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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第49話「引き返す道はない」

 神々しさすら感じる立ち姿。人間の極致。大賢者アデルハイトが魔法使いとしての再考到達点にいる。あらゆるものを塵にさえできるであろう自負のあったローマンが思わず息を呑む。────これは本当に生物なのか?


「随分と……また……強くなったようだな」


「さあ、どうかな。私一人の力ではないから」


 背負ったものはいくつもある。それは独りでは支えられないものだ。アデルハイトを助けようとするのは、気高き意志を纏う魂。英雄たちの姿。


「時間を掛けるだけの意味もない。全力で行こう」


 構えた杖をぐるんと大きく回すと、その姿は白銀の騎槍へ変わった。


「……聖槍展開。我が光輝なる信念を見よ!」


「なめるな、アデルハイト! その程度で私が打ち破れるものか!」


 騎槍の尖端から放たれる輝きをローマンは最大の重力の壁を以て応える。しかし、抑えきれない。アデルハイトの放ったラグナの一撃はローマンに僅かに届く。以前ならば壁にぶち当たっただけで止まったであろう、槍の一撃が。


「ぬう……っ!? たかが細い線如きが私の魔力を吸い取ったか!」


 小さくとも吸収率は格段にあがっている。もし直撃していれば今頃は倒れていただろうとローマンは驚愕する。アデルハイトはまるで別人のような力を持った。しかし魔族としての能力である魔力の感知は、あくまで何も変わらない。以前のアデルハイトと何も変わらないのだ。


「(どうなっている? あの重力の壁を超えるほどの威力だぞ?)」


 もう一度確認しようとすると、そこにアデルハイトはいない。だが────眼前に現れた別の人間が、ローマンを蹴り飛ばす。


「おいおい、余所見してんじゃあねえよ。俺は相手にならねえってか」


「貴様……ディアミド、殺したはずだが……!」


 紛れもなく殺した。腕を引き千切り、胸を貫いた。だが、其処にいる。幻影などではない。建物の上には確かに彼がいるのだ。そして、その傍にはアデルハイトが穏やかさを微かに見せる無表情で立っていた。


「此処は私の領域。私の世界。究極領域魔法により、私は魂に一時的な肉体を与え、召喚した。此処にいるディアミドは紛れもない本物だ、ローマン。そしてその強さは────私が与える魔力を基準としている」


 あんな弱小の魔力を持った人間が、どうやって魂への受肉を行えたのか。まさに神の所業。今のローマンでさえ、そのような芸当は行えない。分からない。手段が見えてこない。だが、ひとつの違和感に気付いて答えに辿り着く。


「……その杖。君ではなく杖が魔力を与えているのか」


「ご名答。これは賢者の瞳と呼ぶそうだ。綺麗に輝いているだろう」


「賢者の瞳? 賢者の石ではなく?」


「ああ。おそらくは賢者の石がより大きくなったものを指す」


 ディアミドが光になって消えると世界は姿を変えた。今度は紅い月の昇る、どこまでも広がる大平原。今度はアデルハイトの姿もなく、声だけが響いた。


『この世界では邪悪な考えは浄化されていく。生物が持つ本来の心を、未来を、希望を与える世界。お前が持つ本来の望みを、心を、未来を、全てを暴く。それは戦いの中でしか見いだせないものだから』


 ローマンの眼前、僅かな月明かりの外側から、ゆらりと光が集まってひとつの形を成して、歩きながら姿を顕現させた。


「まずはひとつ遊んでもらおうかのう、魔族の小僧。千年も生きておらぬ弱小風情に嘗められたままでは、わちきとしても心が痛む」


 手にはマガツノツルギを持ち、阿修羅がにやりと笑った。


「君は……。そうか、千年前といえば君はまだ幼い魔族もどきだったな」


「なんじゃ、知っとるのか」


「ヴィンセンティアから紹介されて遠くから見ただけだがね」


 今頃になって思い出す。もう七百年以上も昔の事だ、忘れていて当然。


「もう昔の事だ。関係ない」


「どうじゃろうのう。此処はそういう空間……忘れていた過去。捨てたかった想い。深くついた傷。あらゆるものを取り戻させ、ぬしらしさを思い出させる。であればわちきを見たという記憶には、何かとっかかりがあるんじゃないかえ」


 ふと、その言葉でローマンの記憶が蘇った。


『私ね。あの子が大きくなる頃には死ぬと思うの』


『なぜ。君は魔将の星だ。歴代の誰よりも強い魔族だろう?』


『そうかも。だけど、時代が変わるときは必ず来るんだよ』


 どこまでも下らない話だと思った。沈黙よりは話している方が良いという場当たり的な会話。……そうではなかったと分かったのは、ある日突然行方を眩ませたヴィンセンティアが、強い呪いに冒されて帰ってきたときだった。


 誰よりも生きて欲しかった君。誰よりも美しく強かった君。憧れだった君。もう会えない君。何と恨めしい世界なのだろう。人間なんぞ愛したがために、あの傲慢な男に虚を突かれるとは。


「もはや後戻りは出来んのだよ、阿修羅嬢。魔族と人間は相容れるべきではない。私の考えは、そこにしかない。全てを支配してこそ得られる未来があるのだ」


 手に入れるためには強くなければならない。守るためには強くなければならない。守るためには全てを得なければならない。それが魔族だ。甘えるつもりも、後悔するつもりもない。今はただ全力で────。


「突き進ませてもらおう。私の想う未来のために、君たちには斃れてもらう」

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