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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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最終章─エピローグ─『大賢者の物語①』




 魔法学園は春を迎えた。新入生たちが華々しいデビューをする中、そこにはアデルハイトの姿もある。時間は遠く巻き戻り、いや、もっと正確には────世界が新たな形を得た、というのが正しいだろう。


 主導権はアデルハイトではなくマーリンにあったため、概ねはアデルハイトとほぼ同じ構図を描いた世界ではあったが、やや違うのは、その多くが記憶を失くして新たな人生を歩むと決まった事だ。


「皆様、初めまして。本日の魔力検査の担当をさせて頂きます、フェデリコ・ブラッドフォードです。……さて、時間は無駄にしたくないのでさっそく始めて行きましょうか。まずは────」


 アデルハイトは魔力検査が行われるのを堂々と迎え、以前とは違って逃げたり隠れたりする事もない。ただ、フェデリコが初対面になった事は些かの寂しさを覚えた。かつては上司と部下の関係で腐れ縁ではあったが仲はそれなりだ。自分を覚えていないので、今は完全に他人なのが残念だった。


 魔力検査が終わると教室に移る。慣れ親しんだ学園の廊下を歩いて教室に入り、いつも座っていた席に腰掛けて一息つく。


「やあやあ、ボクも隣に座っても?」


「……知らないふりをしても分かってるぞ」


「んははは。だよね。おはよう、アデルハイト」


「おはよう。しばらくぶりだな」


「うん。一年近く空いてたからね。会えて嬉しいよ」


 目が覚めたとき、アデルハイトたちは入学式まで互いに顔を合せなかった。与えられた時間をそれぞれのために費やして、戦いの疲れを忘れて過ごす期間になった。おかげで、久しぶりに会う友人の姿は懐かしく、嬉しい気持ちが溢れた。


「ねえ、アデルハイトは何やってたの?」


「この一年は……まあ、色々。そっちは休暇は楽しめたか」


「うん。お母さんとも仲直りしたよ。バレンタイン姓に戻ったから」


「という事はヒースにも目を付けられていないのか。父親は?」


「そこまでは望めなかったみたい。理由は……まあ、なんとなく分かるよ」


「そうか。お前が言うなら構わな────うっ!」


 飛んできたチョークが額を直撃する。教団でクリフトンが眉間に皺を寄せた。


「何をだらだら喋ってる、遊びの時間じゃないんだぞ。隣のシェリア・バレンタイン! 言っておくがお前もだ、忘れるな!」


「は、はいっ……! ごめんなさい!」


 机に突っ伏して動かなくなるアデルハイトに小声で大丈夫か尋ねると、もぞ、と動いたのでシェリアは安心して、僅かに身を丸めた。周囲の視線が痛い。


「さて、諸君らは栄えあるキルケ魔法学園に通う事を許された才ある若者だ。しかし正直言って俺から見れば青二才も甚だしい。だが覚えておけ。お前たちの中には必ず、俺たちのような教師では比べ物にならんほど先へ進む者が出てくる。それが自分であると信じられるよう、日々、邁進する事だ」


 挨拶と激励も終わり、クリフトンは持ってきた魔力検査の結果資料を用意して目を通す。「……は?」と自分の目を疑った。其処に書かれているのは、毎年行われる順位付け。ヘルメス寮に入る最優良の生徒の選別のためだ。


「……こ、今年は、えっと……ごほん……。皆、よく聞くように。今年はまだ教室に来ていない生徒も何人かいるが、その者たちも含めて、この中から! ヘルメス寮に入れる生徒は今年、異例の人数となった!」


 そう。ヘルメス寮に入れるのは優秀な生徒のみ。だからこそ五名という制度を設けて、確実な芽だけを育てた。だが、今年はひと味違う。なにせヘルメス寮は三年がカイラのみ、二年は不在なのだ。よって空いた部屋を埋めてもいいだけの基準を満たした者は特別にヘルメス寮への入寮を許された。


「順位が下の者から呼ぶので、前へ来て鍵を受け取るように。────まずはローズマリー・イングリッド。それからケイシー・シャーウィン。エドワード・クレイトン。……え~、シェリア・バレンタイン」


 呼ばれた順に鍵を受け取り、シェリアが前に立つとクレイトンは、普段は見せないような快い笑顔で鍵を差し出す。


「百点中、百点。庶民の出で魔法も独学だと聞いている。おめでとう、将来の大魔導師だな。これからも、しっかり励むように」


「はい! ありがとうございます!」


 まさか、一度はアデルハイトに並ぶ実力者となったとは誰も思わない。ローズマリーやエドワードも、かつての記憶はない。初めて会った時のように羨望と嫉妬の視線があったが、シェリアは堂々としたものだった。


「さて、ここまでが基準を満たした最優良の生徒だが、此処からは測定器と、その予備を全滅させた、まったくとんでもない連中の紹介といこう」


 教室中がざわつく。今朝に行われた魔力検査の時には、測定器をさも当然のような顔をして粉々に吹き飛ばしたのはアデルハイトだけだ。まだ他にもいるのかと驚きの声があがり、最初に名前を呼ばれたのは、やはりアデルハイトだった。


「なんだ。壊した奴らの中だと私が最下位か?」


 少しだけ不満げな顔をすると、クリフトンがくすっとする。


「測定も出来てないのに順位もクソもあるか。ほれ、カギだ。入寮おめでとう、やるじゃないか。後は先生の話に耳を傾けられれば完璧だな」


「うっ……それは善処する……。ありがとう、クリフトン先生」


 鍵を受け取り、気まずそうにそそくさと席へ戻ったアデルハイトは、久しく見ていなかった鍵を懐かしそうに眺めながら。


「後は誰が来るんだろうな?」


「アデルハイトにも分からないんだね」


「ああ。結局、この世界を巻き戻したのは私であって私ではないからな」


「じゃあ楽しみだねえ。阿修羅さんたちは来るかなあ」


「……ああ、来るんじゃないか」


 そのとき、ガラガラと盛大に音を立てて扉を開けた生徒がいた。教室に入ってきた少女に注目が集まると、黒髪のツインテールをふわっと揺らしながら。


「ハーイ、ごきげんよう! アタシはリリオラ、学園のアイドル目指して遠い国からやってきました!────全力で推しなさいよね!」

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