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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第一章

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第72話「責務」

 その場にいた全員が、一瞬だけビクッとして動かなくなった。本来であれば馬鹿げた話だと一蹴もしよう。だが殺されておいて五年後に蘇った大賢者など、後にも先にもアデルハイトただひとり。疑う理由はなかった。


「……ふ、あっはっは! なるほど、つまりあなたが自身を触媒にして大規模な治療魔法陣の行使を行うというわけですか、それはすごい話だが……まずは僕があなたを使わせてもらわないと。使い物にならなくなっては困る」


 エンリケが雷の魔法を放つ。威力は高くないが高速で捉えにくい。それを立ちはだかったワイアットが軽々と魔力壁で防ぐ。


 しかし、続けざまに魔法がどんどん撃たれると、いくらワイアットでもいつまでも守っていられない。隙を狙ってキャンディスが背後へ回り込んだが、既にエンリケは自身を守るための魔法を展開していた。


「キャンディス。分かってないんですか?」


「っ……!?」


 結界にブレードを弾かれると同時に地面が手の形に形状を変えてキャンディスを捕まえて、逃げられないよう強く締め上げていく。


「そこに賢者の石があるんですよ。五年前は失敗した計画も、今なら上手くいく。君の死んだお兄さんを生き返らせる事も夢じゃない」


「……アタシは、お兄ちゃんの喜ばない事は……もうしない!」


 優しい兄がいた。心の支えだった兄がいた。そして、その兄を救おうとする師がいた。どちらも失ってしまったと何度も後悔した。だが一方は生きて戻った。だったら今度は二度と失わないように。二度と裏切らないように。たとえ手足をもがれたとしても、キャンディスは絶対に迷わない。


「そうですか。ではそのまま死になさい」


 石の手がさらにキャンディスを握り潰そうとする。その間もワイアットが反撃に出られないよう攻撃の手は緩めない。複数の魔法を同時に操るのは並大抵の修練では身につかないものだ。才能があるだけでなく、五年間で努力を積み上げてきたのはエンリケも変わらない。絶対に勝てる局面で勝つための力を持った。


 だが、そのせいか敵を作りやすい性格になった。どこか相手を見下していて、一歩引いた態度を見せているようで、傍に居続けた者は本性を知っている。


「────悪いな、エンリケ。やっぱ俺も降りる事にするぜ」


 キャンディスを捕えていた手が切り裂かれる。気を失いかけたところを間一髪で支えて、剣を片手に切っ先をかつての戦友に向けた。


「なんのつもりです、ジルベルト。あなたは僕と同類だと思ってたのに」


「ほとんど同類さ。だが俺には引き返す道がある。センセが示してくれた」


 視線をアデルハイトに流す。微笑みが返って来たのを見て、安堵する。たとえクズでも与えられた機会を捨てたら、それは愚か者の領域だ。ジルベルトは掴む事にした。間違いを正す、最初で最後の機会を。


「どいつもこいつも僕を裏切ってくれる。本当に腹立たしいですよ」


「裏切ったのはお前もじゃねえか、エンリケ」


「……では仕方ない。その引き返す道とやらも奪ってあげましょう」


 指を鳴らすと都市の上空に巨大な魔法陣が広がる。本来は一人で行使できるような大魔法ではないが、都市にはエンリケが仕込んだ服従の指輪で操った大魔導師たちがいる。最初から狙っていた都市壊滅計画も、誰もが消耗した今なら確実に遂行できるという確信から来ていた。


「あれは都市ひとつ吹き飛ばす事も簡単な隕石を落とす大魔法だ。さあ、我が師よ。選択はふたつにひとつ。あれを阻止して僕の道具となるか、それともここで大勢を見殺しにしてでも僕を殺すか。どちらを選びます?」


 アデルハイトならば絶対に前者を選ぶ。自分の命を捨ててでも大勢の命を救おうとする。普段は一歩後ろで眺めるような態度を取りながら、いざというときには身を挺してでも戦える。それがアデルハイト・ヴァイセンベルクだとエンリケは知っている。信じている。彼女ならば絶対に見殺しにはしない、と。


私はどちらも選ぶよ(・・・・・・・・・)、エンリケ」


 自分たちは必ず勝てると言わんばかりの笑顔が憎たらしい。今にも顔の原型を留めないほど潰したくなるほどうんざりした。やっと殺した邪魔者のくせに、五年では埋まらない差があるとでも言いたげな顔が気に入らない。


「ハッ、どちらも選ぶ? 今のあなた方に何が出来るというんです! ワイアット、君だって思いませんか。賢者の石は魔導師が最も欲しがるものなのに!」


「欲しがらない者だっているさ、エンリケ。私は君とは違うのだよ」


 魔法を弾いて、魔力壁がなくなると杖を素早くアデルハイトに渡す。


「後は出来るんだろう、アデルハイト。任せても大丈夫だな?」


「ああ、行ってくれ。ちょうど、あの大魔法を壊せる奴が本校舎にいる」


 猛攻をアデルハイトが捌き、ワイアットに道を作って援護する。無事に逃がせたら、今度はキャンディスを抱えて限界を迎えているジルベルトを見た。


「ジルベルト! 魔力がないんだろう、後退しろ。エンリケは私だけで十分に勝てる相手だ。お前たちもあの隕石をどうにかする方へ協力してくれ!」


「わかったぜ、センセ! 悪いが戦線離脱だ、後は頼む!」


 アデルハイトと二人きり。エンリケが望んだ状況に追い討ちはやめた。


「いいんですか、お一人で。既にアシュラと戦って疲弊しているんでしょう」


「どうかな。まあ、程々には元気だよ。お前に勝てるくらいには」


 トリムルティの杖が強く輝き、周囲を風が巻く。


「エンリケ・デルベール。本当はこんな事を言いたくはないんだが────お前だけは此処で殺す。これからの人々のために、私の責務を果たそう」

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