけて戦った武士たちに十分な「御恩(土地)」を与えられなかったことが、鎌倉幕府滅亡の大きな遠因となりました。
まとめ:時代による報償の「重み」の変化
・ 古代(〜平安): 国家からの「名誉」と「給与」。
・ 鎌倉: 主君による「土地支配権」の保証。
・ 戦国(比較): 土地が飽和したため、茶道具や偏諱(名前)といった「権威」
や「ブランド」へと価値が多様化。
鎌倉時代までは、何よりも**「一所懸命(一つの所=領地を命がけで守る)」**という言葉通り、土地こそが唯一無二の報償であったと言えます。鎌倉時代の報償制度や、特定の合戦における恩賞について、さらに詳しく知りたい部分はありますか?
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【問い】 次に、室町時代から江戸時代ではどうでしょうか
【回答】 Geminiさん
室町時代から江戸時代にかけては、戦の形態が「個人的な武勇」から「組織的な軍事行動」へと変化し、それに伴って報償の内容も**「実利(土地・金)」から「権威(格付け・ブランド)」へと高度化**していきました。
特に戦国時代を経て江戸時代に至る過程で、報償は「恩賞」から「給与体系」へと性質を変えていきます。
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1. 室町時代:守護体系と「官位・役職」
室町幕府は鎌倉時代よりも「中央集権的」な権威を重視しました。報償には、土地だけでなく**「政治的な地位」**が加わります。
・ 主な報償:
・ 守護・地頭職の補任: 一国の軍事・行政権(守護職)を与える。
・ 官位の奏請: 足利将軍が朝廷に働きかけ、有力武将に「修理大夫」などの
官位を与えさせる。
・ 御判御教書(ごはんのみことのり): 将軍が土地の所有を保証する公文
書。
・ 特徴: * この時代から、足利将軍の名の「一文字」を譲る**「偏諱(へんき)」
**が名誉ある報償として定着し始めました。
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2. 戦国時代:功労の多様化と「ブランド化」
ご質問にもあった通り、この時代は「土地」が足りなくなったため、代替品として**「名誉」や「嗜好品」**が極めて高い価値を持つようになりました。
・ 報償の基準:
・ 一番槍、一番首: 最初に敵を突く、あるいは最初に首を取る。
・ 殿(しんがり)の功: 退却戦で軍を救う。
・ ユニークな報償:
・ 茶道具: 織田信長は、一つの国にも匹敵する価値を茶器に持たせました。
「土地を与えられない代わりに、一国に値する茶器を与える」という論理で
す。
・ 感状(かんじょう): 主君自らが手書きで戦功を称える感謝状。これは転
職や再就職の際の「強力な推薦状」として機能しました。
・ 金銀: 恩賞用の金貨・銀貨(判金など)が鋳造され、土地に代わるポータ
ブルな報酬となりました。
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3. 江戸時代:平和な時代の「加増」と「格式」江戸時代に入り大きな戦がなくなると、報償の性質は「戦功」から「公務の評価」へと移行しました。
幕臣(旗本・御家人)への報償
・ 加増(かぞう): 領地や扶持米(給与としての米)を増やすこと。
・ 役職への登用: 番方(軍事職)から役方(行政職)への抜擢。
・ 時服(じふく): 将軍から季節に合わせた衣服を賜ること。非常に名誉なこと
とされました。
・ 御目見(おめみえ): 将軍に直接拝謁できる権利。身分の昇格を意味します。
諸大名への報償
大名に対しては、領地の入れ替え(転封)がない限り、主に「品物」や「待遇」が中心でした。
・ 刀剣・武具: 将軍から拝領した「名刀」は家宝となり、その家の格を上げまし
た。
・ 家紋の拝領: 徳川の「葵紋」の使用を許される、あるいは松平の名字を与えら
れる。
・ 官位: 「従四位下」などの位階が、幕府内の序列として機能しました。
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4. 時代別・報償の比較まとめ
時代 報償のキーワード 代表的なもの
鎌倉 「安堵」 本領安堵、地頭職、土地の支給
室町 「役職」 守護職の任命、官位、偏諱
戦国 「名誉・ブランド」 感状、茶道具、金銀、名刀
江戸 「格式・給与」 加増(石高)、時服、拝領品、松平姓
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5. 幕末期の特例
幕末期は、再び「戦功報償」が復活した特異な時期です。
・ 新選組などの例: * 池田屋事件などでは、幕府から多額の**「報奨金」**が下賜
されました。局長の近藤勇には金20両、隊士にも階級に応じて数両から十数両
が配られています。
・ 土地を与える余裕がなくなった幕府は、現金のほか、**「士分(武士身分)
への取り立て」**という身分的上昇を最大の報償として活用しました。
幕末の日記や記録を読み進める中で、特定の人物が「何をもらったか」から、当時のその人物の立ち位置が見えてくることもあります。
幕末期の具体的な事件における恩賞(例えば、彰義隊や長州征伐に関連するものなど)について、さらに詳しくお調べしますか?
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【問い】 明治時代以降では、どうでしょうか。勲章なども与えられますが
【回答】 Geminiさん
明治時代に入ると、それまでの「土地」や「扶持(米)」による報償制度は完全に廃止され、近代国家としての**「恩給(年金)」と「勲章」**を中心としたシステムへと劇的に変化しました。
武士という階級がいなくなったことで、報償は個人の名誉と、家族の生活を支える現金支給へとシフトしたのが特徴です。
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1. 勲章制度の確立:金鵄勲章(きんしくんしょう)
明治時代以降、軍人にとって最大の戦功報償は**「金鵄勲章」**でした。これは「武功抜群」の者のみに与えられる、軍人専用の極めて特別な勲章です。
・ 階級と種類: 功一級から功七級まであり、将官から兵卒までそれぞれの階級に
応じて授与されました。
・ 名誉のシンボル: 授与されることは一族郎党の誉れであり、故郷では「神様」
のように扱われることもありました。
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2. 実利としての「年金(終身年金)」
勲章は単なる飾りではなく、実利的な**「年金」**とセットになっていました。これが現代の感覚でいう「ボーナス」や「給与加算」に相当します。
・ 終身年金: 勲章の等級に応じて、死ぬまで毎年一定の金額が支給されました。
・ 家計の支え: 功五級や功六級であっても、当時の一般労働者の年収を上回るほ
どの金額が支給されるケースもあり、「金鵄勲章があれば一生食べていける」と
言われたほどです。
・ 戦死後の配慮: 本人が戦死した場合でも、遺族に数年分が支給されるなど、事
実上の遺族年金としても機能しました。
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3. 位階・勲等と「爵位(しゃくい)」
特に大きな戦功を挙げた指揮官(将軍クラス)には、ヨーロッパの貴族制度を模した**「華族」**の身分が与えられました。
・ 爵位の授与: 公・侯・伯・子・男の5段階。
・ 例:日露戦争で活躍した東郷平八郎は「伯爵」から後に「侯爵」へ。
・ 昇進: 戦功により階級(大佐から少将など)が上がることで、基本給そのもの
がベースアップしました。
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4. 兵卒への報償:従軍記章と恩賜の品
一般の兵士に対しては、全員に配られるものから個別の手柄に対するものまで多様でした。
・ 従軍記章: その戦争に参加したこと自体を記念するメダル。
・ 恩賜のたばこ・酒: 天皇から下賜される品物。「恩賜の煙草」は、兵士たちに
とって非常に高い精神的な価値を持っていました。
・ 感状: 戦国時代と同じく、部隊や個人に対してその勇敢さを称える文書が発行
されました。
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5. 戦後(昭和20年以降)の変化
第二次世界大戦での敗戦により、日本の報償制度は再び大きな転換を迎えます。
・ 金鵄勲章の廃止: GHQの指示により、軍人専用の勲章制度は廃止されました
(年金の支給も停止)。
・ 現代(自衛隊): 現在の自衛隊では、功績に対して**「防衛功労章」**などが授
与されます。これには金銭的な年金は付随せず、昇進(人事評価)や退職金への
反映といった現代的な人事システムの枠内で報いられています。
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時代による「報償」の変遷まとめ
時代 主な報償 性質
鎌倉 土地(地頭職) 生産手段の譲渡
戦国 茶道具・名刀・感状 ブランド・権威の付与
明治〜戦前 勲章・年金・爵位 名誉と現金による生活保障
現代 功労章・表彰・昇進 キャリア・人事評価
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明治以降は「土地」という物理的な制約から解放された分、国家が発行する「紙幣(年金)」と「金属(勲章)」によって、よりシステマチックに戦功が管理されるようになったと言えます。
幕末の日記から明治以降の記録へ読み進めると、かつての武士たちが「禄(米)」ではなく「円(現金)」や「勲章の等級」を気にするようになる、価値観の大きな転換期が見えてくるのではないでしょうか。
特定の戦争(例えば日露戦争や第一次世界大戦など)における具体的な恩賞の金額や、当時の物価との比較などに興味はありますか?




