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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第一章

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第34話「大人は子供を守るもの」

 話も程々に学園長が手をぱん、と叩く。


「それじゃあ、長話もなんですから行きましょうか、エンリケ様。ケイシーくんのご両親とも話をして頂かなくてはなりません」


「ええ。それでは皆様、またお会いしましょう」


 横切る瞬間、アデルハイトと目が合った。真っ白な長い髪。青い瞳。似てはいるが、やはり若すぎる。魔力もアンニッキがやり取りしている間に可能な限り小さく見せかけたのもあって『どうやら人違いだったか』と多少は訝し気に感じつつも、これといって執着のようなものは抱かなかった。


 あれが師の姿とは到底信じられないし、あり得ない事だ、と。


「うわ~、すごかったね。ボク感動しちゃったよ。あれが賢者の領域にある魔法使いなんだね。近くにいるだけで大きな魔力が分かったもん」


「わたくしたちもああいう風に立派になりたいものですわ」


 きゃっきゃっと喜ぶ一方で、エドワードはまるで興味なさげだった。


「お前はなんとも思わんのか?」


「だったらあんたはどうだ。俺はアンニッキ先生の方がヤバいように見えた」


「……さあ、どうかな。私にはよく分からないよ」


 エドワードの観の目が非常に優れている事に驚かされる。アンニッキは間違いなくこれまでも全力に等しい姿を見せた事はない。アデルハイトとの模擬戦でも、実力の三分の一程度だ。だがエドワードは気付いているのだ。エンリケが賢者クラスの人間だったとしても、アンニッキの方が優秀であると。


 適当に流して誤魔化しつつ、アデルハイトがアンニッキを肘で小突く。


「……そうだね。では皆、十分に涼んだし、またエンリケさんに話しかけて時間を取らせてしまうのも悪いから私たちは帰るとしよう。その代わり、私の魔法で屋敷の中はしっかり涼しくさせてもらうから安心したまえ」


 ローズマリーが残念そうにするのは無視した。


「さ、みんなは先に帰りたまえ。私は帰りにカフェに寄って、君たちにドーナツでも買っていくとしよう。……アデルハイトくんは手伝ってくれるかい?」


「わかった。あまり重たいものは持てないがね」


 いかにも非力そうな細い腕を見せるが、アンニッキが鼻で笑った。


「よく言うよ。まあいい、それでは解散だ」


 元気のいい返事に歩き出す彼らの背を見て、アンニッキは首を掻く。


「ケイシーを持っていかれた。あいつ、私を見限りやがった」


「で、どうする。一応、私の事はバレなかったみたいだが」


「それは僥倖だけども。……あのエンリケとかいうガキが曲者だねえ」


 鼻を指でぐいっと擦ってから、アンニッキは歪に笑う。


「とんでもない血の臭いがするガキだ。何かろくでもない実験でもしてるんじゃないのか。そのあたりも含めて、ちょっと話しながら歩こう」


 アンニッキはどこか獣的で気配に敏感だ。雪深い場所で猛獣を嗤いながら素手で殺すほどの狂人ゆえなのか、自身と類似した存在を察知しやすい。だからこそ、その鋭敏な感覚をアデルハイトは疑わなかった。


「……実験。アンニッキ、お前、賢者の石の製造法については」


「知らないよ。あんな眉唾なもの」


「それが眉唾でなかったとしたら、お前はどうする」


 鋭い視線が隣を歩く少女を見た。


「まさか持ってるのか?」


「持っていたとしたら」


 しばらくの沈黙。それからくすくすと笑った。


「興味ないよ、そんなもの。私にとって価値はない。……だがまあ、魔法使いなら一度は本物を見てみたいかな。せいぜいその程度だ」


 アデルハイトがそれを聞いてアンニッキの腕を掴んで引っ張った。人目につきにくい建物の陰に連れ込んだ。


「ちょ、ちょっと。いきなりどうしたんだい、柄にもない。申し訳ないが私にそういう趣味はない……アデルハイト?」


 自分の手を握りしめる小さな両手が震えている。俯く少女に見あげられた時、その瞳が朱色に染まって魔力を帯びながら輝いたのに気付いて背筋が凍った。


「まさか肉体が賢者の石と融合してるのか」


 アデルハイトが強く頷いて返す。


「その通りだ。理屈は分からない。だが間違いなく賢者の石は私の体に宿っている。エンリケは製造法に気付いて実験を繰り返してるはずだ。もし私の存在に気付いたらなんて考えたくもない。助けてくれ、アンニッキ……」


 ユリシスから大きな問題が起きている事は聞いていたが、賢者の石と混ざり合ったとは想定外にも程があるだろうと手で顔を覆った。どんな理由でアデルハイトが賢者の石を手に入れたかは知らない。ただ、分かる事があるとすれば、その手が血に汚れていないという事だけだ。


 かつてのアデルハイトはまさしく最強の魔法使い。大賢者の名を冠するに相応しい好敵手でもあり親友でもあった。それが今はまるで本当の十三歳の少女のように怯える姿に、然しものアンニッキも冗談を口にはしなかった。


 同じ目線に屈み、緊張に震える両手を優しく包み込んで────。


「安心したまえ、我が親友(とも)よ。君も、君が大切にするこの場所も、友人たちも。私の手の届く範囲は全て守り抜いてみせよう。何があっても」


 手の震えが止まってから、アンニッキは立ちあがって優しく頭を撫でた。


「今の君は子供だと分かった。そして何より娘の友達だ。頼まれて断るわけにはいかない。大人は子供を守るものだ。君が何になっていようが、私は君の味方になろう。────そうと決まったら、まずは甘いものでも食べて気分転換しようか!」

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