僕は犬
やぁ!僕はとある最高の主に飼われた犬だ!
主とはもう出会って何年になるんだろう...うん...細かいことはわかんないや。けど、ずっーと一緒にいるってことは覚えてる!
ま、そんな話は置いといて、今僕がいるここが主の一軒家!分かったかい?
...え?急すぎて何を言ってるか分からない?もっと詳しくって?もう、欲張りさんだな〜。
茶色いフローリングに、真っ白白の壁!これでいい?
え?ダメ?もっと細かく?うーん。注文が多いなぁ、全く。
ゴホン。一軒家って聞くと、2階があると想像するかもしれない。でも、2階があると一緒に暮らすにしては広いから、ないタイプの一軒家を主は選んだんだ。
その代わり、すっごく天井は高いし、僕がよく遊ぶ中庭もある。
豪華とは言えないけど、いい家に住ませてもらってると思う!
でも、主がミニマリストで、本当に何も無い空間なんだ...
せっかく一軒家に住んでるっていうのにねぇ...少しくらい彩ってもいいのに...
で、でもね!そんな殺風景でも、僕がよくいるリビングだけは彩ってる!
カーペットが敷かれてて、テレビもあって、少し低いけど...テーブルがあって、ソファーもある!
そんな所で主と暮らしてるよ!
今日は忙しい主も仕事を休んでるみたいだし、なかなか2人で一緒に居られることも少なくなってきたから、今はテレビを見ながら主と共にティータイムを楽しんでるよ!
僕は飲めないけど、主と一緒に居られるだけでいいんだ!
...最近寒くなってきたから、寄り添って主の体温で温まってるって言う方が正しいのかもしれない...けど、ほんとに主とはずっと一緒にいたいって思うよ。
こんなもんでいいかな?
...う〜ん。いざ話すことがないと暇だなぁ...よし決めた!
今の主との運命的な出会いでも話そうかな!
それはそれは昔の話...ペットショップで呑気に他の子犬たちと雑談にふけっていた時のこと。僕の目の前にスーツ姿の体の弱そうな人間が通りかかりました。その通りかかった人間は...まあ...なんていうか...
す、全てを諦めたような顔をしていました。
目線がずっと遠くの方を見つめていて、まさに死んだ顔と言えるような風貌でした。それに、頬も痩せこけ、歩き方も軸がブレブレでもはや今から死んでしまうのではないかと心配してしまうほどでした。
僕は心配でしかありませんでした。こんな人間を見るのは初めてだったから。元々人間なんてどうでもいいと思っていた僕が、こんなにもあの人間のことを考えていた。
その様子に誰も声をかけず、見て見ぬふりをする人間達にも苛立ちを覚えていた。
直感で分かった。この人間はじきに死んでしまうと。
僕はどうにか、こちらに振り向かせたかった。
死んでほしくなかった。
その一心で、通り過ぎようとしたその人間に必死に吠える。ガラス越しで声がそちらに届かなくとも、何とか振り向かせるために吠えまくった。
決め手となったのは1人の人間の声。
「あ、あの...?そちらの犬があなたに対して吠えてますよ?」
「...そうですか...」
チラッとそちらの人間の方を向いたあと、そうぼそっと呟いたが、またすぐに下を向き、進もうとしていた...が発言の何かが引っかかったのか、また立ち止まる。
「...ん...?犬...だって...?」
そう言い放った瞬間、必死に何かを訴えかける犬の方に首を向けた。
(はっ!こっちを向いてくれた!そうだよ!僕を見て!死なないで!)
「...」
(...立ち止まってくれたのはいいものの、じーっとこっちを見てる...どうしたんだろう...?あれ...?よく見たら...)
「なんで、あの犬はあんなに俺に...ってあれ...なんで...そんなつもりないのに勝手に涙が...」
(涙...?)
そう。涙だった。それに無意識の涙。主は、もう精神状態がギリギリだったんだと思う。仕事のストレスもあるだろうしね。
その後、僕はその人間を今の主として飼われることになったんだ!いやぁ、あそこで僕が吠えなかったらどうなっていた事やら。あぁ〜考えるだけでも怖い怖い。
飼われる前のペットショップでの生活も楽しいっちゃ楽しかったし、友達も沢山いた。正直、少し寂しかった。
でも...
今はすっっっごく楽しい!僕の人生もやっと楽しくなってきたって感じに思うよ。今でも。
なんて言うんだろう...色がついたって言うのかな?主がそんな風な表現を使ってた気がする!
と、その時。ぼぉーっとテレビを眺めていた主が急に立ち上がった。どうしたのかな?
「レオ!少し出かけようか!ちょっと辛いかもしれないけどね!」
ワン!
(...!やったぁ!久しぶりに主と散歩タイムだ!最近はボチボチだったからなぁ...よし!気合い入れるぞぉ〜!)
そうして僕は、重い体を何とか立たせ、歩くことにした。
あぁ...風が少し気持ちいいなぁ...おっ!あれは近所の...なんだっけ?誰だか忘れちゃったなぁ...
「レオ〜!こっちこっち!よく遊んでくれてた市橋さんだよ!ほらほら挨拶!」
あ!あの人かぁ!思い出せたぞ!
ワン!
誰もが笑顔になる元気な鳴き声であった。
「そう!それだよ!レオ!いいねぇ...うっ...あぁ...ぐすっ。」
「葛城さん...早いですよ。まだ...ま、まだ...うぅっふっ...」
「そんなこと言って市橋さんも...うっ...すっ...違うよ...」
...なんで泣いてるの?可笑しいなぁ...何があったっていうんだぁ?
こんな時は...
ワン!ワンワン!
さっきよりも響くような、誰もを幸せにさせる鳴き声であった。
「...レおぉ...そうだよなぁ。こんなんじゃダメだよな。」
そんなことを言い放った後、首をブンブンと横に振り、涙を腕のそこらかしこでテキトーに拭った。
ワン...?
(うーん...なんで泣いてるのかは分からないけど、まぁ元気になってくれたらいいか!)
「市橋さん。あそこのベンチに座って、少し話でもしませんか?」
「そうですね。行きましょうか。」
そう言って、主たちは僕を除いた談笑を始めた。ちぇっ。暇だなぁ。もっと遊びたいのに。遊びたい...?
いやぁ、やっぱりそんなことも無いかもな。疲れるしね。
2人は、談笑を楽しんでいた。特にレオに関する思い出の事だった。
「あの時のレオはほんと凄かったんですよ?誰にもお構い無しな感じで。まるで魔王みたいに。」
「魔王って。面白いことを言いますね。葛城さんは。」
そこで、話を切り出す。
「市橋さん。レオが、そろそろかもしれません。家に、戻ってもいいですか。」
「...ええ、構いませんよ。”最期”はあなたが共にいるべきだ。もう、気の済むまでいい顔を見れました。」
「ありがとう...ございます。」
ワ、ワン?
(え!?もう、戻っちゃうの?
いや、確かにちょっと寒くなってきたし、眠くなってもきたけど、主の為なら多少無理したって...ってダメかぁそれじゃ。)
主、喜ばないもんなぁ。
戻ろう。
そうして、僕たちは家にもどった。
あるじは何だか元気なのかどうか分からないへんな顔をしていたけど、気にしないことにしよう。
お!キッチンにいた主が帰ってきた!
「レオ。ほら。これ。ずっと食べたかったんだろ?顔みてたらわかるぞ。」
そう言って、チョコレートを差し出した。
ワン?
(え?いいの?いいの?あるじ、いいの?ずっとたべさせてくれなかったこれを?)
「いいよ。食い...な...。」
ワン...
(やったぁ。ありがとう...あるじ。)
喜ぶレオとは裏腹に、主は元気のかけらもない鳴き声に、悲しみを覚えていた。
(でもごめん、あるじ。僕、ねむいや。あした、たべようか、な...)
レオの濁った目が、瞼で見えなくなる。
もう、レオは二度と目を覚まさないだろう。
◆◇◆◇
「よく14年も生きててくれたよ...俺は、本当に幸せものだった...ずっと大好ぎだぞ...レオぉ...レオぉ...れ、お。」
そう言って俺は、亡骸に顔をうずめた。
あとがき
レオは老犬でした。それに認知症。病気も患っていて、獣医師からは余命宣告をされていました。レオが主である葛城の事を名前で呼ばないのは、もうすでに認知症の症状で忘れてしまっているからという設定です。