貸切86号車 修道院襲撃
2024年10月30日にカクヨムで公開したものです。
ザカリ正教修道院の正門に、一台の大型バスがやって来た。
門番を務めていた修道女が運転席の窓をノックし、声を掛ける。
「あなたが御者ですか? 許可証はお持ちでしょうか?」
普段取引している相手ではない訪問者。そして見慣れない乗り物。
訝しんだ様子で問いかけた修道女に、ハンドルを握ったままオクトーバーは答える。
「そげんです。アポイントは取って無かです」
「それは困ります。事前に許可を得てからでないと、中へ通すことは出来ません。ちなみにご用件は?」
「用件……。ざっくり言うと、教祖様を殺しに来たっちゃけん!」
「っ! あなた、テロリストね!」
修道女が拳銃を抜くよりも早く、オクトーバーはバスを発進させた。
門を強引に突き破って敷地内に侵入。
建物の入口に横付けするとすぐに扉を開けた。
「佐藤美神、姿を現すが良い! 然もなくば、ここにいる修道女を皆殺しにするぞ!」
月夜野かける改めクレセントがバスを降りながら叫ぶと、異変に気付いた修道女が続々と集まってきた。
「貴様、月夜野かける……! ここに何をしに来た!」
「まさか、あなたの方から出向いて来てくれるなんてね。手間が省けて助かったわ」
あっという間にバスの周りを包囲されてしまう。
しかし、クレセントはそんな絶体絶命の状況にも全く怯むことなく声高に続ける。
「我らは正義を成しに来た! 何も知らぬお前らに教えてやろう。ザカリ正教の教祖は千年前の勇者、佐藤美神だ。お前らが仕えているのは神などではない、ただの人でなしだ!」
「適当なことを言うな! 教祖様は正真正銘、天上の神であらせられるぞ!」
クレセントの主張に、信心深い修道女が反駁する。
その根拠の乏しい反論に、クレセントはこちらの思惑通りだと笑った。
「ふっ。適当ではない。証拠もある」
「証拠だと?」
「生き証人を連れて来た」
バスから更に二人が降りてくる。
その人物を見て、修道女たちがわずかに動揺したのが分かった。
無理もない。
千年前に佐藤美神によって滅ぼされたはずの魔王、イグノスとフォコンが目の前に現れたのだから。
「さて、勇者美神はどこだ?」
「俺らが怖くて隠れている、なんてことは無いだろう?」
「さあ。早く姿を見せろ、佐藤美神。猶予は十秒だ。もし無視をすれば、我らによって修道院は瞬く間に血の海と化すであろう」
カウントが開始される。
「ふざけないで!」
その時、一人の修道女が銃を発砲した。
だが、放たれた弾はクレセントには届かない。
駆けつけたフェブラリーが魔法を発動して弾を跳ね返したのだ。
そして、方向を180度変えた銃弾は発砲した修道女の心臓を貫いた。
「くっ…………!」
胸を押さえながら、苦しげに倒れ込む修道女。
「おいクシーディ、しっかりしろ!」
そばにいた仲間が慌てて抱きかかえるも、彼女の意識は朦朧としていて返事は無い。
「ほら、早くしないと犠牲者が増えるぞ! 佐藤美神!」
その様子を見て、不敵な笑みを浮かべながらクレセントが大声で呼びかける。
するとそこへ。
「うるさいなぁ。あたしに用があるならそんな回りくどいことしないで、さっさと皆殺しにしてればよかったのに」
そう言いながら、セーラー服の少女が面倒そうに建物から出て来た。
少女の放つ圧倒的なオーラに、修道女たちが一斉に言葉を失う。
魔王よりも強大で、凶悪な魔力。
この少女こそが佐藤美神。
千年前の勇者にして、偽りの神である。
美神はイグノスとフォコンを認めると、穏やかに微笑んだ。
「久しぶり、魔王さん。転生してたんだね? それじゃあまた、殺してあげよっか」




