異30系統 ニャルコ坂上〜ムグルム高原〜フォライディア大森林〜王都北門
2023年7月5日にカクヨムで公開したものです。
『次はセレンヤードの滝。王国騎士団からのお知らせです。最近、薬草の採集中に魔物に襲われる事故が増えています。採集者の皆様はくれぐれもご注意下さい』
夏の夜。深い森の中の一本道。
乗客は一人もおらず、車内には運転手の私だけ。
鬱蒼とした木々のせいで星の光も届かない、薄暗い道をヘッドライトで照らしながら進む。
次のバス停が近づいてくると、途端に視界が悪くなってきた。
「急に霧が出てきたな……」
濃霧走行時にハイビームにしてしまうと光が乱反射して逆に視界が低下してしまうので、ロービームに切り替える。衝突のリスクを減らすため、フロントとリアのフォグランプも点灯。
ここは異世界なので自動車は走っていないけれど、馬車や人、あるいは動物や魔物がいる可能性はあるので、自車の存在を周囲に伝えることは大切だ。
セレンヤードの滝の停留所には誰もいなかったので通過。
私は車内放送の操作ボックスのボタンを押して、次のバス停の案内を流す。
『次は聖域入口。神の力が宿る癒しのパワースポット、フォライディアの聖域へはこちらが便利です』
どうせお客さんいないから意味ないんだけどね。
なんてことを思っていたら。突如、予想外のことが起きた。
車内にピンポーンと音が鳴り響いて、降車ボタンが赤く点ったのだ。
『次、停まります。バスが完全に停車するまで、席を立たないで下さい』
えっ!? 今誰も乗ってないよね……? 何でボタン点いたの?
びくりと肩を震わせて、ミラー越しに車内を確認する。
もちろん車内に乗客の姿はない。
誤作動、だろうか?
すると次の瞬間。車内灯がチカチカと点滅し始め、LCD運賃表示器の画面にもノイズが走った。
「ひぃっ!」
怖くなって、私は急いでバスを路肩に停める。
ただの車両故障、ならいいんだけど。
まさかお化けとか出ないよね……? ねぇ?
ともかくまずは、一度バスを降りて点検をしよう。
エンジンを切って、運転席から出ようと身体の向きを変えたと同時。
目の前に白い布が見えた。
えっ、何これ……?
無言のまま、恐る恐る顔を上げる。
生気を失った闇のような黒い瞳と目が合う。
私の目の前には、白いワンピースを着たツインテールの幼い女の子が立っていた。
「きゃあああぁ〜っっ!!」
バスの車内どころか、森中にまで響き渡るような大声で叫んだ。
私はお化けとかホラーとか本当にダメなの〜っ!
恐怖のあまり全身の力が抜けて運転席から動けなくなってしまった私に向かって、幽霊の幼女は子供らしく無邪気に笑いながら言う。
「あなた、日本人でしょ? だってこれ、埼玉のバスだものね」
「えっ……?」
私の出自とバスの営業エリアを言い当てられ、涙目のまま幼女を見つめ返す。
「日本に帰りたい? ならあるよ。日本に帰る方法」
「日本に、帰る……?」
「うん。私は失敗しちゃったけど、あなたは大人だから出来るんじゃないかしら」
いきなりそんなことを言われて、どう返せばいいのか分からなかった。
日本に帰る。本当に帰る方法があるの?
もちろん、出来ることなら帰りたいよ。
こんな何も知らない異世界で、この先もずっと暮らしていくなんて嫌だ。
前みたいに、地元のみんなに愛される、信頼される、バスの運転手に戻りたい。
でも、そっか。私は、帰ったところで……。
「別に帰りたくないならそれでいいのよ。だけどあなた、帰りたそうだったから」
「私。私は……」
「あら? 現世にいられるのはもう限界みたい。また会いましょ、バスドライバーのお姉さん」
言葉を返せずにいるうちに、気が付けば幼女は跡形もなく姿を消していた。
車内灯の点滅が止まり、LCD運賃表示器のノイズも無くなっている。
やっぱり、あの幼女はお化けだったんだ。
とりあえず車両の故障ではないと分かったので、再びエンジンをかけてバスを発進させる。
「日本に帰れるって。余計なこと、言わないでよ……」
『次はタルリナ樹海。トラヴィトン渓谷、サッパビア温泉方面はお乗り換えです』
幽霊の幼女に告げられた言葉とどうしようもないモヤモヤとした感情は、停留所を通過して次の案内に切り替えても停車ランプのように簡単には消えてくれなかった。




