川
それは日照りの暑い夏の日の事だ。
というか暑い。
ひたすら暑い。
築五十年のアパートの天井を見上げ僕はため息をついた。
いや。
暑い。
座布団を枕にしていた僕はゴロリと横を向く。
ひび割れたガラス窓を塞いでいるガムテープが視界に入る。
いい加減に窓のガラス交換してほしんだけどな~~。
外を見たら大木が見えた。
木の種類は分からない。
キュイン。
機械音がするが気にしない。
いつもの事だし。
その木にはセミが二匹いた。
その姿がくっきり見える。
ミ~~ン。
ミ~~ン。
ミンミン。
ミ~~ン。
蝉の鳴き声が煩い。
僕は休日に自宅アパートで寝ころんでいた。
時間にしてお昼過ぎ。
昼食のソーメンは美味しかったが正直言おう。
足りんわ。
それもこれも貧乏が悪い。
ブンブンと回る中古の扇風機が煩いが其れどころではない。
暑さで項垂れていたからだ。
貧乏人にクーラー買う金なんか無い。
扇風機が精々だと思う。
後は水風呂とかだな。
プールや温泉なんて贅沢と思います。
冷蔵庫からスポーツドリンクを出して飲んでいた時の事だ。
スマホが鳴った。
友人の暁真央からだ。
元はバイト先の上司だった人だ。
何故か意気投合して友人になった。
年の離れた友人。
こちとら二十代で向こうは五十代。
親と子ほど離れてるが不思議と気が合った。
何故か。
いや。
普通におかしいよな。
幹部だろう此の人は。
僕はバイト上がりの下っ端だが。
しかも他の幹部からは何故か恐れられてるけど。
何で僕と仲良くしてるんだ?
訳が分からない。
「どうしました?」
「今さあ~~暇か?」
「まぁ、暇だけど」
「暇ならバイトしない?」
「いつ?」
「今から」
「さいなら」
思わず僕はスマホを切ろうとした。
「待て待て」
「あんだよ」
「幾ら何でも断るのが早すぎる」
「嘗て。暇だった大学時代と違って、今の自分は社会人だぞ」
「だから何だ?」
「月に二日しかない貴重な休日を返上してたまるか」
僕の会社は勤務時間が鬼である。
バイトしていた会社から正社員への勧誘を受けたのが間違いだった。
十六時間労働で休日は月に二日のみ。
完全なブラックだが仕方ない。
というか会社ではなく組織なんだが。
就職氷河時代を抜けたとは言え流石に此れは無い。
だけど組織を抜けたら命の危険が有る。
機密保持の関係らしい。
これって普通に闇の組織だよね?
それが何で普通にバイトの募集欄で頼んでいるんだろうか?
バイトなのに組織を辞めたら死をもって償えとは此れ如何に。
「日給一万だす」
「さいなら」
「待てっ! 更に五千出す」
「縁が無かったという事で」
「仕方ない。日給二千円にするか」
行き成り値段を下げたよ。
「馬鹿にしてます?」
「それプラス今後は週休一日に上に掛け合ってやる」
「今後は忠犬と私をお呼びください」
「……」
この無反応は呆れてるのではないと思おう。
うん。
「それで何をするんです?」
「組織の為に化け狐をスカウトに行く」
「……」
正気を疑う発言だ。
だが僕の所属する組織はこれぐらいは平常運転と言おう。
というか友人と僕がその組織の手足だし。
「行先は?」
「佃島」
佃島。
御由緒によると1590年、徳川家康公が関東下降の際に摂津国佃村の漁夫33人と
神主平岡権大夫好次が江戸に移住し、現在の地を埋め立て築島した際に佃島と命名
稲荷神社は日本の至るところに存在するポピュラーな神社の一つ。祀られているのは“狐”。稲荷神社では、商売繁盛を祈願する神様として“狐”が祀られているというのも有名な話だろう。
そして、狐は「化け狐」など怪異として語られることも多い動物でもある。佃島に祀られているお稲荷様は、1858年の幕末に現れた「化け狐」だそう。
佃島に狐に憑りつかれ、叫び暴れまわっている漁師がいた。そこへ1人の女性霊能力者が流れつき、お祓いをすると、なんと漁師の体内から1匹の狐が飛び出したという。住民たちは、すぐにその狐を取り囲み、打ち殺す。「化け狐」の死体を見て我に返った住民たち。急に恐ろしくなった住民たちが、死体の処理について霊能力者に相談すると、
「灰になるまで燃やし尽くし、地中に埋めなさい。その上に社を建てるのです」と助言した。
それがこの「於咲稲荷神社」らしい。
うん。
上を見上げた。
高層ビルが複数立ち並ぶ。
高層ビルと言う程高くないかもしれんが。
周囲を見渡すと民家は少なくビルしかない。
「これ狐居ないのでは?」
「普通の稲荷神社はな」
僕の言葉に応える友人。
友人はその脂ぎった体を震わせ道路の向こうから歩いて来た。
五十代後半。
白髪交じりの黒髪に日焼けした肌。
直射日光を避けるためのグラサン。
ビッチりとしたTシャツにジーパン。
靴下にサンダルを履いていた。
金属バットを持っているのは気にしないでおく。
えらく変形してるけど気にしないでおこう。
「本当に化け狐が居るんかい」
「居る」
「どこに?」
「あの世」
その瞬間僕は意識が飛んだ。
後頭部に痛みが有ったと言っておく。
気が付くと眼前に大きな川が有った。
真ん中に。
大きな川の対岸に二本足で立つ動物の大群が見えた。
「今日こそは化け狸達に目に物を言わせてやるううううっ!」
「おおおおおおっ!」
「ぶっ潰すっ!」
片方に化け狸。
「何を貴様らあああああっ!」
「返り討ちにしてやるっ!」
「我らの餌場を取り返したるっ!」
もう片方には化け狐がいた。
うん。
ナニコレ。
「ぼさっとしてないでスカウトしてくれ」
「ここは何処?」
「あの世」
「あの世おおおおおおっ!」
「心配しなくても一時間後には生き返るだろ」
「え?」
「忘れたのか?我々が改造人間だという事」
「あ」
忘れてました。
悪の組織『ケッター』に改造された僕らは不死身でした。
致命傷を受けても一時間後には蘇生するぐらい。
「何でまた化け狐をスカウトするんですか?」
「ついでに化け狸もな」
「何で勧誘するんですか?」
「首領が此のイメージで自主映画を作りたいからそうだ」
一枚のポスターを見せてもらった。
「僕こんな下らない物の為に一時的にでも死んだんだ~~」
「死ぬことも給料のうちだ」
「泣きたい」
うん。
「さっさと仕事終わらせるぞ」
「そうですね」
そうして僕らは同じ言葉を呟いた。
「「変身」」
友人はスカートを履いたダチョウに変身。
僕は上下ジャージの様な強化服に簡易型身体強化仮面を纏った。
戦闘員A。
それが組織の正式な僕の名前だ。
正式名称は。
戦闘用簡易型機械式改造人間人員。
略して戦闘員。
しがない組織の下っ端だ。
いやガチで。
泣きたいことに。
今日も組織の理不尽な命令に振り回せられる下っ端です。
泣きたいけど。
「急ぐよ」
「はいはい」