異118系統 アーバ台〜マッカーゼ台〜こころの国〜ニャラ北団地
2025年9月10日にカクヨムで公開したものです。
たとえクーデターが起ころうとも、市民の生活は続く。
だから移動の足である路線バスを止めるわけにはいかない。
「このまま、何も無いといいっすけど。はぁ〜、どうなっちまうんすかねぇ……」
発車時刻前。
ロータリーに停めたバスの運転席で、トランセは深い溜め息を吐いた。
キヨスのせいで、この国の平和は完全に崩れ去ってしまった。
いつどこで爆撃があるかも分からない。いきなり騎士団に拘束されるかもしれない。
無事に家に帰れるか。今日を生き延びられるのか。
みんなが不安を抱えたまま、毎日を過ごしている。
そろそろ発車時刻が近づいてきたので、とりあえずバスを停留所まで動かそう。
そう思ってトランセが鍵を回してエンジンをかけたと同時、前方からこちらに向かって複数の人が近づいてきた。
彼らはバスの進路を塞ぐように立ち止まると、一人が横に回って運転席の窓をコンコンと叩く。
窓を叩いた人物のことを、トランセはよく知っていた。
そのため、警戒することなく安心して窓を開ける。
「お久しぶりっす、部隊長さん。無事だったんすね」
彼は王都の治安を守る騎士団の部隊長で、冒険者をやっていた頃からの知り合いだ。
微笑みかけたトランセに、彼もまた笑顔を見せる。
「おう、トランセも元気そうで良かった」
「それで、どうしたんすか? 今あんまり時間無いんすけど」
部下を引き連れているということは、部隊長も任務中のはず。
であるならば何か用があるのだろうと、トランセは本題に入るよう促す。
すると部隊長は、深刻な表情を浮かべながら言った。
「本当に申し訳ないんだが、今からお前を拘束しなければならない」
「……あん?」
今、なんつった?
あまりに突然で理解が追いつかなかったトランセに、部隊長が説明を加える。
「異世界人及びその味方をする者は、見つけ次第全員拘束しろと上からお達しが出ていてな。その中でもトランセは重要人物に指定されている。もしも他の部隊に捕まれば即刻処刑もあり得る。だが、俺の部隊の管理下なら逆にお前を守ってやれる。外にいるよりもむしろ安全だ。どうだ、ここはおとなしく拘束されてくれないか?」
なるほど、そういう理屈か。
「要はオマエの部隊の管轄エリアだったのが不幸中の幸いだったってことだな?」
「まあ、そうとも言えるな」
「……わあったよ。アタシを捕まえてくれ」
「トランセ、本当にすまない」
それから前扉を開けると、彼の部下たちがバスに乗り込んできてトランセに手錠をかけた。
車両も騎士団によって押収される。
営業所にトランセが騎士団に拘束されたとの連絡が入ったのは、その日の夜のことだった。




