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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第21話「行方」

 誰も聞いていないかを確かめるように視線を動かすので、アデルハイトはすぐに周囲へ音が漏れにくいよう小さな結界を張った。


「問題ない、聞こう。何か話があるみたいだが」


「ええ、その。キャンディスには会っていないのですか?」


「……? ああ、連絡も来ていない。せっかく学園祭も始まったのに」


 キャンディスがジルベルトとエステファニアを連れてくるはずだった。しかしいつまで経っても現れないので、不思議には思っていた。


「そう、それです。私もキャンディスに、お師匠様が許して下さったから、ぜひ会いに行きましょうと伝えられたのが四日前。そして二日前、帝国軍が戦線の後退を始めたのです。理由は分かりませんが……やっとそれでキャンディスに返事をしようと渡されていた魔石で連絡を試みたのですが、残念ながら返事はなく」


 本当ならキャンディスに迎えてもらって、それからの出発を予定していたが当日まで連絡もなく、いつ行っていいかもわからないままでは困ると昼まで待った。しかしやはり現れないので、諦めて先にアデルハイトに会いに来た。


 結局、そこにもキャンディスはいなかった。


「ジルベルトにも会えないでしょう。なんといいますか、こう、勘が働いたとでも言うのかもしれませんが、あなたに会うべきだと思って」


「ふむ。それなら昨日ディアミドがカシュランに向かって……」


 ギュンター領の心臓部とも言える町、カシュランはジルベルトが他の貴族には任せず、自ら管理を行っている騎士たちの町だ。最強を目指す男のためにディアミドはひと肌脱いでやろうと二日前に向かい、その日のうちに帰還すると『わりぃ、他の仕事が入っちまったんだ』と言って、学園祭には顔を出せないと残念そうに告げた。だからよほどの仕事なのだろうとアデルハイトは口を挟まなかった。


「ディアミドは来ていないのか?」


「さあ、そのような名前の方に覚えはありません。プルスカは?」


「は。報告にあげました通り、二日前以降の来訪者はゼロです」


 まさかカシュランで何か起きたのだろうか。嫌な予感が頭を過った。


「エステファニア、この後の予定は」


「何も。多少見て回ったら聖都に戻る予定でしたが」


 戦線を下げたとはいえ帝国軍が完全に撤退したわけではない。束の間の休息を味わったら、すぐその足で帰らなければ神官や信徒たちだけだと心配だ。彼らはエステファニアという聖女の力そのもの、失う事は避ける必要があった。


「ではカシュランへ誰かを向かわせよう」


「お任せします。それではわたくしたちはこれで。食事はまた次の機会と致しましょう。お時間を取らせてすみません、お師匠様」


 立ち去ろうとするエステファニアが、直前で一度だけ振り返った。


「……今まで……いいえ、なんでもありません」


 何も言わず立ち去るので、プルスカが深く礼をする。


「聖女様の気まぐれと存じていただければ。ありがとうございました」


 聖女が帰ったら、またぞろぞろと食堂に人が戻り始める。騒がしさの中、アデルハイトの顔色があまり良くないのでシェリアが背中をさすった。


「大丈夫? 何か気になるなら昼からは休んだ方が」


「わちきもそう思う。あまり良い雰囲気ではなかろうて」


 アデルハイトも、本心ではそうしたい気持ちでいっぱいだったが「人探しを頼んだら仕事に戻るよ」と、まだ何も分からない状況で不安になっても仕方がないだろうと受け入れて笑顔を作った。


「じゃあ、二人は先に戻っていてくれ。私は誰か知り合いを探してみる」


「うん、わかった。また後でね」


「結局昼メシはお預けとはのう……。何か買っていく時間があるとよいが」


 気分が優れないまま別れて、アデルハイトは学園の外へ出た。人々のごった返した空気から解放されると、少しだけ落ち着く。あまり考えたくない事ばかりが頭を過ってしまう。どうか無事でいてくれと何故か願ってしまう。


「おや、こんなところで油を売っているとは感心しませんね」


「フェデリコ。お前こそ、軍が忙しいときに暇そうだな?」


「管轄は此処ですから。それより顔色が優れないようですが」


「ああ、そうだな。せっかくならお前に伝えておこう」


 エステファニアとの話を伝えると、フェデリコも首を傾げた。


「はて。私が聞いたところでは北で帝国軍の掃討にあたると聞いておりましたが、本当にいらっしゃらなかったのですか?」


「エステファニアを信じるのなら、そうなるだろう」


 フェデリコは腕を組んでしばらく考えてから────。


「わかりました。これから司令部に戻って聖都への支援にディアミド・ウルフの関与があるかどうかを確認してきます。しばらくお待ち頂けますか」


「ありがとう。こういうときはお前が頼もしいよ、フェデリコ」


 褒められると、フェデリコは首をさすりながら小さく溜息を吐く。


「雑用は慣れてますから」


 善は急げとさっさと行ってしまったフェデリコに、アデルハイトはぽつんと残される。もう休憩時間もあと五分ほどに迫っている。そろそろ戻ろうか、と踵を返そうとして、どん、と誰かにぶつかった。


「おっと、失礼。私の不注意だった」


 ぶつかった相手の顔はローブを着ていて見えない。ただアデルハイトには見向きもせずに、ふらふらと何かを呟きながら歩いて行ってしまった。


「……? なんだったんだ、今の?」

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