第八話:贈り物
side:シド・ノワール・アストレア
コン、コン、コン——。
静まり返った書斎に、規則正しいノック音が響いた。
ペンを置き、書類から顔を上げる。
「どうぞ。」
「失礼します、シド様。」
入ってきたのは、白髪を後ろに撫でつけた老執事・マルトルだった。
長年仕えているだけあって、年齢を感じさせぬほど背筋が伸びている。
だが、その手に抱えた革袋には、妙な緊張が漂っていた。
「……どうしたの?」
「私の兄が仕えておりますアレクシス・ロベリア・エルフェリア様から、贈り物が届
きました。」
「贈り物? 珍しいね。」
眉を上げる。
エルフェリア家から直接何かが届くなど、ここ数年記憶にない。
そういえば最近、公爵から子息であるアレクシス・ロベリア・エルフェリアに魔法の指導を頼まれて承諾したばかりだった。
おそらくその礼だろう——軽くそう考えたが、マルトルの表情がそれを否定していた。
「どうした、マルトル?」
「……その、袋の中身が……蠢いているような気がいたしまして。」
「……蠢いている?」
思わず視線を向ける。
上質な革で作られた袋が、かすかに——ほんのわずかだが——うごうごと揺れていた。
風もない室内で、自然に動くものなどあるはずがない。
「……マルトル、その袋をこちらへ。それと、君は距離を。」
「……かしこまりました。」
老執事はわずかに顔を引きつらせながら、袋を机の上にそっと置く。
その手には、長年の使用でできた無数の小さな傷がある。だが今、その指先は震えていた。
手紙に気づき、それを取り上げる。
『この中身は突然変異したアルラウネの一部です。危険だと思ったら全属性の魔法を使って燃やしてください。
アレクシス・ロベリア・エルフェリアより。』
「……アルラウネの変異種? なぜ、そんなものを……?」
声が自然と低くなる。
アルラウネといえば、魔力を持つ植物の一種だが、通常、変異などあり得ない。
しかも“危険だと思ったら全属性の魔法で燃やせ”とは、何を意味する?
普通、炎属性だけで十分なはずだ。
嫌な予感が胸をよぎる。
「……開けるよ。」
短く言い、マルトルに退避を促す。
息を殺しながら、袋の口をゆっくりと開く。
その瞬間——
「……っ!」
思わず息を呑んだ。
そこにあったのは、”花”とは到底呼べぬ異形だった。
七色どころか、あらゆる色が混ざり腐り落ちるような、粘りつくような色彩。
蕾の表面は蠢き、うねり、まるで何百もの虫が中で渦を巻いているように波打っていた。
そして、鼻をつく――腐った果実のような、あまりに甘ったるい悪臭。
「……なんという、冒涜の産物……!」
反射的に詠唱が口を突く。
『シアリング・ブレイズ!』
赤き魔法陣が展開し、炎が袋の中身を包み込む。
だが――燃えない。
「……な、ぜ!?」
本来なら植物ごとき、一瞬で灰になるはずだ。
それなのに、燃えるどころか、動きが激しくなっていく。
蠢く。震える。囁く。
耳の奥で、何かが――笑った気がした。
「本当に……アルラウネ……なのか……!?」
肌が粟立つ。
本能が警鐘を鳴らしていた。
深く息を吸い込み、決断する。
「……忠告通り、全属性で行かせてもらうよ。」
右手を掲げ、六つの魔法陣を同時に展開。
空気が軋み、光が弾ける。
『光の奔流――《エンジェル・オービット》!』
『大地の盾よ――《アース・ユーゴロイヤ》!』
『水の雫よ――《ヒュドロ・ドロップレット》!』
『闇の旋律――《オクルト・ラプソディー》!』
『雷帝の咆哮――《ドゥンデル・スクアート》!』
それらを同時に叩き込む。
五つの属性魔法が交錯し、室内に轟音が響く。
一瞬の静寂——
そして、 ジリジリと焦げる音、パンッ、と何かが弾ける音が同時に響いた。
黒煙が立ちこめたあと、そこには焦げた肉片のようなものが転がっている。
「……動きが、止まった?」
慎重に近づき、指先でその欠片をつまむ。
粘りつく。ぬるりとした感触。
見た目は植物の一部――だが、手に残るのは”生き物”の感触。
「……一体、何を送ってきたんだ、アレクシス・ロベリア・エルフェリア。」
静かな声の裏で、魔力が揺らめいた。
眼差しに、怒りと困惑、そしてわずかな恐怖が宿る。
「マルトル。」
「はっ。」
「至急、馬車の準備を。行き先は――エルフェリア公爵領だ。」
老執事が深く頭を下げる。
その瞬間、もう一度、焦げた欠片に目を落とした。
それは確かに、燃え尽きている。
だが、焦げた表面の下で微かに、光った。
ほんの一瞬、赤黒く。
まるでまだ”生きている”かのように。




