第48話「聖女の宣誓」
既にエンリケの計画は、アデルハイト殺害の数年も前から練られていた。最初に計画への加担を持ち掛けた相手がジルベルト。最強の騎士を目指すために賢者の石を欲した男。そして次にエステファニア。聖女として〝永遠に国を守護し続ける事〟を目標に掲げて、大事の前の小事とアデルハイトの命を犠牲にしてでも叶えようとした。ひとえに北の大帝国という問題があったからだ。
虎視眈々と侵略の機会を窺うナベリウス帝国との国境沿いに位置する聖都は、聖女に対する強い信頼と信仰こそがエステファニアの力を強める。しかし逆に信仰心の薄い者を傍に置けば、力は弱まってしまう。大勢を締め出したのは帝国に対する抵抗力を持つためであった。
しかし、大きな問題が起きた。エンリケ・デルベールが裏切ったのだ。
「面白そうな話じゃねえか。続きはこっち来て座ってからだ」
「私たちにも聞かせて欲しいねえ。今後の事も考えてさ」
食堂にいたディアミドたちを見て、ユリシスがぎょっとする。アデルハイトにくっついている事が気に入らないのか、静かな殺意の籠った笑顔を向けた。
「おっと、そういえばアイツはまだ紹介してなかったな。ユリシス、こっちへ来て座ってくれ。まずは彼を紹介したい」
「え……あ、ああ……。随分とお怒りのようだけど」
そんなまさかとアデルハイトは笑っているが、ユリシスとしては気が気でない。そもそも、師匠がいたというのが驚きだった。
「軍に所属したばかりの頃、半年だけ私を鍛えてくれた」
「才能の塊みたいな奴だったからよ。ま、なんだ。半年だが師匠をさせてもらったディアミド・ウルフだ。よろしくな、公爵サン」
差し出された手を握って応える。ディアミドの握力は強く、今にも潰されるのではないかと思わされたが、わざとギリギリを調整された。弟子にひっつく男が気に入らないという親心のような感情が見えた。
「よ、よろしく頼むよ……」
「ホラホラ、君たち。そういうのは後にして今は話を聞こう」
アンニッキに諭されるとディアミドも諦めてテーブルに片肘を突く。どうにか落ち着いてもらえたとユリシスはホッと胸を撫でおろして話を再開する。
「とにかく俺が得た成果と言えば、エステファニアの立ち位置としては中立にある。賢者の石の製造方法についてエンリケと言い争ったらしい」
大勢を守るためにひとつの命を犠牲にしたにも関わらず、その成果が得られなかったばかりか、エンリケは『賢者の石を造るためには多くの命が必要だ』と協力を仰いだ。出来る限り注目をさほど集めず集めやすいよう小競り合いを演じて聖都の人間までも差し出させようとして、エステファニアの逆鱗に触れた。そうまでして賢者の石を欲する気にはなれなかったし、守るための犠牲が多すぎると。
「────結局、アデルハイトに協力をする気はないが邪魔もしないと誓ってくれた。そもそも聖都から動けないそうだ。ナベリウス帝国が徐々に動きを見せているらしく、牽制のためには聖都に居座っておく必要があるんだとさ」
朗報としか言いようがない成果だとユリシスは胸を張ったが、アデルハイトの表情はあまり明るくない。アンニッキも同様だった。
「なんだ、俺の持ってきた話は物足りなかったか?」
明るく元気づけるつもりの言葉にアンニッキが額に指を添えながら。
「北の大帝国……。エステファニアも十分強いけど、戦争になったら間違いなく聖都は陥落するだろうね。善戦はしても基本的な兵力の差がある」
「できれば手を貸してやりたいが、まずエンリケをどうにかしないと」
頭を潰された事は嫌な記憶ではあるが、エステファニアの目的を知った以上、帝国との戦争に備えているのであれば力を貸すのも吝かではない。問題はエンリケがジルベルトと組んでいる事。加えてアシュラ含む三名の鬼人と名乗る強者までも相手取るのだから、どちらを優先すべきかは目に見えた話だ。
「まあ問題はねぇだろ。実際、連中が賢者の石を欲して命を摘もうってんなら、帝国も容易には手出しなんて出来やしねぇさ」
「俺も同意見だよ、アデルハイト」
四英雄の名は伊達ではない。たとえエステファニアだけが相手になるとしても大勢の犠牲者を出す事になる。大陸制覇の足掛かりとしては失策だ。慎重な帝国が軽んじた戦争を起こすはずがなく、まだ安心して眠れる夜が続くだろうとユリシスは言った。各国の情勢について詳しく、ディアミドやアンニッキとはまた違った頼もしさを感じてホッとする。
「ところで学園の生活はどうだ? 俺も昔は通ったけど、昔と違って小奇麗な店が増えた気がするよ。魔法の学び舎……のわりには娯楽が豊富だ」
娯楽。学業には多少なりとも必要だが、見た目に過分ではあった。
「それで良いんだろう。自主性を育むのと同時に剪定も行っているんじゃないか。誘惑を振り切るか、あるいは呑まれても這い上がれる者が大魔導師としての器になれる。そういう教育方針なんだろう」
目の前に並べられた食事に『毒が入っているかもしれない』と言われても食べてしまうような者が大魔導師になれるはずもない。ただでさえ上級魔導師になる事も難しいのに、簡単に得られる称号であっては困る。
学園では誰もが優れた才能を持っているのだ。ヘルメス寮に限らず『順位をつけた』というだけで、最下層と言われるトリス寮でも魔法使いとして成長できるだけのものを持つ。誰もが大魔導師になれる機会がある。決して自分の力を過信せず、研鑽に努められる者。学園で育てられるのはそういう人間だけだ。
「じゃあまあ、小難しい話は終わりだね。しばらくは安心だと分かった事だし、まずは目の前の事から進めて行こう!────体育祭の準備だ!」




