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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第一章

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第67話「決戦、阿修羅」

 阿修羅の足下からどこまでも広い草原が広がっていく。空には紅い月が昇り、景色が染められていく。握っていた金棒は姿を変え、左右に段違いの三本の刃を持つ剣を手にして、妖しく輝く世界を彩る阿修羅の鋭い眼光がアデルハイトとディアミドの二人をまっすぐ捉えた。


「ここはわちきが許可した者しか入れぬ大結界のひとつ。名を《紅月輪(くれないがちりん)大平原(だいへいげん)》。ここではぬしらで言う魔法、わちきらの妖術は使えぬ。いわば純粋な強さの勝負。さあ、わちきを楽しませてみせよ」


 挑発的に招くように指をくいっと動かす。


「……アデル、下がって見てろ。この結界がアンニッキの言ってたヤツなら俺の方が向いてる。どうにも魔力の感覚がおかしいが、放出と固定は出来る。これがアンニッキを仕留めたカラクリなんだろう」


 聖槍は維持できている。阿修羅の言う通り魔法は使えない。エーテルが存在しない空間で自由な戦いを望むのであれば、エーテルに頼らない無属性の必要がある。肉弾戦および武器を使った戦闘を得意とする阿修羅にとって都合のいい戦場(フィールド)。順応できるのは、それと得意を同じにする者。


「わかった、離れて見てるよ。……死ぬなよ」


「お前を育てたのは誰だと思ってやがる。師匠を信じな!」


 深呼吸をして聖槍を構える。これまでの敵とは違う。今まで相対してきた全ての者の中で六天魔阿修羅と名乗る者は最強で正しい。かつてない威圧感に勝利の予感がしない。アデルハイトに豪語しておきながら、内心で焦っていた。あれは紛れもない怪物。ほんの僅かな隙が命取りになる、と。


「聖槍ラグナ、お前の力を最大限まで引き出す!」


 ひと突きから放たれた黄金の輝き。どんなに頑丈で分厚い鎧もぶち抜き、対象から魔力を奪い取る。ジルベルトから吸収した魔力も上乗せして、さらに強力なものとなって阿修羅へ放たれた。


「ぬはは、小賢しい考えじゃのう」


 輝きが阿修羅の前で何かにぶつかって、貫く事も出来ずに弾かれる。平原の草が大きく揺れ、強い風が吹いた。


覇者の武具(レガリア)を超越してるってのか、ふざけてやがるな。それならまっとうに戦うまでの話だ! 本来ならば不殺を貫くが俺の矜持だが、ご所望とあらば今日限りの死合いに応じてやろうじゃねえか!」


「ぬははは! 来い、色男! ぬしとの戦いを心より望んでおった!」


 突撃槍の形をした聖槍ラグナは、その形状を振り回しやすい細く鋭い槍に変化する。破壊力もさることながら、本質は軽さにある。魔力によって発現する聖槍には頑丈さはあれど、重量が聖槍を形作るために利用したモノ次第で変わるため、ほぼ存在しないに等しいのだ。


 ディアミドのような傑物が扱えば、その性能は限界まで引き出される。今の聖槍は投げれば風を切り裂くほどの速さで対象を貫くうえ、百発百中の精度を誇ると言っても過言ではない。


「なんじゃ、小手調べのつもりか?」


 背後からの突きを軽々と飛び跳ねて躱す。


「どうかね。陸じゃ最強でも空中に浮いたんじゃ、そう躱せねえだろ」


 宙を舞う阿修羅に狙いを定めて、素早く突きの連撃を行う。百か、千か。その数を数えるのは不可能なほどの連続突き。だが────。


「フ……はあっはっはっは! 面白き(かな)、色男!」


 爆発するような音がすると同時に槍の連続突きを弾き飛ばし、磁石が引き寄せられるかの如き勢いで阿修羅は着地する。


 一瞬、ディアミドは呆気に取られた。宙にいて、咄嗟の行動があったとして、誰が突きを躱せようか。その当たり前が阿修羅に通じない。そこまでは想定していた。だが、目で追えても体が動きについていかない。


「チッ。歳でも取ったかな」


「どうじゃろうのう。さて、次はぬしが躱す番じゃ」


 掌底が突きだされる。ディアミドも、その程度が避けられないわけではない。だが一種の悪寒を感じた。躱すべきではない、と頭の中で警鐘が鳴った。咄嗟の判断で聖槍ラグナを突撃槍の形状に戻して盾代わりにして────。


「触れたな、阿修羅! 魔力じゃなかろうが吸い取らせてもらうぜ、お前の持つ鬼人特有の妖力とやらを!」


「────そりゃわちきの一撃を止めてから言うんじゃな」


 確かに聖槍は機能した。触れた瞬間、阿修羅から多くの力を吸い取った。しかし全てとはいかない。その前に阿修羅の手から放たれた衝撃波が槍を貫通して、ディアミドの体を強く吹っ飛ばし、吸収が中断された。


「これぞ我が技巧、《天魔壱式・外道突き》!」


 吹き飛びながらも体勢を立て直す。飛ばされた拍子に聖槍から手を放してしまったせいで、阿修羅の足下に転がってしまい、拳を握りしめた。


「ちっ。中々に効くじゃねぇかよ」


 外側ではなく内側を徹底的に攻撃する阿修羅の《天魔壱式・外道突き》の威力は、さしものディアミドも顔を苦痛に歪めるほどの痛みだ。もう何年、経験がなかったかも分からない痛みに、つい笑ってしまう。


「コイツは意外にも楽しくなってきた。まだまだ殺し合おうぜ」


「カッカッカ! ええのう、ええのう! それでこそじゃ、色男。いつまで形を保っていられるか、楽しみで楽しみで堪らぬのう!」


 そういって阿修羅は腰を低く下ろして、両手を握り拳に地へつけた。


「いざ、参る────《天魔弐式・破城打ち》、見事耐えてみよ!」

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