第45話「最終決戦」
決して当初の目標からローマンの行動はなんら変わらず、一貫している。ヴィンセンティアという同胞のために約束は十分に果たされる。メルカルトの排除。そして新たな魔族と人間の共存する世界の構築。
しかし、そこには決して対等など存在しない。ローマンの目論む新たな世界は、やはり同等ではなく優劣を必要とする。明らかに力で劣り、文化だけが進んだ生命体など支配してしまえば済む。対等である必要がない、と。
「では、そういう事だ。メルカルト、ここまでご苦労だった」
「やめろ、ローマン! そ、そうだ、わかった! 君に従おう! 君の願う世界も僕にとってはそう変わらない。だから頼む、殺すな……!」
必至の懇願をローマンは冷たく見下す。背筋が凍りつき、どうにもならないのだと悟るとメルカルトはわなわなと震えて怒り任せに叫んだ。
「君ほど愚かな奴は見た事がない、ローマン・ガルガリン! 人間との共生など、どんな形であれ馬鹿げている! 僕ら魔族が変わる理由など何処にもない! 何が文化だ、ふざけた事を、いつかは壊れ往くものだと言うのに!」
「たとえばそうであったとしても、欲するものは皆違うものだろう」
どこまでも冷静にローマンは語り、アデルハイトたちを一瞥する。
「欲しいものは手に入れる。それが我々のやり方ではないか。私はヴィンセンティアの共生に魅力を感じた。だが、対等であるべきではない。我々魔族と人間とでは価値観が大きく違う。些細な事で簡単に血は流れる。肩がぶつかっただけ。口論になっただけ。人間ならば、そこまでの事。ならば我々ではどうかね? 殺し合い、喰らい合い、奪い合う。どちらが正しいかでなく、勝者であれば良い。その価値観の違いで争えば、なおさらに軋轢は生まれる。ならば力を持つ魔族が人間たちを飼えば良い。そうすれば争いが起きる理由はない」
魔族を上位存在として、人間の行いに関して何をしても罪には問わず、行き過ぎた場合のみ咎めておけばいい。劣等種が逆らいさえしなければ問題など起きない。ある種の暴論を展開するローマンに、リリオラが牙を剥いて怒声をあげた。
「ふざけんな、結局はあんたの価値もこれまでの魔族となんら変わらない! 力だけで押さえつける行為なんて破滅の道を辿るだけじゃない!」
やれやれ、と理解を得られなかった事に肩を竦めた。
「物分かりの悪い子だな。メルカルトのように最終的に全て壊すわけではない。抵抗の気も起きないほど恐怖を植え付け、彼らには技術の進歩だけを促す。何も全て奪う必要はないのだから、君もペットを愛でるように人間を愛せばいい」
「っ……これだからあんたたちは……!」
重力に逆らえず、べたりと地面に磔にされる。何をどう騒いだところで抵抗できなければローマンを止める事はできない。叫びが虚しく消えるだけだ。
「さて、時間をかけるのも勿体ない。メルカルト、まずは君からにしよう」
体に腕を突き刺すと、内部から引き寄せられるようにメルカルトの体が圧縮されて紙を丸めるかのように簡単に潰れていく。絶叫が響いても表情ひとつ変えず、指に摘まめる飴玉ほどの大きさまで圧縮するとローマンはそれを飲み込んだ。
「うむ。君がヴィンセンティアの魔力を吸収したのは不愉快だったのだ。おかげで少し気分が晴れやかだよ。力も漲ってくる。あらゆる感覚が研ぎ澄まされていくのが実感できる。たとえば……」
重力の中を突っ切ってきた魔力に反応して、その場から一歩も動かずに片手を小さくあげただけで、背後に迫ったミトラを地面に叩き落としてみせる。最悪の状況も想定して常に万全の状態だったにも関わらず。
「やはり動きやすい。君たちの動きは手に取るように分かる。かつては些か私を脅かしていたミトラでさえ赤子のようだな」
「ぬおお……! 魔性解放までして、このザマかよ……!?」
ミトラが両膝を突き、必死で地面を這うのに抗う。
「ほう、やはり魔族最強なだけはある。されども君たちに戦う術はもはや無い。メルカルトも、ヴィンセンティアも、そして君たちの強いお友達も私の中に眠った。私の一部分となった。もう戦うのはやめにしないかね?」
無駄な抵抗だ。ローマンがそう言い放ったとき────。
「まだ始まってもいない戦いに、何を言っているのだ」
突然、重力が消える。空に浮かぶ黒い渦が重力を支配する魔力を吸収して消滅させた。ローマンが驚いてみあげた矢先、背後に迫った気配なき影に振り返り、咄嗟に反応してみせたものの、腕を斬られた。
「よく躱す。流石は魔族、人外の徒であるな」
「……フ、これはこれは。どこに隠れていたかと思えば」
軍帽のつばを摘まんできゅっと正す白銀の髪。曇り空の下でも輝くような明るい蜂蜜色の瞳。強い意志の満ちた立ち姿。
「皇帝ネヴァン……。この重力を打ち消すとは意外だ」
「これは我が覇者の武具、アルコーンの能力だ。貴様がいかに強力な術を使おうと、その全てを虚無へと還す。ヴィンセンティアの入れ知恵でな」
軍の羽織を脱ぎ捨てて、アデルハイトにコインを投げ渡す。
「ネヴァン、生きていたんだな」
「ああ。だが事情は後だ。先にこの男を片付けるがいい」
サーベルを構えて、ローマンを牽制しながら────。
「正々堂々と総力戦と行こう。貴様と戦いたい者は、皆此処にいる」
見れば、王城から更にディアミドやアンニッキ、ギルダまでもがやってきた。既に皆が事情をネヴァンから聞いて駆けつけた、ローマンを敵と知る者たち。最高の戦力で迎え討とうと、最強の魔族となったローマンの前に立った。
「……ふむ。そうか、ヴィンセンティア……。やはり、あの子は私の事を誰よりもよく分かっている。こうなるのは想定済みだったか」
胸ポケットから取り出した櫛で髪を梳く。からん、と足下に落とす。さあっと風が吹き、ローマンは惜しげもなく櫛を踏み砕く。
「良かろう。ではもはや何を憂う事もない。最後の戦いと行こう」




