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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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最終章─エピローグ─『大賢者の物語②』

 講義室がどよめく。リリオラは鈍感なのか、そんな空気がまるで読めていない。止めるべきのクリフトンでさえ唖然としていた。そこへリリオラを追いかけてか、独りの紳士風の男がやってきて困った顔で頭を引っ叩いた。


「馬鹿者、勝手に突っ走る奴があるか。落ち着いて入れと言ったろう!」


「え~。だってパパ、アタシは言われたとおりにしただけよ」


「堂々と訳の分からない宣言をするのが君の『言われた通り』なのかね?」


 なんと手に負えない娘か、と男が顔を手で覆うと、やっと状況にハッとしたクリフトンが慌てて駆け寄った。


「すみません、ローマンさん。こちらで事前に紹介しておくべきでした。まだ異文化で慣れない事も多いでしょうから、後はお任せください」


 リリオラの保護者としてローマンがやってきたのに、シェリアはたいそう驚いてアデルハイトの肩を揺らして何度も指差す。しかし、アデルハイトは知っている。リリオラたち魔族の記憶は全員消されている事を。


 誰しもが忘れたい事はあり、魔族であった頃の記憶など彼らが新たに人間に生まれ変わった以上は必要のないものだ。多くを喰らい、奪い、いつも恐怖の中で生きてきた事など、誰が覚えていたいのか。


「あ、ふ、ふたりともダイジョブ?」


 ぎこちない様子でおどおどする、雰囲気の暗い女性が入ってくる。ローマンは女性の肩にそっと腕を回して揺すり、小さな声で「大丈夫だ、帰ろうか」と話しかける。ローマンの隣に立つ女性はヴィンセンティアだ。ふたりは人間として生まれ変わり、そして今は夫婦となって、可愛い一人娘のリリオラを育てている。


 彼らがどう生きてきたのかまではアデルハイトも分からない。ただ感覚で、彼らが人間として生まれ、今まで生きてきた事は知っていた。


「見てみて、アデルハイト。三人ともすごく幸せそう。もう魔族じゃないんだね。全然、あの淀んだ魔力の気配がないもん」


「ああ、生まれ変わったんだよ。まあ、引き継いだものもあるようだが」


 ローマンとヴィンセンティアからは程々にしか魔力を感じないが、リリオラはかつてとそう変わらない強大な魔力を感じる。幸いなのはそれを支配欲などに傾倒する事はなく、むしろアイドルを目指すと言っている事だ。


「(アイドル……というか結局、アイドルってなんなんだろうか)」


 人気者を指しているのは知っている。だが、どうにもリリオラの言うアイドルとは、単純な人気者としての地位でない事はなんとなく分かった。魔族であった頃にもアイドルを自称していたのを思い出して不思議に感じた。


「あっ、ちょうど良い席空いてるわね。あそこでもいい?」


「あ……あぁ。とりあえず好きな席に座ってくれ」


 ローマンたちが講義室を出ていった後、クリフトンがなんとか制御しようとするもリリオラの天真爛漫ぶりには、たじたじだった。


「ふふーん。じゃあ今日から此処がアタシの席ね。前の子、名前は?」


「アデルハイトだ。よろしく頼むよ、リリオラ」


 振り向いて手を差し出すアデルハイトに、リリオラはきょとんとする。


「……? どうかしたのか?」


「あ、ごめん。どこかで会ったような気がするなって」


「ふふ。気のせいさ、似た顔はどこにでもいる」


「かもね。じゃあ改めてよろしく、アデルハイト」


 やっと落ち着いて席に座ってくれた、とやり取りを見ながらホッとしたクリフトンが次の合格者の名前を呼んで教室に招こうとした瞬間────。


「どっせーい!」


 教室の扉が蹴破られた。入ってきたのは、もはやアデルハイトたちにはすっかり見慣れたとも言っていい、立派な双角の持ち主、阿修羅。その後ろには片角の折れた、赤い肌と青い肌の妹分である二人組、左舷と右舷だ。学園の生徒たちに合わせて体は縮めているが、その強さはそれなりに健在だった。


「流石はアタシらの姐様っす!」


「やっぱウチらといえば派手な登場だよねえ!」


 何を盛り上がっているのかとクリフトンが眉間にしわを寄せて叱った。


「こら、六天魔! 講義室の扉を蹴破るとはどういう────」


「まあええじゃろ。わちきの席はアデルハイトの隣にする」


 あっさりと、クリフトンの言葉は遮られた。阿修羅が何か言われて反省するわけもなく、堂々とアデルハイトの席の隣を指差す。あえて空けられていた、以前と同じ席を選んだ。左舷と右舷は少し離れた席で隣同士だ。


「今年の生徒どうなってんだ……。頼むから話を聞いてくれんものか」


 がっくりと肩を落とす。とはいえ、異例の九人の選出に加えて、その半数が測定器を破壊するほどの大きな魔力を放ったのだ。少しヤンチャな新入生ではあるが今後には期待できるだろう、と態度に関する指導は諦めた。


「今年は異例の九人のヘルメス寮への入寮が決まった。それでは、皆、大いに拍手を送ってやってくれ」


 ぱちぱちと大きな拍手が広がる。これには全員、少しだけ照れていた。


「さて。お前たちヘルメス寮に決まった者たちも、自分達が優れた才能を持つからといって驕らないように。ヘルメス寮に入れなかったからといって、気を抜いていると他の者に足をすくわれる事もある。精進だけは忘れるなよ」


 測定器を壊すほどの実力者ではあるが、いずれも時間を巻き戻す際に多大な肉体の損傷や魔力の負担などが大きく、あくまで『大魔導師でも上位に位置するレベル』というラインまで腕は落ちている。だがそれもまた彼らが無意識化で理想化したものであり、僅かながら過ごした学園生活の楽しさが影響した。


 所詮、測定器は加減しなければ壊れてしまう程度の『子供の魔力を計測するための暫定的な器具』というだけで、別に立派なものでもない。まして、時間が巻き戻った事で、あるひとつの変化が測定器の出来に大きな違いをもたらしたのだ。


「さて。それじゃあ解散! ヘルメス寮の奴らは寄り道せずまっすぐに寮へ向かえよ。特別指導員の方々が楽しみに待っていらっしゃるからな」


 講義室が騒がしくなる中、アデルハイトたちは不思議そうに首を傾げた。特別指導員は毎回、軍から一人が派遣されるものだ。しかし、クリフトンの口ぶりでは複数人いるらしい、と驚かされた。


「なんじゃあ。アンニッキか、ルシルが指導員ではないんか?」


「皆で見に行こうじゃないか。誰が来ているか楽しみだな」

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