異122系統 イヴヤ劇場〜フタッタマ川〜アーバ台〜中央円環
2025年10月29日にカクヨムで公開したものです。
『次はスアギ沼。走行中、止むを得ず急停車する場合があります。お立ちのお客様は、吊り革、手すりにお掴まり下さい。車内事故防止にご協力をお願い致します』
クーデターが発生して一ヶ月近くが経とうとしているが、未だに混乱が収束する兆しは見えない。
今日もまた乗客のいない無人のバスを虚無の表情で走らせていたのだが、次の停留所が近づいてくると待っているお客さんの姿が見えた。
「あっ、お客さんがいる……!」
このまま誰も乗せずに終点まで行くことになるかもと恐れていたので、少し嬉しい。
ブレーキを踏んで停車。
前扉を開けると、乗り込んできたのは真っ赤なドレスに身を包んだ貴族風の女性だ。
女性は乗り込むなり口元に扇子を当て、お手本のような高笑いをした。
「オーホッホッホ。って、あら? 誰も乗っていないじゃないの。まさか市民全員が、あの第二王子の外出禁止令に正直に従っているとでも言うの?」
そして、無人の車内を見て愕然とし、最後は呆れたのか大きな溜め息を吐いた。
「お客様、ご乗車されるなら運賃をお支払いいただいても……」
乗るのか冷やかしなのかはっきりしてほしいし、乗るならお金を払ってほしい。
私が恐る恐る口を開くと、女性がこちらを見て「まあ!」と言った。
「わたくしとしたことが。こんなところに人が居たなんて。随分と地味で貧相な恰好をされていたので全く気が付きませんでしたわ!」
「うぐっ……」
確かに制服は地味だし、体型も子供っぽいけれど。
そんなはっきりと言わなくても良くないですか?
拳銃で撃たれたわけじゃないのに、心臓にダメージが……。
「お詫びの印に、はい。一万ゴールドよ。もちろんお釣りは要らないわ。服や美容にでも使いなさい」
私がショックを受けている間に、女性は運賃箱に高額紙幣を投入すると、優雅な足取りで車内後方へと向かっていった。
それから二人掛けの座席の真ん中に座って、「ほら、早く出しなさい」と小間使いに対してするかのように私に命令をする。
「し、失礼しました。発車します」
気を取り直して、バスを発進させる。
『次はティアマプラーザ。バスのすぐ前や後ろの横断は非常に危険です。バスの発車後、左右をよく見て横断しましょう』
結局この女性は悪い人だったのか何だったのか。
悪『役』令嬢って、こういうことなんですかね?
あと、現実の路線バスでは一万円札は使えないことが多いのでご注意を。
また、使えたとしてもお釣りが出ないというケースもあります。
事前に硬貨もしくは千円札をご用意の上、ご乗車ください。




