第四話:最初の災厄
「リ、リオ。もしかして、もう王子様には会ったことがあるのかい?」
その瞬間、俺の背筋を冷たい汗が伝った。
まさか、もうあの地獄みたいなクソ王子がリオの前に現れていたとか、そんなバッドエンド予告じゃないよな……⁉嫌だ、自分が死ぬのも嫌だし。リオが死ぬのも嫌だし、あんなクソゴミ王子に天使をのうのうと差し出すのが嫌だ!!!!
「いいえ、まだないですわ! お父様が、もうすこしおおきくなったらねとおっしゃってましたけど……」
……助かったぁぁぁぁぁ!!
ありがとう父上、ナイスガード! 心の底から感謝状を送りたい!あんたが神だ!
「こんなすてきなおくりものをしてくださるかたですもの! きっといいひとにちがいないですわ!」
(…ごめんリオ、その“いいひと”って多分ドドドドド屑だよ!? 将来的に君と俺の命を奪う最悪クソゴミ王子だよ!?)
「おあいするのがたのしみですわ!」
無邪気に笑うリオ。
その笑顔が尊すぎて、思わず拝みそうになる――が、同時に未来を思うと胃が痛い。
これ以上は精神がもたない。話題を変えよう。
「と、とりあえず、お絵かきしようか……! 僕、リオの描いた絵が見たいなー!」
棒読みだったかもしれないが、幸いリオはきらきらと目を輝かせて頷いた。
よし、平和ルート突入。
筆を手にしたリオは、嬉しそうに紙へと色を重ねていく。
赤、青、黄――さらに緑、紫、水色……ん? 重ねすぎじゃね?
混ざってもはや何色かわからないレベルだぞ。
「リオ、何の花を描いているの?」
「このあいだ、おさんぽしたときにみつけたおはなですわ!」
お散歩中に見つけた花? でも、こんなカラフルなやつあったか?
いや、どこかで見覚えが――。
「……リオ、この花って、こんな感じかい?」
試しに筆を取って、記憶の中の“それ”を紙の上に描いてみた。
リオはぱっと笑顔を見せて頷く。
「ええ、わたしが見たのはつぼみでしたが、よくにていますわ!」
……ビンゴ。嫌な予感が的中した。
「魔欠病の原因……モルス・アルラウネ、かよ……」
思わず、声が震えた。
リオが無邪気に描いたその花――それは、この国を滅ぼしかねない毒草だった。
アルラウネ。
古来より“マンドレイク”とも呼ばれる植物。
薬草として使われるが、根には幻覚と狂気、そして死を招く神経毒が潜む。
ここまでは普通の話。
だが、“モルス・アルラウネ”は違う。
隣国から持ち込まれた変異種で、魔力を吸い尽くす。
一輪咲けば、周囲一キロ四方の魔法植物は枯れ果て、魔物すら生きられない。
その存在が確認された場所は、まるで焼け野原のように灰と化したという。
魔欠病の感染経路も、この花の性質と酷似していた。
ただ、一つだけ奇妙な点がある。
――魔力の高い者ほど、侵食が遅いのだ。
普通なら、魔力が多ければ多いほど侵食具合がひどく、早く亡くなっていく。
だが、モルス・アルラウネは違う。
まるで生きているように、良質な魔力を見極め、じっくりと味わう。
まるで“獲物を腐らせずに保存する”かのように。
そして、貴族、特に王族に近くなっていくほど魔力量は多く、質の高い魔力を持つ。
(つまり、リオが近づけば……)
喉が鳴った。
嫌な汗が首筋を伝う。
「リオ。その植物には、二度と近寄らないで。とても危険な植物だ。」
思わず真剣な声が出た。
リオは驚いたように目を瞬かせ、けれどすぐに小さく頷いた。
「……わかりました。にいさまがそうおっしゃるなら。」
(いい子すぎて泣ける……)
「ところで、これはどこに咲いていたのかい?」
「えっと……おやしきからすこしはなれた、もりのなかに……」
森。
つまり、もうこの土地に侵入してきているということか。
「ありがとう、リオ。」
その小さな頭を撫でると、リオはふにゃっと笑った。
世界でいちばん可愛い笑顔だ。
この瞬間を保存したい――なのに、この世界にはカメラがない。
くそっ、魔法でカメラ作れないかな……。
(いや、今はそれどころじゃない)
モルス・アルラウネがエルフェリア家の森に? そんなはずは――。
ゲームの記憶では、あれが現れるのはもっと隣国に近い、いわゆる辺境だった筈。
それが、もう?この距離で?
――まさか、自ら動く個体か?
「……厄介だ。」
静かに呟いたその言葉が、空気を震わせた。
どんな怪物より恐ろしいのは、“知らぬうちに隣に咲いている災厄”だ。
俺は心の中で固く誓う。
(絶対に、リオには触れさせない。あんなもので、この子を傷つけるものか!)




