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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第二章

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第16話「浸食する悪意」




 ギュンター領は毎日が慌ただしい。領主であるジルベルトに師事する騎士たちの全てが、起床朝五時から朝食を五分で済ませ、その後は昼まで休まず稽古が待っている。────という日常に、新たな刺激が加わったからだ。


「いいか! 明日にはディアミドさんが久しぶりに特別指導に来てくれる事になってる。俺の顔に泥を塗るような体たらくで町にいられると思うなよ!」


 声を張り上げたジルベルトに騎士たちは汗だくになりながら胸に拳を当てて「了解!」と気合に満ちた返事をする。既に各地で大英雄ディアミドのうわさは広がっていたし、ジルベルト周辺は定期的に指導を受けていた。


 顔を合わせたときに弛んだ日々を送っていたのでは申し分が立たない。ジルベルトが厳しく言うのも仲間を想ってでもある。


「精が出るね、ジル」


 声を掛けられて振り向いた先には見慣れた顔がいた。


「おう、キャンディス。しばらく見ないうちに明るい顔になったな。そっちの領地はどうだ、上手くやれてんのか」


「魔物も大分減った。残ってるのは害の少ないゴブリンとかの原種だけ」


 塞ぎ込んでいたときは領地の面倒など見る心の余裕がなかった。今はアデルハイトとの再会も経て、兄の死を乗り越えた事もあって領地でしっかり英雄らしく魔物討伐に精を出している。


 最初こそ領民たちにも恨まれているのではないかという不安もあったが、実の家族を失くした痛みに塞ぎ込んでいたからこそキャンディスの辛さをより知っている者たちの支持があつまっており、現在は協力して対処に当たっていた。


「俺もお前も、今思えば馬鹿な事をしちまったもんだよな。下らん欲望に呑まれて大事なもんを捨てちまった。ま、俺はまだマシかもしれねえが……」


「ううん、私だって。兄は失ったけれど、全部失くしたわけじゃない」


 薔薇色とはいかないまでも、それなりに悪くない人生だ。ジルベルトもキャンディスも、手に掛けた師匠であるアデルハイトからの直接の許しを貰い、今は更生した事を示すために真面目な生き方に取り組んでいる。


「それで、今日来た理由はなんなんだよ。暇だったのか?」


「ううん。そうじゃなくて、学園祭のお誘いがあった。お師匠様から」


「……あぁ、学園祭! そうかそうか、そんな時期だったか!」


 キルケ魔法学園剣術科首席だったジルベルトは、過去を振り返って懐かしむ。


「うんうん、いいよなぁ。当時は開戦前だったからのんびりやったもんだ。第三訓練場で武器の展示会をしたのを覚えてる。時代ごとに特色がある武器の解説なんかして、手に入らなかったものはレプリカを置いたんだよな」


「ふうん。私はよく分からないや。貧民街育ちだったから」


 楽しく話していた空気が急に冷えてしまって、ジルベルトも流石に気まずそうな表情で笑顔を引き攣らせた。


「あっ、ごめん。嫌な気分にさせちゃったね」


「んな事ねえけどよ……。まあでもいいじゃねえか、今度は行くんだろ」


「うん。明後日だって」


「なのにエステファニアと来たら帝国軍とやりあってんのか」


「もったいないけど仕方ないよ。私たちの手伝いも要らないって言うし」


 多くの強力な魔物と戦ってきたエステファニアにも、聖女ではなく世界を救った者としての矜持がある。ジルベルトとキャンディスの二人に協力を仰ぐときは、自分が本当にどうしようもなくなったときだけだ。長年共に肩を並べてきた二人はその意志を理解して、残念だと思うだけだった。


「そうだ、このまま返すのも悪いしお茶でも飲んで────」


 突然、ギュンター邸の門が爆音と共に宙を舞った。ひしゃげた鉄の格子門は屋敷の壁を壊して瓦礫に沈む。砂煙の中から騎士のひとりが這う這うの体でやってきて、かすれた声で「ジルベルト様、お逃げください……!」と呼びかけた。


 瞬間、騎士の頭が硬いブーツに踏みつけられて首が折れて静まった。


「……誰だ、お前。只者じゃないな?」


 全身黒ずくめの服に、汚れた黒い襤褸で姿を隠す敵に、ジルベルトとキャンディスは臨戦態勢を取る。どちらも武器の扱いに卓越し、なおかつ互いを良く知る仲間だ。エンリケやエステファニアが傍にいなくても十分に強い。


 だが目の前の何者かに対する恐怖心が抜けない。戦いの前はいつだって身震いしたものだが、それとはまた違う、根源的な印象だった。


「貴公がジルベルト・ギュンターだな」


「名乗るときってのは自分から名乗るもんだぜ」


 返されて、襤褸を脱ぐ。白銀の長い髪に蜂蜜色の美しい瞳が露わになるとジルベルトもキャンディスも一瞬、思考が止まった。


「んな馬鹿な……。あんたはセンセのところにいた……!?」


「違う、ジル! あれはアンニッキじゃない!」


 背はやや低く、髪はアンニッキよりも長い。瞳は同じ色でも目の前にいる者の冷たさは似た者を大きく超えている。なにより発する殺気が桁違いに身を強張らせた。あれはアンニッキ・エテラヴオリとは別人の怖ろしい何かだ、と。


「……はて、誰の話かは分からないが答えておこう。私の名はネヴァン。ナベリウスの皇帝である。では本題を尋ねよう。────賢者の石はどこだ?」

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