臨時 バスの日イベント2025
2025年9月17日にカクヨムで公開したものです。
毎年9月20日はバスの日。
ということで、今年も恒例の埼京交通バス異世界営業所『お客様感謝デー』開催!
なのだけれど……。
イベントは全く盛り上がっていなかった。
クーデターのせいで告知もままならず、目玉のステージイベントを企画する余裕も無し。
人手も足りない中でどうにか準備できたのは、路線バスや高速バスなどの車両展示と、歴史や事業内容を紹介するパネル展示。そして制服・制帽を着用しての記念撮影コーナーと、申し訳程度のグッズ販売くらい。
これではお客さんが来ないのも当然だろう。
むしろ、はやてもトランセもいない状況で、通常のバスの運行を続けながら並行してイベントを開催できているのが奇跡である。
「とは言っても、やっぱり寂しいなぁ」
せっかく地域の住民やバスを愛する同士たちと直接触れ合える貴重な機会なのに、こんな中途半端な形になってしまうなんて。
残念だなという気持ちは、どうしても拭えない。
グッズ販売のブースから人のまばらな光景を眺めていると、帽子とサングラスで顔を隠した怪しげな二人組が新しくやって来た。
「何だ、あの人たち……」
人の少ない場所では逆に目立つ格好のその二人は、ゆっくりとした足取りでイベント会場の中心へと向かうと、そこで立ち止まる。
そして唐突に、一人がアカペラで歌い始めた。
「♪届けと祈ったシューティングスター、憧れはもうこの手の中に〜」
歌声が響き渡った途端、私も他のお客さんも一斉に同じ反応した。
「スピカさん!?」
「天川スピカだ!」
「スピカ国王っ!?」
そう。謎の女性の正体はクーデター後に行方をくらませていた国王の天川スピカだったのだ。
周囲からの歓声に応えるようにスピカが帽子とサングラスを外すと、一瞬にして彼女のもとに人が集まった。
あっという間にバスの日イベントがスピカのライブ会場に変わる。
「♪あのとき〜願った夢は〜、ちゃんと叶っていますか〜? 無邪気な〜小さい私に〜、今なら強く答えられる〜」
かつてスピカが所属していたアイドルグループ、聖橋84のメジャーデビュー曲『シューティングスター』に、自然と手拍子やコールが巻き起こる。
「♪めそめそ弱気ばっかりで、ダメダメだった私に、光を与えてくれたのは、君だよ、君だったんだよ〜」
スピカはBメロから徐々に声量を上げていき、サビで観客の盛り上がりは最高潮に達する。
「♪届けと祈ったシューティングスター、聞こえてるかな? 今はどこにいるのかな? 立てたよキラキラの最高ステージ、憧れはもうこの手の中に〜」
流石は一流のアイドル。
どこか暗い雰囲気に包まれていたイベント会場を、たった一人で笑顔でいっぱいにしてしまった。
歌い終えたスピカは熱狂する観客たちに向けてアイドルスマイルを浮かべると、美しく透き通った声で叫んだ。
「私は絶対に諦めないから! みんなの幸せを邪魔する人には、しっかりお仕置きするからね☆」
続けて、スピカの隣に立つ人物が帽子とサングラスを外す。
その人物の正体に、さらに観客が沸き立つ。
「すみません、国王がお騒がせをしました。ごきげんよう、官房長官のセトです。この度はわたくしの愚弟が大変なご迷惑をおかけし、申し訳ございません。我が内閣は権限を奪われてしまいましたが、現在混乱の収束に向けて動いておりますので今しばらくお待ちください。国民の皆様に苦痛や不便を強いていること、心よりお詫び申し上げます」
セトの説明と謝罪に、「大丈夫ですよ」や「セト様は何も悪くない!」といった優しい言葉が飛び交う。
最後にスピカが、グッズ販売ブースに立つ私を見た。
彼女は可愛らしく両手を合わせると、ウインクしながら一言。
「はこびちゃん、主役奪っちゃってごめんね」
「あっ、いえ」
私はふるふると首を横に振った。
スピカが謝ることなど何も無い。むしろイベントを盛り上げてくれてありがとうの気持ちである。
それからしばらくして、異変に気付いた騎士団が会場に駆けつけてきた。
騎士団の姿を見て、スピカが「ヤバっ」と声を漏らす。
「セトちゃん、逃げるよ! みんな、またね〜☆」
「あぁ、待ってください」
まるで流れ星のように、スピカとセトは一瞬で去って行ってしまった。
騎士団も彼女たちを追って会場を通り抜けていく。
「なんか騒がしかったけど、どうかした〜?」
「あっ、所長。今さっきまでスピカさんがここで歌ってて、騎士団に追いかけられて逃げていきました」
「ん、なんじゃそれ?」
営業所の建物から所長が様子を見に出て来た時には、全てが終わっていてイベント会場は静けさを取り戻していた。
ただ、スピカが歌う前よりも明らかにお客さんの数は増えていて。
今年の『お客様感謝デー』もそれなりの盛況のうちに幕を閉じた。




