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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第19話「学園祭」




 三年の講義室前でアデルハイトは吸血鬼の衣装を身にまとい、手鏡で自分の鋭く尖った犬歯を見つめて不思議そうにする。


「擬装魔法もこういう遣い方があるのか。まだまだ学ぶべき事が多い」


「アデルハイトったら、変わらないね。それよりボクはどう? 似合う?」


 シェリアの衣装は黒猫をイメージした衣装で、猫耳がついている。なんと驚く事に魔力を注げば本物のようにピコピコと動く仕組みだ。


「フッ、可愛いんじゃないか?」


「あはは、だよねぇ。これで怖いって言う人いるのかな」


「怖くなければ楽しませればいい。せっかくの学園祭だ」


「うんうん。それにしても、キャンディスさん来ないねぇ」


 せっかくの機会だからと誘ったキャンディスに『初日にジルと遊びに行く』と聞いていたが、結局来ないどころか、以降の連絡もない。何か急な用事でも出来たのかもしれないと諦めはしたものの少し残念だった。


「仕方ないさ。にしてもディアミドにまで断られるとはな……。最近は忙しくて顔も合わせてないし、楽しませてやりたかったのに」


「だね。でもほら、まだ何日もあるわけだから、きっと来てくれるよ」


 我が子の楽しんでいる姿を見ようと思わない親などいない。特に紆余曲折のあったディアミドが、やっと言葉を交わせた大切な娘の晴れ舞台を放っておく事はしない。シェリアに励まされると、アデルハイトも気を取り直した。


「ああ、そうだな。そろそろ入らないと」


 ちょうどそのとき、講義室の扉が開いて中からアンニッキが顔を出す。


「もう準備できてるかい? 一般開放まで後五分だから持ち場付近に行ってくれたまえ。開始の合図は領域内にベルを鳴らすから、それまでは自由だ」


 屋敷の中はさくっと回れるようになっていて、いくつかの部屋に鍵が用意されていてある。その都度鍵を取って次の部屋の扉を開け、最後に出口の鍵を手に入れたら脱出までがルートだ。最中に各自が部屋で待機して驚かす準備をする。


『アーアー、聞こえてるかな? ここは私の領域内だから、問題が起きたらすぐに呼びたまえ。では午前の部、お化け屋敷の開演だ。はりきって驚かそう!』


 屋敷内のどこまでも響き渡るチリンチリンというベルの音。各自気合が入った初日がついに始まった。パンフレットを受け取った客が、さっそく足を運び、受付でお化け屋敷の衣装を纏ったウィリーとマチルダの案内で中に入る。


 最初に待つ仕掛けは、まずまず好調に進ませるために可愛い黒猫コスのシェリアが「がおー!」と物陰から飛び出して軽く驚かす。誰もが突然の事でびくっと小さく身を跳ねさせはしても『なんだこれくらいか』と笑って次のステージへ。


 待っているのはウィリーの取り巻きたちだ。部屋の飾りとも言える甲冑の騎士に扮してジッと大人しく待ち、鍵を取った瞬間に一斉に動き出すというもので、当然それには驚いて逃げ出す者も多かった。とはいえ、わざとゆっくり動くので、外に飛び出して安全を得たらホッとしてなんとか次へ進む事ができた。


「ウィリーの兄貴も褒めてくれるかな?」


「あたぼうよ。最近の兄貴は優しいからよ」


「コニーも案外悪くなかったぜ、俺たち仲良くなれそうじゃん」


「そ、そうかな……。それならもっと頑張ろうかな……!」


 なんとも楽し気な会話をしながら、再び指定の位置に戻る。そうしてまた次の客を待つのだ。足音が近づいてくるまではのんびり話をしながら。


 そうして騎士のエリアを抜けた先で待っているのが、不自然に配置された棺桶だけのある部屋。からっぽの棺桶の中にぽつんとある鍵を手に取ると、天井からアデルハイトが背後に降りて「私の眠りを妨げる者よ、その血を頂こう」と声を掛ける。多くの場合は適度に驚いてくれたが、一度だけ問題が起きた。


 やってきたのは女子生徒三人組。まったく怖がりでなく、きゃあきゃあと驚くような雰囲気で楽しそうに屋敷の中を進んできた。もちろん、自分の番が回ってきたアデルハイトは予定通りに魔法を使って姿を隠し、鍵を取ったタイミングで女子生徒たちの背後に降り立って決め台詞を放ったのだが────。


「……か、可愛い……!」


「……ん? あの、ちょっと」


「ぜひ、ぜひ血を吸ってくださいませんか……! さあ、さあ!」


 ぎゅっと握りしめてきた両手に背筋がぞわっとする。これは関わってはいけないタイプの人間だとハッキリ分かった。三人とも目をぎらぎらさせて、少し小さな背丈のアデルハイトに詰め寄っていく。


「待て待て、まずは落ち着いてだな……。うん、そう近寄られると私としても困るというかなんというか。気持ちはありがたく受け取っておくけど、ほら、そういうあれじゃないから。私の衣装と設定だからホラ……ちょっと……待て、部屋の角に追い詰めるのはやめて頂ければ……!」


 怖がらせる方が怖がらせられる状況。思わずアデルハイトもへたり込んで、壁を背にずるずると落ちていく。


「ひっ……あ、アンニッキ、助けて────ッ!」


 友人の断末魔のような叫びが響く。助けを呼ぶ声も虚しく、アンニッキはその頃ひとりで腹を抱えて声を押し殺して転げまわりながら笑っていた。

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