第25話「厳しい評価」
世俗に興味がない、とは決して関りを持たないという意味ではない。アンニッキを始めとするアデルハイトが知る怪物たちは、皆がそれぞれの理由で表舞台に立とうとしない。アンニッキは、その中でさえ優しい部類だが、『自分が認めた者以外に対して一切の容赦がない』という点が非常に厄介な性格である。
それは冷たいといった生易しい意味ではなく、文字通り『殺しても構わない』と考えるほどに残酷なのだ。とはいえ今は指導員として学園に来ており、娘の手前、荒事に手を染めたりするほど非常識でもなかった。
「まあ、今回は大目に見てあげよう。エドワード・クレイトン。カイラとアデルハイトの友人なら殺しはしないさ。だが二度目はない。念のため言っておくが、他の子もだ。……さて、カイラ。寮へ案内してくれるかい?」
優しい声色に戻り、周囲は安堵を覚えたが、カイラはいつもの事だと呆れて溜息をつきながら背を向けて「こっちだよ、お母さん」とアンニッキを連れて行く。冷酷な性格の一部分は娘に引き継がれているのだろう。アデルハイトも歪だと思う親子関係には言葉が出てこなかった。
「ねえねえ、アデルハイト。君もあの人の知り合い?」
「腐れ縁みたいなものだ。関わりやすいが喧嘩は売るなよ」
「すごいですわねえ。エドワードがあんなにも呆気なく」
いくら大魔導師とはいえ、その卵として才能ある若者のエドワードを相手に、まったく動作すら見せず気絶させるといった芸当には唖然とさせられる。ワイアットでさえ不可能ではないか。そう思わせた。
「おたくらさあ……。それくらいで騒ぐ事かよ。大魔導師だったらあれくらいフツーじゃないのォ? なっ、エドワード。ぼろ雑巾になった気分はどうよ」
茶髪にピアス。ローブを脇に抱えながら下らないデモンストレーションだったとでも言いたげな青年ケイシーに差し伸べられた手をエドワードが取って立ちあがり、服についた砂を払った。
「サイテーだ。帰ってビリヤードでもしようぜ、イライラした」
「おっ、いいね。その後はポーカーでも」
ヘルメス寮の次席と四位。どちらも性格は違えど、共通する点は自分たちを魔法使いの中でも優秀だと思っている点だ。雑に学んだとしても大魔導師になれる器だと信じている。ワイアットからも簡単な訓練は免除される腕があるのも事実で、彼らはそれを堂々と受け止めて遊んで過ごす時間が長い。
「(あいつらは今のままだと落伍するだろうな)」
あえて口にはしない。ワイアットも彼らをどう扱った方が良いか弁えていたのかもしれない。そう考えると、アンニッキが指導員になったのは不幸とも言える。彼らが大魔導師になれると信じていればいるほど嫌われるだろう、とアデルハイトは既に見立てていた。────そして、それは事実だった。
寮に戻ると、庭の稽古場でアンニッキは待っていた。指でつまんだ煙草に指先で火を灯し、煙をふかす。その瞳に見つめられるとアデルハイト以外は背筋にゾッとするものを感じて動けなくなった。
「やあ、諸君。遅かったね、私の指導は受ける価値がないか?」
「ボクは受けたいです。さっきの、何をしてるかも分からなくて」
「おや、随分と素直な子がいるねえ。好きだよ、君みたいなの」
くすっと笑って、吸い終えた煙草を指先から離すと地面に落ちる前に燃え尽きて灰になる。アンニッキはそれから、ばっさりと切り捨てるように────。
「だからといって真面目だけが取り柄だと教える価値がない。君の魔力は申し分がないが、制御には難がありそうだ。ノートに知識を纏める方が向いてる」
「そ、そんな事……。これからもっとうまくなります!」
負けず嫌いなシェリアの言葉に、アンニッキは意外そうに受け止めて、それからニッコリ笑って頷く。アデルハイトはそれが気に入られた証拠だと知っている。素質としてはやや欠けるとしても、埋めるだけの力がアンニッキにはあるのだ。
「良い返事だね。シェリア・バレンタイン」
「あっ、それは旧姓で……」
「おっと口が滑った。失礼、今はジネットだったね」
コホンと軽い咳払いをしてから話を仕切り直す。
「他の者もシェリアに感謝したまえ。今のひと言で気が変わった。最初は適当に済ませるつもりだったけど、しっかり指導をしてあげよう」
ビシッと最初にローズマリーを指差す。
「ローズマリー・イングリッド。大魔導師のアルトゥーロ・イングリッドのご息女だね。魔力の質は良いが保有量はやや心許ない。学習能力は高いみたいだから、まずは君に向いた魔道具を持つように。難しければ私が提案しよう」
次に視線はエドワードに向かった。
「エドワード・クレイトン。君は素行が悪い。自信を持つのは結構だが今のままでは大魔導師になって前任のワイアット・フリーマンのように前線に立っても、その日のうちに命を落とすだろう。もう少し真面目に魔法を学びたまえ」
厳しめの意見だが事実だ。大魔導師となった者が命を落とす事は日常茶飯事。特に新人は研修のためにベテランに付き添い、小さなミスを犯すのもよくある話。そうなっては生き残ったとしても、二度と魔法使いとして再起不能になるのは、大して関りを持ってこなかったアンニッキでさえ耳にした。
しかしエドワード以上に、ケイシーには厳しい言葉が飛んだ。
「ケイシー・シャーウィン。君はハッキリ言って才能がない」
ぴしゃりと言われた。しかも、それだけだった。
「では次にシェリア・ジネットだけど────」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、姐さん。俺に才能がないって? マジで言ってるんだとしたら節穴が過ぎるだろ。評価の再考を希望させてもらいたいね。こっちは実力でヘルメス寮に入ってるんだから」
話を遮られて瞬間だけ苛立ちを覚えたが、アンニッキは頷いた。
「そうだね。分かりにくい言い方をした。ならさっきより正確に教えてあげよう、大魔導師という領域がどれほどのものか。アデルハイト、手伝って」
「うむ……、まあそういう事なら構わないよ」




