臨時 移動式期日前投票所
2025年7月16日にカクヨムで公開したものです。
国民議会選挙も終盤戦。
7月20日の投開票日が近づいてくる中、普段マルメラーダが運転するミニバスは山間地の集落にある集会所前に停められていた。
バス前面に幕を張り、大きく掲げられた文字は『移動式期日前投票所』。
これは日本でも高齢化や過疎化の進む地域で近年導入が広がっている、投票箱や記載台を載せたバスが有権者のもとまで出向くというもの。
この取り組みのおかげで、山間部に住む高齢者など投票所まで足を運ぶのに苦労する人にも投票の機会を確保することができるようになった。
今回の選挙戦では、自治体からの要請を受けて埼京交通バスも協力。
車両の貸し出しに加え、ここまでの運転をマルメラーダが担った。
「さて。暇ですねぇ」
投票所の開設場所に到着してしまえば、あとは役所の職員の出番だ。
マルメラーダはもはや邪魔者。
「う〜む。この空き時間、どう過ごしましょうか」
独り言を口にしつつ、投票所開設の準備が進むミニバスを眺めていると、まだ時間より前なのに人が集まってきた。
ほとんどが高齢の方で、杖をついていたり車椅子に乗っていたりと、やはり山の下の投票所まで行くことが難しい人が多そうだった。
「んん?」
そこでふと、集まっている人たちの様子がおかしいことに気が付く。
全員の表情が妙に虚ろで、しかもぼそぼそと何かを呟いている。
耳を澄ませてみると、聞こえてきたのは。
「キヨス様は素晴らしい御仁じゃ」
「ミカミ教祖は真の現人神なり」
これは絶対に何かが変だ。
考えて、すぐに思い至る。
「なるほどぉ。聖書の精神操作魔法、ですか……」
マルメラーダは過去に燃やしてしまったので手元には無いが、確かザカリ正教の修道女が持つ聖書の中には他者の精神を操る魔法の術式も存在していた記憶がある。
では、もしこの状況が本当に修道女が引き起こしたものだとするならば。
「どこに潜んでやがるんですかぁ?」
絶対に近くに、魔法を行使している修道女が隠れているはず。
周囲を見回して姿を探すと、茂みの奥に人影が見えた。
「頭隠して何とやらです。間抜けですねぇ」
刹那、マルメラーダは修道女の背後に回り込んで拳銃を突きつける。
即座に発砲。
「ぐぁっ! あなた、神を裏切った逆賊ね……」
修道女が地面に倒れる。
「洗脳されているのでご理解頂けないでしょうが、佐藤美神は異世界から転生してきた一般人です。神なんかじゃねぇですよ」
「適当なことを。せめて道連れに……」
修道女が最後の力を振り絞り、マルメラーダに反撃しようと拳銃を忍ばせている修道服のスリットの中に手を入れる。
当然だが、それを許すつもりはない。再び発砲。
「ぐっ」
今度こそ息が止まったのを確認して、マルメラーダはほっと胸を撫で下ろす。
「全く。不正をしてまで勝ちたいんですか、佐藤美神。神を名乗る割には、よっぽど余裕が無いみたいですねぇ」
美神はきっと、徐々に世界をコントロール出来なくなっていることに焦っているのだろう。
だから偽情報の拡散に留まらず、魔法を使って選挙に直接介入しようとした。
「やれやれ。油断も隙もありませんねぇ」
マルメラーダがミニバスの所に戻ると、投票に来ていた人たちはみんな正気を取り戻していた。




