片翼と初恋
_僕の声は、届かないから。_
その言葉が初めて聞く彼の声だった。その声は低音の部類で、でも何処か、甘かった。
「わざと?その髪」
そう、話しかけたのは私から。目付きはきついけれど、それ以外は綺麗で格好良かったから。
彼の髪は元の色を抜かずに赤を入れたのか、赤ワインみたいな深い色だった。
ちらり、と、私をみやってから彼は無言でペットボトル片手に奥へと消えてしまった。
「何アレ、感じ悪ーい。由香、大丈夫?」
「うん」
「つか由香。良く話しかけようと思ったね」
近くにいた友人達が、私を気遣って声をかけてくれたが、私は放心していた。
彼の焦げ茶色の瞳はアーモンドみたいな形で、そのパーツだけなら並のモデルと同等だろう。
「彼、有名なの?」
友人の一言が気にりなり、私は彼に向けていた顔を友人へと向けた。
友人が無言で私の後ろを指差した。その方向には、大きな半立体の絵が展示されていた。
天使の絵だろうか、構図の関係で全体の半分が背景に消されて顔に至っては完全に消えている。
「…あれ…?」
ふと、気付いた。その絵には、可笑しな点がある事に。良く見ないと解らないくらいの違和感
その天使の絵は、まるでだまし絵であるかのように、天使の翼が、片方しかないのだ。
いや、正確には違う。向かって左側の翼は、ちゃんと生えているのだ。そこは普通だ。
けれども、もう片方はどうだろう。まるで毟り取られたみたいに、僅かしかないのだ。
「どうしたよ?アイツの絵に、心惹かれた?」
「うん…片翼の天使なんだなって…」
「え?」
長いこと、私が彼の絵を見ていたからだろう。友人がからかい半分に声を掛けてきた。
私は彼の絵を見つめながら、描かれている天使が、片翼である事を教えた。
友人達は気付いていなかったのか、眉根を寄せてジッと彼の絵を見た。
「あ、本当だ!良く気付いたねぇ」
「ほんと、ほんと。あたし達、構図と色に騙されてたのね」
関心したかのように友人達が私に言った。たぶん友人達は、それほど彼の絵に興味が無かったのだ。
ただ彼の作品は良く、ゴシックやヴィジアル系を好む人達に好かれている。それだけの認識だった
でも今、私が天使の翼が片方だけ、という発見で友人達は少しばかり認識を変えたようだ。
こういうこと出来るスキルもあるんだ、という具合に。
それはそれで良いけれど、何処か納得がいかなかった。だから私は、絵を近くで見ることにした。
それから何日経っただろうか、気付いたら私は、彼の作品が好きになっていた。
「良く飽きないわね。そんなに良い?」
「うん」
今の私には「うん」としか返事が出来ない。心と視線が、彼の作品に向いているから。
そんな日々、私は遅くまで課題の作品を手掛けていた。あんまり、妥協はしたくないのだ。
学園祭に出す作品だし、これが何かきっかけで、将来への良い足掛かりになるかも知れないからだ。
そろそろ息抜きしようと伸びをしたら、彼の属する教室に明かりが灯っていた。
半開きの扉に填っている硝子窓から覗くと、彼が大画面を前に仰向けに倒れていた。
足は胡坐のまま、筆を持ったままの手は腕ごと顔の上で交差させていた。
「…あの…大丈夫…?」
少しばかり顔を覗かせながら、彼に問う。どうしたのだろう、調子悪いのかな。
彼は腕を退けて私を認識すると、ゆっくりと起き上がって私を見つめてきた。
それから視線を私から、例の片翼の天使へと移した。つられて私も天使を見遣る。
見れば見るほど彼の描いた天使は不可思議で、見えない顔が、悲しい笑みを浮かべていそうだ。
「僕の声は、届かないから。だから、」
突如として甘く低い、そして囁きのような声が聞こえた。そうして彼は、私に向かって頭を下げた。
「大丈夫。私には聞こえるよ、あなたの声。だから、」
私は彼を抱きしめた。私の頭一個分、大きい彼を、抱え込むように抱きしめて気付く。
ああ、なんて不可思議で不器用な恋だろう。私が好きなのは彼の作品じゃない、彼そのものだ。
気付いた時、私は彼を抱きしめたまま、天使を見つめたまま、涙を流していた。
そして想う。私は彼が好きだから、彼の描いた片翼の天使に、誓いたい。
“どうか赦して下さい。私のような女が彼のように繊弱な男に恋心を抱く事を…”
完全手探りの初・恋愛小説、あっさりした文章です多分。
舞台が専門学校なのは、作者がデザインの専門出身だからです。
でも最初はアマチュアバンドとファンって舞台にしようとしたんですが、
ライブとかのシステム?に詳しくないので断念致しました。←