表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/253

第2話「賢者の石」

 自分でも信じられないと思う。しかし現実に起きている事だ。誰かひとりでも味方が欲しいと願っていたところで現れたユリシスは何より求めた仲間。五年も探し続けてくれていた事実だけで信頼できた。


「デタラメに思うかもしれないが、全て真実だ。私がこれから話すのは、その、弟子たちに襲われたという話で……」


 四人の英雄たちが求めた不老不死。その材料となる賢者の石を手に入れようと、在処を知るアデルハイトの下を訪れ、『そんなものはない』と門前払いをしようとすると奇襲によって命を奪われた────はずだった。


 しかし、何故か古巣のベッドで目を覚ました挙句に、年齢が十三歳という幼さまで若返っているのだから言葉が出てこない。理由も分からない。ともかく生きていて、ユリシスの話では五年が経過している事実に面食らった。


 とても信じる気にはならない話だ。アデルハイト自身、ありえないと口にしたくなるほど現実離れした状況にある。それでもユリシスは壁に寄りかかりながら、腕を組んでジッと話に耳を傾けた。


 時折、その視線だけが窓の外に向けられた。


「────大体の事情は分かった。つまるところ、今のお前は誰にも知られず、五年後の今になって生還を果たしたわけだ」


「ああ、おそらく。まだ私自身もよく分かってなくて」


 肉体が若返るとしたら過去に飛ばされるのが尤もな話だが、実際に起きたのは五年の経過後に肉体が若返った状態になって、死んだ場所とは別のところにいる。何度考えてもよく分からなかった。


「ところでアデルハイト。他意はないんだが、実際に賢者の石ってのは実在してるのか。そして、その場所をお前は知っているのか?」


「ああ、私が持っていたよ。加工してネックレスにして首に提げて……」


 灯台下暗し。常に首からぶら下がっているので、まさかそれが賢者の石とは誰も思わない。ましてや凝縮された魔力を感知できないよう保護までしていたので、ただのちょっと高そうな首飾りにしか見えない。────のだが、ぺたぺたと触って、自分の首に下がっていない事にようやく気付いた。


「……なくしちゃったみたいだ」


「いや、そんな可愛く言っても駄目だろ。どうするんだ?」


「私の家はどうなった? まだあのあたりにあるかも」


「消し炭だよ。大規模捜索もやったが、そんなものは見つからなかった」


 アデルハイトは英雄ほど目立たなかったものの、軍でもそれなりに地位のある人間だった。森で自宅が爆発したとあって、暗殺の可能性を考えたユリシスたち近衛隊を中心に徹底的な調査が行われたが、広範囲にわたって遺品と思しきものはひとつも見つからなかった。


「こ、困ったなあ……。あんなもの誰かが拾ったら大変だぞ」


「見つける方法はないのか。保護魔法まで使ってたのに」


「いや、それが、何の感覚もなくて……。まさか消失したのかな、頑丈なのに」


 もし証拠隠滅の際に自宅を死体ごと爆破したのであれば可能性はあるかもしれない。それはそれで安心だが、と腕を組む。


「探すべきなんだろうけど、せっかく生きてるのに賢者の石を探すなんて目立つ行動は避けたい。というか誰が探してもリスクが高いはずだ」


「それはそうだな。俺もつい二年前までは監視されていたから」


 賢者の石については初耳だったが、捜索が打ち切られてからも『アデルハイトは生きてるはずだ』と指の一本でも見つかるまでは信じ続けると決めて孤独に捜索を続けていた。その最中に、何人かの監視があったとユリシスは肩を竦めた。


「もし俺が真実に近付いたら始末するつもりだったんだろう。あるいはお前と接触したときに、また賢者の石の在処を聞くためか。いずれにしても三年で連中は切りあげたみたいだ。兆候ナシ、って判断されたと思いたいが」


 自分が四人の立場だったら同じ事をしただろうなとアデルハイトも頷く。賢者の石を造るのに膨大なコストが掛かる以上、どうあっても賢者の石の現物が存在するのならば手に入れるための手掛かりが欲しかったはずだ、と。


「ユリシス。賢者の石の噂は聞いた事があるか」


「ああ。不老不死の薬になる材料のひとつとは知ってる」


「あれを造るのは、まず不可能なんだよ」


 テーブルにあるナッツの瓶に手を伸ばして、中から何粒か取り出す。


「賢者の石のサイズは実に小さい。これくらい。しかし途轍もない魔力が凝縮されていて、人間が扱っていい代物ではないから『賢者』の名を冠するようになった。問題は、その製造方法。────億の命を犠牲に石は造られる」


 ユリシスが目を見開く。アデルハイトの握られた手の中から、さらさらした砂のように床に零れ落ちるナッツの屑を見つめて、ははっ、と乾いた笑いが出た。


「信じられん。大陸の半分近くの人間が消えるぞ」


「うむ。だから私も製造は諦めて、資料は破棄した。意味ないしな」


「……? じゃあ、なんでお前はそれを持ってたんだ?」


 とても自信満々にアデルハイトはビシッと張った胸に指を添えた。


「うむ。もちろん造ってはいない、拾った!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ