第20話「休憩時間に」
元気な叫び声が響き渡る一方、先を進んだ者の中には出口の鍵を手にして、扉の前までくる事ができているのもちらほらといる。しかし、その全員が直前でリタイアしてしまったのが、最後に待ち構えた阿修羅だ。
見目にちんちくりんな民族衣装を着た可愛い少女。額の双角は異質だったが、幼さから考えれば大した事はない。ニコニコと扉の前に佇んで、やってきた者を驚かせて追い払うのが仕事だ。阿修羅にはとても簡単である。
「なんじゃ、此処を通りたいのか。それならわちきと遊ぼう」
「フフフ……。最後に待ち構えているのがこのような幼女とは拙者も見くびられたものでござる。確かに見た目はいかにもオタク気質ではあるが、実際のところはこう恰幅もよく、背も大きく育っているので臆病な性格とは縁遠い日常を送って来たゆえ、最後の最後で肩透かしを喰らわせるのは意外でしたが、なに、可愛さで締めくくって気持ちをひと安心させようという配慮には────」
耳障りだな、と阿修羅は瞬時に元の姿へ戻った。着ている服も妖力によって伸縮する特殊な構造だ。アンニッキが衣装を依頼しなかったのは、まさにこの瞬間のためとも言える。いくら縦にも横にも大きい体で怖いもの知らずと言えども、阿修羅にとってはただのダルマに過ぎなかった。
「ブツブツうるせえのう。遊ぶんか遊ばんのか選ばんかい、小僧」
手にした金棒で床を軽くゴンと叩くと、小さく揺れる。大きな体がずしんと仰向けに倒れて動かなくなった。
「ぬっ、おい。おいってば。アンニッキ、こやつ気絶してしもうた」
『はいはい、もう出口だ。そのまま放り出してくれて構わないよ』
「承知した。ではそのようにしよう。……腑抜けも大概にせよ、まったく」
そうして初日のお化け屋敷は大盛況。あっという間に噂が広がり、学園祭の目玉とも言える存在感を放った。男女ともに人気は別れ、男性人気はシェリアとマチルダが独占、女性人気はアデルハイトとチビ阿修羅が強かった。
十一時半になると、昼のチャイムが鳴り響いてアンニッキが『休憩、休憩~~~!』と昼食を取る時間を設けた。学園内の食堂も大賑わいで、席が空いているのかどうかも一目では分かりにくい。
「せっかく来たけど、いっぱいだね」
「わちきらの席はなさそうじゃのう、どうするアデル?」
「一時間しかないし待ってはいられないな。外へ行こうか」
何人かに分かれての昼食。せっかくならと阿修羅がこの機会にウィリーを近づけさせようと誘ったが『他の連中ほったらかすわけにもいかねえ』と、友人想いの一面を見せて──アデルハイトに良い恰好をするためではあるが──別行動となった。アンニッキも忙しいため同行できず、三人での昼食のつもりだったが食堂の賑わいぶりには時間を取られるだけだと諦めて何か買って帰ろうかと話し合う。
そこへ突然、食堂内がざわつく。出入口に視線が集まった。
「あらあら席がいっぱいですね。どうしましょう、プリスカ?」
「大丈夫ですよ、聖女様。あっという間に席空けてくれましたから」
見目麗しい聖女と傍仕えの姿に食堂はざわめき、粗相があってはならないとあっという間に席が空く。立った者は自分のプレートを手に抱えて食べた。
「別に構いませんのに……。皆様座ってもよろしいのですよ」
しかし誰も座ろうとしない。近くにいた男が「滅相もございません。聖女様と席を共にするなど……」と遠慮がちに笑う姿に、冷たい視線が下りた。だがすぐ隠すように、穏やかな笑みを浮かべた。
「そうですか、では遠慮なく。プリスカ、あなたも座りなさい」
「お言葉に甘えまして、失礼します」
隣同士に座ったとき、聖女の穏やかな笑みが遠巻きに見ていたアデルハイトに気付く。ハッとして、それから大きく手を振った。
「お師匠様、こっちへ来てください!」
満面の笑みを浮かべているので、アデルハイトがぎょっとする。周囲が「お師匠様……この生徒が?」とざわつき始めて、慌ててエステファニアの真正面の空いた席に座った。
「いやあ、ははは、久しぶりだなあ。お師匠様だなんて変なあだ名はやめてくれないか。ちょっと恥ずかしいじゃないか、ごっこ遊びの事なのに!」
なんだ遊びか、聖女様は面倒見も良いらしいと周囲が頷くのを見てホッと胸をなでおろしてから、エステファニアに小声で「どういうつもりだ、お前」と真剣な眼差しで叱りつけるように言った。
「ふふ、ちょっと困らせたくて。せっかくご招待を頂いたのに挨拶に伺わないのも失礼でしょう。ところで隣にお座りになられているのは……」
アデルハイトの両隣に座るシェリアと阿修羅が、ニコニコしている。しかし漂ってくるのはボディーガードさながらの気配だった。
「ボクはアデルハイトのおともだちです!」
「わちきはアデルの……アデルのなんじゃろ、名付け親になるのかのう」
「私の母親が死んでから付けたんならそうなるんじゃないのか」
なんともよく分からない曖昧な関係だとエステファニアも微妙な表情だった。
「聖女様。大事なお話をされるのでしたら人払いをされた方が……」
「ん、それもそうですね。しかし皆様に迷惑が掛かってはいけませんから」
やはり立ち去ろうとすると、中にいた人々が食堂の外へぞろぞろと出て行った。基本的には信仰を大切にするのが王国では当たり前なので、聖女という存在はまさしく神の遣いだ。粗相があってはいけないと信徒たちは早々に退散した。
残っているのは厨房にいる頼もしいおばちゃん達だけだった。
「……いなくなっちゃったみたいですから、少しお話しましょうか」




