第47話「覇者の武具」
あれほど痛めつけて、なぜまだ立ちあがれるのか。ローマンは不思議でならない。大勢の仲間を目の前で殺し、一度は絶望の淵に立った人間が、たったひとりの仲間の応援に立ちあがる理由が分からなかった。
『ねえ、ローマン。私の考える事が理解できないって顔、いつもするよね。でも、いつか分かるときがくるよ。人間はすごい!……って、尊敬すら抱くときが。千年生きてきて、私はただ死んでいく。でも私の物語は人間に託される』
────そんな事も話した。ヴィンセンティアはいつでも人間への愛を語った。多くの魔族なら醜悪だと言う、つまらない感性だ。私もそう思った。人間が凄いとは、そんな事はありえない。天地がひっくり返っても。
『人間はたちあがる。何度でも、どんな苦難も災害も乗り越えて、彼らは私たちの前にやってくる。私の考えがローマンには理解できないと思う。だから、私が死んだ後、私との約束を守ってくれたら、後は好きにしたらいい。殺すも、生かすも。何をやったって、あなたは勝てっこないから、ネ』
その時になれば分かる。そう言い残して、ローマンの前からヴィンセンティアは去ってしまった。結局、その後の答えなど聞けないまま、そう言うなら好きにさせてもらおうと思った。もちろん、人間の持つ技術力や文化を思えば、それは尊敬に値する。所詮は野蛮に過ぎない魔族では到底辿り着けないものだ。
だがそれを手に入れるのに、わざわざ対等な共生など本当に必要だろうか。意味もなく誇り高い魔族から見ても、彼らが尊敬に値するのか。
確かめてみたかった。メルカルトをも討つと信じて疑わず、何度壊れても世界を巻き戻して、何度もやり直してきたヴィンセンティアの覚悟の結末を知りたかった。自分程度に壊されるのでは、所詮人間もその程度だ、と。
「フ……。ヴィンセンティア。君の言葉が、今は分かる気がする」
やっと追い詰めたと思えば立ちあがり、勇ましく戦いに臨む。
「だがそれでも、君たちが私の強さを乗り越える事はない。その無限に近い魔力も私の前では随分と擦り減った。いくら挑んだところで結果は変わらん!」
手を振り下ろして重力で圧砕しようとする。ネヴァンが倒れた事で消えたアルコーンの能力もない今、確実に仕留める方法と言えた────はずだった。
「あなたの相手は私がしよう」
前に出た少女が手を翳すと、重力が消える。
「なに……!? その程度の魔力でどうやって……!」
「どれほど細かく隙間も見えないほど編まれた糸であろうとも針は通るものだよ。あなたの重力は魔力そのもの。なら、そのコネクトを断ち切ればいい。細やかな針の一刺しは、十分に効果的だったようだね」
ローマンはハッとする。ずっと目の前のアデルハイトにばかり意識を向けていて、広大な結界の中にいる事に気付かなかった。
「この結界の中では魔法陣を介さない限り魔力放出は封印される。私たちも、あなたも。確か少し違うけど、似た結界を使う人がいるんだったかな?」
アデルハイトも、即座に阿修羅を思い浮かべる。あちらは逆に魔法陣の生成を疎外して魔力放出のみによる武力行使での戦闘に特化しているが、少女の結界は逆に魔法戦闘に特化した結界だった。
「……なるほどな。私はローマン、君の名前を聞いておこうか」
「ジョエル。この戦場へ我が師セレスタンの友人であるアデルハイトを助けに来た。この命、たとえ失う事あろうとも、あなたの好きにはさせない」
アデルハイトに振り返り、ジョエルはニコッと優しく微笑む。
「大丈夫。あなたなら出来るよ。もうローマンを倒すピースは揃ってる」
「揃ってるって……どうやって? 何か手段があるのか?」
「うん。もうネヴァンからコインは受け取っているんだろう」
「ああ、この覇者の武具……。これに何の意味が」
ふふん、とジョエルは自信満々に────。
「それは千年前、ある者たちが造りあげた〝未来への希望〟なんだ。死の未来に直面しながら、正しく扱える者のために意志を与え、いつか必ず全ての武具に認められる者が現れるという確信に従ってね」
覇者の武具全てに選ばれる者こそ、栄光の輝きに満ちた者。それぞれが特別な意思を持ち、その性質に従って主を選ぶ。聖槍ラグナは『信念』を見定める。偽の栄光アルコーンは『過去』を見定める。夢幻時計クロノスは『夢』を見定める。雷霆剣ゼウスは『心』を見定める。邪帝剣マガツノツルギは『力』を見定める。それぞれの価値観によって。アデルハイトは、その全ての要素を満たしたのだ。
「阿修羅のところへ行くんだ。それくらいの時間は稼いであげるよ」
「それで、お前はどうなる」
「犠牲には目を瞑りたまえ。私は私のやるべき事のために来た」
「……わかった。此処はお前に任せよう」
アデルハイトは急いで阿修羅の傍へ向かう。ローマンの傍を横切っても、彼は干渉もせずにじっと見送って────。
「ヴィンセンティアはここまで計画を?」
「らしいよ。私のお師匠様の話ではだけれども」
「ふふ、そうか。それで勝算はどれくらいあるのかね」
「ほぼ確実に。あなたは此処で、彼女に負ける」
腹を立てるでもなく。動揺するでもなく。まるで最初から分かっていて、その言葉を待っていたかのように、ローマンはフッと笑って受け入れた。
「君を殺すのは楽ではなさそうだが、戦っておくか」
「いいのかな。私と戦わず温存するという手もあるだろうに」
「それでもやるべきだ。君はそのために来たのだから」




