貸切87号車 千年ぶりの再会
2024年11月6日にカクヨムで公開したものです。
修道女たちとムーンサルト・魔王連合軍が入り乱れて戦いを繰り広げている。
その様子を高みの見物とばかりに眺めている佐藤美神に、クレセントこと月夜野かけるは問いかける。
「お前は仲間が傷付いていても、何も思わないのか?」
ここにいる修道女は皆、ザカリ正教の信徒だ。
修道女たちは知らなかったとはいえ、実質的に美神に仕える部下にあたる。
質問を投げかけられた美神は、しばらくの無言の後ガンギマった瞳をこちらに向けた。
「……思わないよ? だってこれに思い入れとか無いもん」
どうやら美神は完全に狂っているらしい。
修道女を『これ』呼ばわり、人を人と思っていない。
「そうか。その答えを聞いて安心した。もしお前が真人間のままであったなら、殺すのを躊躇ってしまったかもしれないからな」
かけるも美神も、元は同じ日本人。
会ってみるまでは、多少の同情や迷いもあった。
だが、今の美神の発言を聞いて、そんなものは吹き飛んだ。
こいつは世界の、人類の敵だ!
かけるが剣を構える。
その動きに合わせるように、イグノスとフォコン、グラーチの魔王三人もそれぞれ武器を構えた。
「魔王を何人集めても、あたしには勝てないよ」
美神は棒立ちの状態で、余裕綽々の笑みを浮かべている。
自分が何をするまでもなく、勝てると信じている。
決して慢心ではない。美神には実際にそれだけの力がある。
しかし、その程度のことで怖気づいてなどいられない。
これは月夜野かけるがクレセントとして、この世界のフィクサーとなるための一つのステップに過ぎないのだから。
「お前から来ないのなら、こちらから仕掛けさせてもらおう!」
かけるが地を蹴って、美神めがけて剣を振るう。
それとタイミングを合わせて、魔王も同時に攻撃を放った。
対して美神は、穏やかな笑みを見せたまま回避も防御もせず、結果全てが命中した。
普通の人間ならば致命傷を負う、下手をすれば即死レベルのダメージだ。
けれど美神相手に、そんな常識は通用しない。
「くすぐったいじゃないか、かける君。なんだい、今の弱っちい斬撃は? 本気で殺しに来てくれないと、つまらないじゃん」
そう言ってにっこりと笑った美神の白い肌には、傷ひとつ付いていない。
当たったと思ったはずの攻撃は、全く届いていなかった。
かける自身はおろか、魔王三人すらも凌駕する圧倒的な強さ。
敵わない。
絶望し、戦意を喪失したかける。
どうにかして撤退をしようと画策していると、突然どこかから女性の凛とした声が響き渡った。
「争わないで」
その一言で、戦闘が止まる。
続けて、二言目。
「魔王は滅びて」
刹那、何の前触れも無くイグニス、フォコン、グラーチの魔王三人が跡形もなく消滅。
そして最後に。
「わたしのことは忘れて」
美神を除いたこの場にいる全員の記憶から、読の存在は消された。
ムーンサルトの月夜野かけると幹部十二人、主を失った魔王の従者、そして修道女たちが全員去った後。
修道院の礼拝堂で、かつて味方だった佐藤美神と語部読は静かに対峙していた。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは美神だ。
「読さん。直接会うのは千年ぶりですね。今日はどうしたんですか?」
感情の読み取れない、虚無の表情で問うた美神に、読もまた無表情で答える。
「わたしは佐藤美神が倒し損ねていた魔王を倒しに来ただけ」
「別にあたし一人で殺れました。助けなんか求めてません」
「こういう時はありがとう、でしょう?」
「はいはい、ありがとありがと」
少しだけ千年前の関係性が垣間見えるやり取り。
「だけど、せっかくだからついでに忠告。今の佐藤美神は、善神ではなく邪神。このままだとザカリ正教の支配力は直に弱まる。これからも好き勝手したいなら、よく考えて行動なさい」
「何それ、どういう意味?」
「そこまで教える義理はわたしにはありません」
中途半端なアドバイスを口にした読は、踵を返すとおもむろに修道院を後にした。
「本当、昔から変わらないよね〜。読さんは」
礼拝堂に一人残された美神が独り言ちる。
その時、千年前を懐かしむ勇者の虚ろな目には、ほんのわずかに光が戻っていた。




