ぐるりんちょ第113ルート カシューミ外堰循環
2025年7月30日にカクヨムで公開したものです。
『次はカシューミ外堰二丁目。ヒビャー線、チョーダ線、マリュノーチ線はお乗り換えです』
市街地を循環するコミュニティバス。
次の停留所が近づいてきたので、こころはゆっくりとブレーキペダルを踏んだ。
前扉を開けると、乗り込んできたのはフードを目深に被った女性。
左手には水晶玉が嵌め込まれた杖を持っているので、恐らく魔導士だろう。
女性はこころと目を合わせることなく、ICカード読み取り部にスマホをかざした。
しかし、いつものように『ピピッ』という支払い完了を告げる電子音が鳴らない。
そもそも読み取り部が女性のスマホに反応していないようだ。
先ほどまでは普通に機能していたので、こちら側の不具合では無さそう。
「お客様。大変申し訳ないのですが、そちらのスマホは対応していないみたいなのです」
こころが告げると、女性はあわあわと焦り始めた。
どうしようどうしようどうしよう!
まさかずっと使ってたスマホが使えなくなってるなんて!
やっぱり千年前の機種とは規格が違うのかな。
って、そんなことより今はお金!
金貨持ってたっけ? 財布どこに入れた?
ローブのポケット、じゃなくて。そうだ鞄だ。
あった。
それでえっと、220ゴールド、だよね。
やばいやばい、めっちゃ視線感じる。恥ずかしい!
早く払わなきゃ〜!
「…………」
実際には一言も発していないなのに、心の声がとてもうるさい。
私も他人のことは言えないけれど、ちょっと変な人なのです。
「大丈夫なのです。ゆっくりでいいのですよ」
「あっ。どうも……」
見兼ねたこころが優しく声を掛けると、女性はこくりと頷いた。
これで少し落ち着いたのか、女性は財布から220ゴールドを取り出すと、じゃらじゃらと運賃箱に投入。
『ピンポーン』
精算完了の電子音が鳴る。
「なっ、何の音?」
「支払いが済んだ音なのです。発車するので、席にお掛けくださいなのです」
「す、すみま……」
こころが座席に座るよう促すと、女性はそそくさと運転席の真後ろの一人掛けの席に座った。
『発車致します。お掴まり下さい』
前扉を閉め、バスを発進させる。
『次はサグラッダ門。王国騎士団本部へはこちらでお降り下さい』
その後、次の停留所で乗り込んできた冒険者らしき男性二人組のお客さんが、女性を見たと同時に呟いた。
「あれ、無言の魔女のリティーじゃね? 生で見るの初めてだわ」
「うわ本当だ。リティーさんがお出かけなんて珍しい。どこ行くんだろ?」
どうやらあの女性は、この世界では有名な人だったらしい。
無言の魔女リティー。
営業所に戻ったら、マルメラーダにどんな人なのか聞いてみよう。
それと、最初にちょっと変な人だとか思ってごめんなさいなのです。




