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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第41話「目障りなんだよ」

 黒い甲冑を着た、大剣の騎士。それがメルカルトの本来の姿。漆黒の羽織をはためかせ、大地に立つ瘴気そのものとも言える生物。あるいは呪いの塊とでも言うべきなのか。そこにいるだけでも息が詰まりそうな圧を感じた。


 歩けば砂を踏んだように石畳が崩れて足跡を作り、周囲の建物が瞬く間に劣化して崩れていく。


「リリオラ、奴の能力はなんだ!?」


「知らない知らない! あいつの魔性解放なんて誰も見た事ないもん!」


「だったら、とにかく攻撃してみるしかないか!」


「遠距離ならアタシに任せて!」


 剣を構えるとアデルハイトは驚いた顔をする。鎌だったはずの主武器が変わっている。これには、流石にメルカルトも意外そうに足を止めた。


「……リリオラ、君はいつの間にそんなに強くなったんだい?」


「さあね。それって今重要な事かしら!」


 真っすぐ掲げ、振り下ろすと燃え滾る灼熱が直射される。メルカルトはその場で大剣を盾代わりにして受け止めたが、流石の威力に踏みとどまれない。


「これはエースバルトの……。彼を倒すなんてやるじゃないか」


 耐え切ったメルカルトは剣を片手に、再び歩き出す。


「だがこの程度は止まらない。僕は止まっていられない。求めた玉座を、頂きを手に入れて人間の世界を壊し、魔界さえも屈服させる。理想の世界を創るために君たちは邪魔だ。其処を退かないのなら殺すしかない」


「退いたとしても殺すくせに、何を言っているのか分からんな!」


 アデルハイトが杖を構えて《エアロドライブ》を放つが、メルカルトが大剣を軽く振るだけで弾き飛ばされてしまう。想定していたよりも遥かに強い事には唖然とする他ない。聞いていたのとは話が違う、と動揺した。


「おい、アイツもしかしてミトラより強いのか!?」


「お、おかしいわよ、流石に! これは聞いてない……!」


 思ったよりも愉快な奴らだな、とメルカルトはせせら笑う。


「君たちの強さも。努力も。願いも。祈りも。全ては無意味。全ては僕の手の中だ。ヴィンセンティアが糸を紡ぐように繋いだ物語も此処で終わる。僕にとっての悪夢から醒めるときがきた。あの女の下らない共生は破壊される。この空白の一年間、君たちだけが前に進んだと思いあがるなよ」


 魔界の頂点にいたヴィンセンティアの掲げた『人間との共生』における立場は対等なものだった。そして半数以上の魔族が、その言葉に賛同した。決して自分たちの意思ばかりではなく、魔将の星が言うのであれば従おう、従っていれば間違いはない。自分達が得をするはずだ。────そんなわけがない。


 あの人間を愛したヴィンセンティアが対等という言葉を口にした時点で、魔界は終わりを告げたも同然。賛同した魔族たちも当然、許されない。だから壊す。何もかも。本質は全て原始に立ち戻り、魔族は死に絶え、人間は滅び、再び魔物と原初の生物のみが跋扈する自然らしい世界へと回帰していく。


 生きていくのは新時代の魔族だけでいい。そのために切り拓く。人間など下等生物の手を借りるなどもってのほか。彼らこそ死ぬべき生命なのだ。


「───僕の世界に、君たちは要らない。目障りなんだよ、いい加減」


 重たい刃を受け止めたアデルハイトとリリオラを相手にメルカルトは前進を続ける。彼らの向かおうとしていた先にミトラがいるのなら殺して進めばいい。どのみちいずれは排除すべき存在なのだからと、歩みを止めない。


「く、お……! なんて重さだ、二人掛かりで押されるのか!」


「アタシこれでも強くなったんだけど!? こうも抵抗できないの!?」


 メルカルトは既に多くの魔族を取り込んで力をつけている。一年の空白の最中に何体もの魔族と対峙しては取り込み、その最後に喰らったのがヴィンセンティアだ。弱っていたとはいえ魔核は取り込めば本来の強さを取り戻す。


 今やメルカルトは魔族最強の存在と成った。


「邪魔だ、ミトラの居場所を言わないのならここで死ね」


 二人を弾いて体勢を崩したところへ、アデルハイトの前に大剣を構えた。


「特に君は目障りだ。どいつもこいつも、なぜ人間である君如きに希望を託すのか理解できない。所詮はたかが他より優れただけの魔法使いの分際で」


 大剣を振り下ろそうする。だが、身体がぴくりとも動かない。


「何? なんだ、この体の鈍さは……!」


 気配の先を目で追う。立っていたのは女の騎士だった。


「アデルハイト卿! 早く避けてください、長くは持ちません!」


 王室近衛隊副隊長のアラナだ。偶然にも近くに居合わせたところ、危険な状況だったので躊躇なく魔眼を使ってメルカルトを拘束した。


「魔眼……。人間の小娘風情が、稀有なものを持っているな」


 特殊な能力を持つ魔眼はどれほどの魔力を持っていても弾く事の出来ない異次元からの干渉とも言える荒業だ。所有者の命を削って使われるため、そう簡単に連発も出来なければ使用できる時間も限られている。


 ほんの二秒ほどしか稼げないが、その隙にアデルハイトは距離を取ってリリオラたちと態勢を整え、もう一度全力で魔法を撃ちこもうとして────。


「厄介な眼だな。その能力は看過できない」


 アデルハイトもリリオラも無視して、瞬時にアラナの前に立った。既に魔眼を使って動けない状態だ。肩で息をしながら、黒く輝く騎士を見あげた。


「殺したければ殺せばよろしい。私の役目は十分果たしました」


「では、そのように」


 メルカルトは躊躇なく剣を振り下ろして────ぎりぎりで止めた。


「……ちっ。やはり勿体ないかな。その魔眼は後で頂くとしよう」


 振り返り、迫ったアデルハイトとリリオラの攻撃を大剣で弾きながら。


「まずは邪魔な連中を排除してからだ」

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