インターバル 未明、仮眠室にて
2025年9月24日にカクヨムで公開したものです。
次の日の朝の便の担当であるオクトーバーは、営業所の仮眠室のベッドで眠っていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。全部私が悪いけん、だから……」
クーデターで不安になっていたせいか、はたまた無言の魔女にかつての心の傷を抉られたせいか。悪夢にうなされるオクトーバー。
ハッと目を覚ますと、仮眠室の中に人影があった。
ザカリ正教の執行人が襲撃しに来たのかと焦って、慌てて上体を起こす。
しかし、来訪者は敵ではなかった。
「オクトーバー殿、大丈夫でござるか?」
「あっ、大丈夫やけん。ちょっと夢見が悪かっただけたい」
彼女はムーンサルトの仲間であるオーガスト。
諜報や謀術に長けた、ダイレクター曰くジャパニーズ忍者である。
オーガストはその忍びの技を用いて、時折こっそりと営業所に侵入し、こうやってオクトーバーと夜な夜な接触を図っている。
「政権転覆以降、かける殿の所在が不明になっている故、此度はフェブラリー殿からの言伝なのですが」
「ふむ、フェブラリーがなんて?」
「はい。異世界人が執拗に狙われている現状、オクトーバー殿がこのまま任務を続行するのは危険なのではないか。休職という形を取った上で、一度どこかへ避難するべきではないか、と。無論、オクトーバー殿の気持ちや考えを優先させるとも仰っていたでござるが」
確かに、ムーンサルトの中で表立って異世界人と共に仕事をしているのはオクトーバーだけだ。
だからオクトーバーが一番襲撃を受けるリスクがあり、早く身を隠すべきだというのは理解できる。
ただ、こちらにはこちらの信念がある。
危ないと分かっていても、これだけは譲れない。
「フェブラリーが心配してくれてるのは嬉しいけん。でも、私はこの仕事を続けたい。休みたいとは思わんばい」
「オクトーバー殿の気持ちは承知した。差し支えなければ、理由を訊いてもいいでござるか?」
「誰の役にも立てない、誰も笑顔にさせられない。そんな駄目な私が、やっと見つけた輝ける場所。それがこの仕事たい。だから、こういう時こそ頑張って、手を差し伸べてくれたあの人に、温かく受け入れてくれたみんなに恩返しがしたい」
神の加護が無い無能な聖女。そうやって蔑まれてきた私に、ムーンサルトの一員にならないかと手を差し伸べてくれたダイレクターの月夜野かける。
そして、運転の技術も経験も無かった私を優しく迎え入れてくれた埼京交通バスのみんなに。
ただ、恩返しがしたい。
「それに、この大変な時に逃げるようなら、私は本当に聖女失格たい。ピンチに果敢に立ち向かうのが、聖女やけんよ」
「なるほど。殊勝な心掛けです」
ちょっぴり恥ずかしくなって最後に冗談っぽく理由を付け加えると、オーガストはくすりと笑った。
「では、拙者はこれにてドロンするでござる」
「うん。また何かあったらよろしくたい」
オーガストが転移魔法で姿を消す。
再び一人になったオクトーバーは、ベッドに転がって時計を見る。
「あと一時間。ちゃんと寝られるといいなぁ」
また悪い夢を見ることの無いように。
不安を感じながら、オクトーバーはもう一度眠りについた。




